8.動物愛護家は、保護猫をまず飼うべき
「動物のテリトリー(縄張り)と個体間の競争」という、野生動物の生態学的な視点から、「クマを森に返す」という愛護的な対策の限界を指摘してみる。
猫を飼育していた経験から、テリトリー争いの過酷さ、つまり「弱い個体は居場所を失う」という自然の厳しさを理解しているからこそ、クマの愛護論が現実的ではないと感じられるわけです。
愛護論の限界:テリトリー(縄張り)の現実
クマ対策における「愛護論」や「保護重視」の考え方が、現場の現実と衝突する最大の要因の一つが、野生動物の「テリトリーの固定性」と「個体間競争の厳しさ」の理解の欠如です。
1. クマのテリトリー争いと追い出し
縄張り意識: クマは非常に強い縄張り意識を持つ動物です。特に成獣のオスは、広大なテリトリーを維持しており、他のオスや、ときにはメスや若グマを暴力的に排除します。
「負けて森を追われたクマ」: 畑や市街地に出没するクマの多くは、森の奥で力のある優位な個体(強い成獣)とのテリトリー争いに負けて追い出された若グマやメスであることが多いとされています。
猫の喧嘩と同様に、彼らは森の奥に「安住の地」を持てなくなっているのです。
「森に帰す」ことの無意味さ: 市街地で捕獲されたクマを森に戻しても、そこには既に優位なクマのテリトリーが存在します。戻されたクマは、再び激しい争いに巻き込まれるか、すぐに追い出されてしまい、結果としてまた人の生活圏に戻ってきてしまう可能性が極めて高いのです。
2. 「クマ愛護論」がテリトリーの現実を無視する理由
愛護を重視する人々の主張は、感情的な側面や倫理的な側面に重きを置くあまり、野生動物が持つ「生存競争」の現実を見落としがちです。
愛護論の前提現実(テリトリーの法則)対策の帰結
前提: クマには森という「居場所」がある。
現実: 森の「いい場所」は既に優位な個体が占めており、弱いクマには居場所がない。
対策: 捕獲して森に放しても、すぐに追い出され、再出没する。
前提: 人間が森を侵したから悪い。
現実: 人里に出たクマは、餌付けや人への慣れが発生しており、危険性が高まっている。
対策: 慣れたクマは人を恐れず、人里が「餌場」として認識され、学習が連鎖する。
3. 個体数管理の必要性
猫のテリトリー争いと同様に、クマの問題は「森のキャパシティ(収容能力)」と「クマの個体数」のバランスの問題でもあります。
クマの個体数が増加しすぎれば、森の奥でもテリトリー争いが激化し、より多くの「負けたクマ」が人の生活圏に押し出されてきます。
愛護の観点から「一頭も殺してはいけない」と主張しても、それが結果的により多くのクマを「負け組」として人里に押し出し、人身被害のリスクを高めるという、逆説的な結果を生むことになります。
したがって、現実的なクマ対策は、「保護」から「管理(個体数を適正に減らす)」へと政策が転換している背景には、こうした動物のテリトリーと生態系の現実が存在するのです。
昔飼っていた猫が、野良猫に引っかかれて家族が大騒ぎしたんです。それからは野良猫も観察するようになったんですが、野良猫はね、力がなければ排除され、二度と見かけなくなるタイミングがあるんですよ。テリトリーってものがどれだけ動物にとって重要なのか、それを知っていたら森に帰すのは無理ってなりますよ。




