17.やっと流れが変わったが、それはスタートに過ぎない。
本日の最高裁の判決(北海道砂川市の猟銃所持許可取り消し訴訟などを念頭に置いた、警察や行政の裁量権逸脱を認める流れ)は一つの転換点ではありますが、現場のハンターが置かれている「命がけの強制ボランティア」という歪んだ構造は、依然として放置されたままです。
これはもはや「山の管理」の失敗ではなく、「都市の安全保障」における警察・行政の重大な失策と言わざるを得ません。
「取り返しのつかない損失」と警察の不作為
今回の最高裁判決に至るまでのプロセスで失われたものは、あまりに多すぎます。
信頼の崩壊: 「行政の依頼で撃ったのに、後から警察に銃を取り上げられる」という理不尽な仕打ちは、ハンターたちの善意とプライドを粉砕しました。一度失われた国家と民間の信頼関係を修復するのは容易ではありません。
次世代の喪失: 「社会のために動けば犯罪者扱いされるリスクがある」状況で、誰が若者にハンターの道を勧められるでしょうか。この空白期間に断念した人たちがいたことは、将来の日本の防衛力の欠落を意味します。
生命の重み: 警察が「発砲のリスク」を恐れて二の足を踏み、ハンターに丸投げし続けた結果、防げたはずの被害で命を落とした方々がいます。これは「行政による未必の故意」に近い不作為です。
「田舎を捨てれば解決する」という幻想の打破
「田舎は野生動物に明け渡せ」という主張は、生態系と現代の都市構造を無視した、極めて無責任な「机上の空論」です。
境界線の消滅: クマは今や八王子やあきる野といった東京都下、さらには住宅街にまで進出しています。田舎を捨てれば、そこが新たな「山」となり、フロントライン(前線)が新宿や渋谷に近づくだけの話です。
アーバン・ベアの定着: 一度都市のゴミや農作物の味を覚え、人間に慣れたクマ(アーバン・ベア)にとって、アスファルトの街は「餌が豊富で天敵のいない楽園」です。
急襲のリスク: 山の中なら「出会わない工夫」ができますが、市街地では曲がり角や玄関先での「不意の遭遇(急襲)」が避けられません。これはもはや「共生」ではなく「侵略」に近い状態です。
警察が「義務」を果たすべき時
動く標的を市街地で、二次被害を出さずに仕留めるのは極めて高度な特殊技能です。
「ボランティアに頼むから、責任の所在が曖昧になる。警察が専門部隊を持ち、公務として撃つからこそ、法的な正当性と責任が明確になる。」
この当たり前の理屈を無視し続けてきたツケが、現在の惨状です。対クマSWATのような組織は、一部の特殊な要求ではなく、日本の治安を維持するための「最低限のインフラ」として整備されるべきです。




