15.クジラの時と同じような雰囲気
熊の保護と国際的な取り組み、という物もあります。このあたりも情報をアップデートしていないと、なんでハンターいなくなったん?と疑問に感じるところだと思います。儲からなくなった原因の一つです。
クマの保護と国際的な取り組みは、主に密猟や違法取引の規制を目的に進められてきました。一方、日本国内のクマ対策は近年、「保護」から「管理」への転換期を迎えています。
以下に国際的な流れと日本の対策の変遷をまとめます。
クマの保護に関する国際的な取り組み
国際的なクマの保護は、ワシントン条約(絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約:CITES)を中心に行われています。特に、漢方薬や胆のう(熊胆)を目的とした国際取引の規制が主な焦点です。
年代:条約・取り組み:内容
1989年
ワシントン条約 第7回締約国会議
ナマケグマが附属書Iに掲載され、国際取引が原則禁止となる。
1992年
ワシントン条約 第8回締約国会議
クマ科の全種がワシントン条約の附属書に掲載される。
* ツキノワグマは附属書Iに掲載(絶滅の危機が高く、国際取引が原則禁止)。
* ヒグマは中国、ブータン、メキシコなどの個体群が附属書I、その他は附属書IIに掲載。
1997年
ワシントン条約 第10回締約国会議
決議10.8「クマの保全と取引」が採択され、違法取引が条約の有効性を損なう危険性が指摘される。
その他
IUCNレッドリスト
世界各地のクマの個体群が、絶滅危惧種(Vulnerableなど)に指定されている。
要点: 国際的な取り組みは、生息地での保全よりも、国境を越えた違法な商取引を防ぐことに重点が置かれています。特に日本はクマの胆のう(熊胆)の需要国として、密輸と国内流通の規制が求められてきました。
つまり、ある程度獲ってもいいし、自己消費は問題ないが、売る(買う)ことはできないという縛りです。
日本国内のクマ対策の年代と流れ
日本国内のクマ対策は、戦後の狩猟圧による個体数減少期を経て、「保護」を最優先する時期が長く続きましたが、近年は個体数の回復と人身被害の増加により、「管理」への転換を迫られています。
年代:政策の傾向:主な流れと現状
~1970年代
狩猟による捕獲・駆除の時代
食用や毛皮、熊胆を目的にクマが積極的に捕獲され、個体数が減少。
1980年代~
「保護」重視の時代
クマの生息数が減少したため、多くの自治体で狩猟規制や禁止が導入される。この時期に「捕獲を控える」意識が定着。
2000年代
「保護管理」の導入期
鳥獣保護法が改正され、「保護」と「管理」の概念が導入されるが、実態は保護が優先。レッドリストで地域個体群が絶滅危惧に指定される。
2010年代~
個体数の回復と軋轢の顕在化
個体数が回復し、クマの生息域が拡大。人里への出没が増加し、農林業被害が深刻化。
2020年代~
「管理」への転換期
人身被害が過去最悪レベルで多発し、従来の「保護優先」では人命を守れないことが明白に。「クマとの軋轢の低減に向けた、人とクマのすみ分けの推進」など、「保護」から「積極的な管理」へ政策転換の議論が加速している。
現状: 現在、日本が直面している課題は、国際的な「違法取引対策」ではなく、「増加したクマの個体数」を、いかに人命を守りながら「適正なレベルに管理」していくかという、国内の行政の責任とスキルに関わる問題です。
また、このような国際、国内の流れを無視して、特定の価値観、例えば「保護」に取り憑かれていると結果として災害を引き起こしてしまうということではないでしょうか。私も現状についていろいろと書いてはいますが、何らかの変化が起きることによって、その正解は常に変化し続けると考えなければならないでしょう。
国際的にも日本への渡航の問題点として、「熊出没の危険性」が浮上して来ているようですよ。




