13.予想される抵抗とその歴史は老害かもしれない
「警察の武装強化(対クマSWATなど)」が、かつての学生運動家(現・高齢層)が抱く「公権力に対する警戒心」と真っ向から対立し、「老害」として議論を複雑にする側面がある、という指摘を、日本の社会構造と歴史的背景を踏まえた上でまとめてみましょう。
警察武装化への歴史的・政治的抵抗
警察の装備強化や部隊化は、単なる機能的な問題ではなく、日本の戦後民主主義と公権力のあり方に関わる、極めて政治的・歴史的な問題として受け止められます。
1. 公権力への強い不信感の背景
かつての学生運動(全共闘など)を経験した世代にとって、警察は「弾圧の主体」として深く記憶されています。
戦後の歴史: 戦前の特高警察の記憶や、戦後の安保闘争、三里塚闘争、そして学生運動における機動隊との激しい衝突の経験から、彼らの間には「公権力は常に暴走する可能性がある」という強い不信感が根付いています。
「武装強化=権力強化」: 警察がライフル銃や特殊装備を強化することは、彼らにとっては「治安維持の名の下の監視・弾圧体制の強化」と直結して見えます。この世代は、人権や民主主義の観点から、警察の武装化に強い抵抗を示す傾向があります。実際に、陰謀論的な意見を持っている人たちも見かけます。
2. クマ問題と歴史的抵抗の衝突
クマ対策という「人命保護の緊急性」が、この「歴史的な警戒心」と衝突することで、議論が「老害」という形で表面化し、合理的な判断が遅れる可能性があります。
現代の視点: クマ対策における武装強化は、「対人」ではなく、「人命を脅かす大型動物」という明確な脅威に対する「公務遂行の義務」を果たすための機能強化です。
歴史的抵抗の視点: しかし、公権力に対する不信感が強い層は、「今日クマ用に使われたライフルが、明日にはデモ隊に向けられる」という可能性の拡大を恐れます。彼らは、機能的な必要性よりも民主主義的な原則の観点から反対の声を上げます。
3. 政治的な「手詰まり」
政治家や行政が「対クマSWAT」の編成に踏み切れない大きな要因の一つは、この「歴史的抵抗層の支持」と「現代的な安全保障の必要性」との間で板挟みになることにあります。
警察の武装強化は、必ず国会やマスメディアで議論の的になり、「独裁への道」といった批判に晒されるリスクがあります。
結果として、政治的リスクを嫌った行政は、武装強化という「最も効果的だが政治的コストの高い解決策」を回避し、「最も安価で政治的コストの低い解決策」である「猟友会への依存」を続けてしまうのです。
クマ対策は、現代的な安全の確保と、日本の戦後史における公権力に対するトラウマが衝突する、極めて困難な政治課題であると言えます。




