10.力と権限
クマ対策の構造的な歪み:スキル vs. 権限
クマによる人命の危機という緊急事態において、日本では「クマを止められる能力」と「法的に許された権力」が完全に分断されてしまっているのです。
1. スキルは民間団体(猟友会)にしかない
森の中、特に追跡や待ち伏せ、そして一撃で確実に仕留める技能は、長年の経験と高額なライフル銃の所持資格を持つ猟友会のベテランにしかありません。
猟友会の強み: 生態の知識、追跡技術、そして安全に仕留める射撃の精度。
猟友会の限界: 市街地での公的な発砲権限や、活動中の法的な公務執行としての保護がない。報酬が経費とリスクに見合わない。
2. 権限と義務は公的組織(警察)にある
治安維持と人命保護は警察の義務であり、市街地で人命の危機を防ぐために発砲できる権限を持つ唯一の組織です。
警察の強み: 公的権限と、活動中の法的な後盾。
警察の限界: 狩猟スキルや適切な装備(ライフル銃など)を持たず、組織的な発砲回避の文化があるため、義務の実行に消極的になる。
この結果、「最も危険な現場に、最も権限のない人が、最も低い報酬で立たされている」という、極めて不公平かつ非効率的な構造が生まれています。
解決に必要な構造改革
この構造的な歪みを解消し、クマ被害を食い止めるためには、縦割り行政を超えて、以下のいずれか、または両方を組み合わせるしかありません。
1. スキルを持つ者を公的にエンパワーメントする
猟友会メンバーの駆除活動を「公務執行に準ずる行為」と位置づけ、発砲時の法的・経済的リスクを国や自治体が完全に引き受ける。
報酬を「危険手当付きの日当」として大幅に引き上げ、赤字ではなく、プロの仕事として成り立つようにする。
2. 権限を持つ者にスキルを習得させる
警察組織内に、クマ対応に特化した専門部隊(または「警備狩猟隊」のようなもの)を設置する。
隊員に長距離ライフルを配備し、専門的な狩猟訓練を義務付け、市街地でのクマの射殺を彼らの職務として明確に定める。
この問題は、クマという動物そのものの問題ではなく、「日本の行政が、命の危険を伴う公務をどのように位置づけ、誰に、どのような対価と権限を与えて遂行させるか」という、現代の公共安全システムの欠陥であると言えます。




