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朝食は、思っていたよりもずっと穏やかに進んだ。
焼きたてのパンに、温かいスープ。
香辛料の効いた卵料理に、ハーブの香る肉料理。
センリは最初こそガチガチに緊張していたものの、
桜炎と桜鬼のさりげないフォローと、煉獄の賑やかな会話に押されて、
気づけば「おいしいです」と素直に言葉が出るようになっていた。
「お口に合って良うございました、センリ様」
「うんまい……こんなふわふわのパン、初めて食べだ」
そんなやりとりを、黙って聞いているようでいて、
大地は横目でセンリの様子をずっと見ていた。
ぎこちなくナイフとフォークを扱っていたのが、
少しずつ慣れてきて、笑顔も増えてきて―。
鎖が、満足げに軽く鳴る。
(……悪くない)
そう思ったところで、最後の皿が運ばれてきた。
「こちら、デザートでございます」
桜鬼が静かに言うと、白い皿の上に彩り豊かなフルーツが並べられた。
一口大に切られたメロンやぶどうに、鮮やかな柑橘そして、甘い香りのする焼きリンゴの小さなタルト。
センリの目が、きらりと光る。
「……わぁ……」
ほとんど無意識に声が漏れた。
ひつじ国で果物は食べたことがある。
けれど、こんなふうに綺麗に盛り付けられて、
しかも一種類じゃなくて、何種類も少しずつなんて―お菓子のお祭りみたいだ。
センリはおそるおそるフォークを伸ばし、
よく熟れたメロンを一つ刺して口に運んだ。
「……あまっ……!」
思わず、顔がほころぶ。
「うまいか?」
いつの間にか、すぐ隣から大地の声。
「はいっ! すっごいうまいです! とろけるみでぇで……」
センリはつい早口になって、慌てて言葉を飲み込んだ。
「し、失礼しました……」
「構わん」
大地はわずかに口元を緩め、
センリの皿に次々と盛られていくフルーツの減り具合を見て、心の中でひとつ頷いた。
(よく食うのは、悪くない)
隣で嬉しそうにフルーツを味わうセンリを見ていると、
胸の奥の鎖が、くつろいだように静かに揺れる。
センリは、柑橘を一口、タルトを一口、
幸せそうに照れ笑いしながら食べては、小さく「おいしい……」とこぼしていた。
そんな様子を、テーブルの端から咲鬼と桜炎が静かに見守っている。
(センリ様、表情がずいぶん和らぎましたね)
(……あの陛下のお隣で、あそこまで自然に笑える方が現れるとは)
互いに目だけで会話しながら、それぞれ心の中で驚いていた。
センリの皿のフルーツが、あとひと切れだけになったときだった。
まだ名残惜しそうに皿を見つめる横顔を、大地はちらりと見やる。
そして―ほとんど考えるより先に、身体が動いていた。
「……俺のも、食べればいい」
そう言って、大地は自分の皿からメロンを一つフォークで刺した。
「……へ?」
センリがきょとんとする間もなく、そのフォークがすっと彼女の方へ差し出される。
目の前に差し出されたのは、
大地の手から直接伸びたフォーク。
先端には、よく冷えたメロンが、ひとつ。
「……」
センリは、一瞬だけ固まった。
だが、次の瞬間――
「……いいんですか?」
「ああ」
短い返事に、迷いはなかった。
センリは、ほんの一瞬だけ躊躇って―
でもすぐに、ぱくり、とそのまま口を開けて受け取った。
「……ん……」
甘さが広がる。
さっきと同じメロンなのに、なぜか少しだけ味が違って感じて、
センリは思わず目を細めた。
「うまいです……ありがとうございます」
自然に笑って、そう言ってしまってから――
はっとした。
(……今、何した……!?)
ようやく脳が状況を理解し始めた瞬間、
センリの顔が、みるみるうちに真っ赤になった。
その一部始終を、咲鬼と桜炎と煉獄は、ほぼ同時に目撃していた。
時間にして数秒。
しかし彼らにとっては、妙に長く感じる瞬間だった。
咲鬼は、手に持っていたカップをカチリと小さく揺らした。
(……今、陛下……堂々と“食べさせ”ましたね……?)
桜炎は、完璧な微笑みを崩さぬまま、瞳だけがわずかに見開かれる。
(……あの陛下が、ためらいもなく“あーん”を……?)
煉獄に至っては、露骨に口を開けていた。
「…………は?」
赤の魔王、絶句。
しかしすぐに、口の端がぐぐぐっと上がり始める。
「お前……」
じわじわと込み上げる笑いを堪えきれず、
煉獄はテーブルの下で膝を叩いた。
「黒の魔王が、朝っぱらから堂々と“あーん”かよ!!」
「うるさい、煉獄」
大地は、わずかに耳を赤くしながら、あくまで平然と返す。
「残すよりは、食える者が食った方がいいだけだ」
「その理屈でああいう差し出し方をする人、俺の長い人生でも初めて見たわ!」
煉獄のツッコミに、桜鬼はこっそり目線をそらし、
桜炎は、口元に手を当てて小さくため息をついた。
「……これはもう……想像以上に重症ですね、陛下」
桜炎の冷静な呟きは、テーブルの誰にもはっきりと聞こえていたが、
大地は聞こえなかったふりを貫いた。
一方その頃、センリは―
(……死ぬ……)
恥ずかしさで。
胸を押さえ、うつむいたまま、
手首の鎖が、嬉しそうに鳴り続けているのを、
どうしても黙らせることができなかった。




