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運命の番と魔王の戦記~薔薇の鎖の座標(しるべ)  作者: 愛龍


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8

 朝食は、思っていたよりもずっと穏やかに進んだ。


 焼きたてのパンに、温かいスープ。

 香辛料の効いた卵料理に、ハーブの香る肉料理。


 センリは最初こそガチガチに緊張していたものの、

 桜炎と桜鬼のさりげないフォローと、煉獄の賑やかな会話に押されて、

 気づけば「おいしいです」と素直に言葉が出るようになっていた。


「お口に合って良うございました、センリ様」


「うんまい……こんなふわふわのパン、初めて食べだ」


 そんなやりとりを、黙って聞いているようでいて、

 大地は横目でセンリの様子をずっと見ていた。


 ぎこちなくナイフとフォークを扱っていたのが、

 少しずつ慣れてきて、笑顔も増えてきて―。


 鎖が、満足げに軽く鳴る。


(……悪くない)


 そう思ったところで、最後の皿が運ばれてきた。




「こちら、デザートでございます」


 桜鬼が静かに言うと、白い皿の上に彩り豊かなフルーツが並べられた。

 一口大に切られたメロンやぶどうに、鮮やかな柑橘そして、甘い香りのする焼きリンゴの小さなタルト。


 センリの目が、きらりと光る。


「……わぁ……」


 ほとんど無意識に声が漏れた。


 ひつじ国で果物は食べたことがある。

 けれど、こんなふうに綺麗に盛り付けられて、

 しかも一種類じゃなくて、何種類も少しずつなんて―お菓子のお祭りみたいだ。


 センリはおそるおそるフォークを伸ばし、

 よく熟れたメロンを一つ刺して口に運んだ。


「……あまっ……!」


 思わず、顔がほころぶ。


「うまいか?」


 いつの間にか、すぐ隣から大地の声。


「はいっ! すっごいうまいです! とろけるみでぇで……」


 センリはつい早口になって、慌てて言葉を飲み込んだ。


「し、失礼しました……」


「構わん」


 大地はわずかに口元を緩め、

 センリの皿に次々と盛られていくフルーツの減り具合を見て、心の中でひとつ頷いた。


(よく食うのは、悪くない)


 隣で嬉しそうにフルーツを味わうセンリを見ていると、

 胸の奥の鎖が、くつろいだように静かに揺れる。


 センリは、柑橘を一口、タルトを一口、

 幸せそうに照れ笑いしながら食べては、小さく「おいしい……」とこぼしていた。


 そんな様子を、テーブルの端から咲鬼と桜炎が静かに見守っている。


(センリ様、表情がずいぶん和らぎましたね)


(……あの陛下のお隣で、あそこまで自然に笑える方が現れるとは)


 互いに目だけで会話しながら、それぞれ心の中で驚いていた。



 センリの皿のフルーツが、あとひと切れだけになったときだった。


 まだ名残惜しそうに皿を見つめる横顔を、大地はちらりと見やる。


 そして―ほとんど考えるより先に、身体が動いていた。


「……俺のも、食べればいい」


 そう言って、大地は自分の皿からメロンを一つフォークで刺した。


「……へ?」


 センリがきょとんとする間もなく、そのフォークがすっと彼女の方へ差し出される。


 目の前に差し出されたのは、

 大地の手から直接伸びたフォーク。

 先端には、よく冷えたメロンが、ひとつ。


「……」


 センリは、一瞬だけ固まった。


 だが、次の瞬間――


「……いいんですか?」


「ああ」


 短い返事に、迷いはなかった。


 センリは、ほんの一瞬だけ躊躇って―

 でもすぐに、ぱくり、とそのまま口を開けて受け取った。


「……ん……」


 甘さが広がる。

 さっきと同じメロンなのに、なぜか少しだけ味が違って感じて、

 センリは思わず目を細めた。


「うまいです……ありがとうございます」


 自然に笑って、そう言ってしまってから――


 はっとした。


(……今、何した……!?)


 ようやく脳が状況を理解し始めた瞬間、

 センリの顔が、みるみるうちに真っ赤になった。



 その一部始終を、咲鬼と桜炎と煉獄は、ほぼ同時に目撃していた。


 時間にして数秒。

 しかし彼らにとっては、妙に長く感じる瞬間だった。


 咲鬼は、手に持っていたカップをカチリと小さく揺らした。


(……今、陛下……堂々と“食べさせ”ましたね……?)


 桜炎は、完璧な微笑みを崩さぬまま、瞳だけがわずかに見開かれる。


(……あの陛下が、ためらいもなく“あーん”を……?)


 煉獄に至っては、露骨に口を開けていた。


「…………は?」


 赤の魔王、絶句。


 しかしすぐに、口の端がぐぐぐっと上がり始める。


「お前……」


 じわじわと込み上げる笑いを堪えきれず、

 煉獄はテーブルの下で膝を叩いた。


「黒の魔王が、朝っぱらから堂々と“あーん”かよ!!」


「うるさい、煉獄」


 大地は、わずかに耳を赤くしながら、あくまで平然と返す。


「残すよりは、食える者が食った方がいいだけだ」


「その理屈でああいう差し出し方をする人、俺の長い人生でも初めて見たわ!」


 煉獄のツッコミに、桜鬼はこっそり目線をそらし、

 桜炎は、口元に手を当てて小さくため息をついた。


「……これはもう……想像以上に重症ですね、陛下」


 桜炎の冷静な呟きは、テーブルの誰にもはっきりと聞こえていたが、

 大地は聞こえなかったふりを貫いた。


 一方その頃、センリは―


(……死ぬ……)


 恥ずかしさで。


 胸を押さえ、うつむいたまま、

 手首の鎖が、嬉しそうに鳴り続けているのを、

 どうしても黙らせることができなかった。

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