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そのころ――センリはまたしても客室の中で、ぐるぐるしていた。
ふかふかのベッド。やわらかい椅子。窓からは朝日。
全部、申し分なく「いい部屋」なのに―まったく落ち着かない。
「……はぁぁぁ……」
何度目か分からないため息をついて、センリはベッドの端にぺたんと座り込んだ。
手首には、あいかわらず細い光の鎖が巻きついている。
昨夜よりも、今朝よりも、少しずつ輪郭をはっきりさせながら、静かに、静かに鳴っている。
からん……と、遠くで鈴が揺れるみたいな音。
(運命……って、好きに……なる相手のこと、なんだべか)
一生に一度。
魔王様は―大地はさっき、はっきり言った。
『俺の鎖が、昨夜からうるさくてかなわん』
(番……運命の相手……)
そこまで考えたところで、センリの脳裏に、今朝の執務室の光景がよみがえる。
まっすぐ見つめてくる、魔王の瞳。
大きな手で、自分の手をとって―
『お前がいた方がいい』
「~~~っ!」
センリはベッドの上で、クッションをぎゅむっと抱きしめた。
「無理無理無理無理!!」
顔が一気に熱くなる。
耳まで熱い。絶対真っ赤だ。
(魔王様と……“運命”とか……)
考えただけで、心臓が跳ねる。
だって、相手は黒の魔王だ。
国を治める王様で、魔族たちの頂点にいる人で、みんなから畏れられてて―。
こっちは、ひつじ国の、田舎の遊牧民の娘で。
雨と風をちょっと読むくらいしか取り柄がなくて。
服だって、ここの侍女さんたちみたいに綺麗なドレスも着たことなくて―。
「ありえねぇべ……」
思わず、いつもの訛りが濃くなる。
「だって、わだしみたいな田舎の娘だど? ありえねぇべ、ほんとに……!」
ぶんぶんと頭を振りながら、クッションに顔をうずめる。
なのに、手首の鎖は、否定するように、カランと鳴る。
―ありえる、と言わんばかりに。
「……しらねぇ……」
小さくうずくまりながら、センリは枕をがしがし叩いた。
(でも……うれしぐねぇわけじゃねぇから……たち悪いんだ……)
怖いし、不安で仕方ない。
王妃の器じゃねぇ、って言われるのも、何となく想像がつく。
けど。
嵐の中で、自分の手を取ってくれた魔王の顔を思い出すと――
どうしようもなく胸のあたりがあったかくなる。
「……バカ」
誰に向かって言ったのか、自分でも分からない。
そのとき。
「センリ様?」
コンコン、と控えめなノックとともに、聞き慣れてきた落ち着いた声がした。
「さ、桜炎さん!?」
センリは弾かれたように飛び上がる。
慌ててクッションを放り投げ、髪と服をわたわたと整えた。
「えっいつからそこに。」
そこには、書類を抱えた桜炎が立っていた。
きっちりとまとめ上げた髪、落ち着いた瞳。相変わらず、隙のない鬼神の国の和服と呼ばれる女官服。
ただ、その口元は、すでにわずかに笑っている。
「おはようございます、センリ様。ずいぶんと元気に跳ねましたね」
「み、見でました!? 今!?」
「ええ、扉の前で、しっかりと。何度もお声をかけたのですがお返事がなかったので……クッションに八つ当たりしておられました?」
「わああぁぁあぁ~~!! 忘れでください!!」
センリは顔を真っ赤にして両手をぶんぶん振る。
サエは小さく肩を揺らしながら、静かに扉を閉めた。
「忘れて差し上げたいところですが、仕事柄、観察したことは簡単には忘れられませんね」
「ひどい……」
「ふふ。冗談です」
桜炎はセンリに近づき、さりげなく全身を上から下までチェックする。
「体調はいかがですか? 昨日、天制球を使われた直後でしたから、少し心配しておりました」
「あ、体はだいじょぶです。ちょっとドキドキして眠れなかっただけで……」
「“ちょっと”ですか」
サエは意味ありげに目を細める。
「……何か、心臓に悪いことでも?」
「な、なんもねぇですよ!? なんも!!」
「そうですか?」
サエの視線が、ふっとセンリの手首へ落ちた。
センリは、びくりと肩を跳ねさせる。
袖の下で、薔薇の鎖が、ちいさく、ちいさく鳴った。




