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運命の番と魔王の戦記~薔薇の鎖の座標(しるべ)  作者: 愛龍


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エピローグ

 一年が過ぎ――

 十年が過ぎ――


 そして、八十年という歳月が静かに流れた頃。




 ひつじ族の遊牧地に、ひとつの命が生まれた。


 吹き抜ける風は優しく、テントの幕を揺らす草原の夜。


 ひつじ族の王女が産んだ娘。


 父はアイシアの末の息子で氷竜の血を引くスノウ。

 竜族とひつじ族、そしてエルフの長アイシアの血を受け継ぐ子。


 その子は、生まれたときから、右の掌に小さな紅い石を握りしめていた。


 誰も、渡した覚えはない。

 誰も、その石を仕込んではいない。


 けれど―確かに、そこにあった。


 赤い誰かの瞳の色を思い出す、赤い光。


「……っ」


 産声が落ち着いた頃、アイシアはテントに入ってきた。


 雪のような髪をざくりと束ねたまま、娘を抱く王女と、そばに立つスノウをじっと見つめる。


「母上」


 スノウが短く頭を下げる。


「来るのが遅れましたね。もう産まれ――」


 言いかけた言葉が、途中で止まった。


 アイシアの視線は、赤子の小さな手に釘付けになっていた。


 細い指が、そっとその手を開かせる。

 中から転がり落ちた紅い石が、ランプの光を受けて揺れた。


「……天御の石」


 アイシアが、低く呟く。


 その声音には、驚きと―諦めにも似た、深い納得が混ざっていた。


「この石は……

 この石の魔力はただ一人、選んだものにしか扱えないようになってる。」


 細い指が、赤子の頬をそっと撫でる。


「またここに生まれてきたんだな……」


 アイシアは、長い年月を生きてきた者の目で、静かに赤子を見つめた。


 そこにいるのは、ただの“新しい命”ではない。


 八十年前、青い満月の夜に光となって消えた、あの魂。


(―帰ってきたんだね)


 胸の奥で、古い記憶がひりつく。


 黒の王城で、泣き崩れた黒の魔王。

 塔の上で見送った、ひつじ族の娘。


「この子は……」


 アイシアは口を開き―そして一度、言葉を飲み込んだ。


 あの名を呼んでしまえば、もう後戻りできない気がしたからだ。


 本当に、あの子なのか。

 記憶を持っているのか。

 単に“似た魂の流れ”を見ているだけなのか。


 確信は、まだどこにもない。


 それでも――


「……名前を、決めなきゃならないね」


 アイシアは、そっと腕を伸ばした。


 王女から赤子を受け取り、胸元に抱き寄せる。

 その身体は小さく、温かい。

 けれど握りしめた紅い石だけが、どこか懐かしい重みを持っていた。


「―センリ」


 その名は、祈りにも近かった。


「今度こそ、最後まで共にいられるように」


 アイシアの耳元で、赤子が小さく泣き声をあげる。


「母上、今度こそとは……?」


 スノウが眉をひそめる。


 アイシアは首を振った。


「……今はまだ、言わないでおくよ」


 黒の魔王にも。

 この子の父親にも。

 ひつじ族の王にも。


「記憶があるのかも。ないのかもしれない。

 本当に“あの子”かどうかも、まだわからない」


 だから、とアイシアは思う。


(この子自身の“帰りたい”が、どこを指すのかを見極めなきゃいけない)


 ―――数年後。


 7歳になったセンリは、不思議な娘だった。


 ひつじ族の子どもたちは、たいてい草原を駆け回り、羊を追い、テントの周りで転げ回る。


 彼女も確かにそうだった。

 膝を擦りむいては笑い、雨雲を呼んで叱られ、風を纏う。


 けれど、気づけばいつも―遠くの空を見ていた。


 地平線の、もっと向こう。

 遊牧地の境界線よりも、はるか先。


 まだ一度も行ったことのないはずの方向を、いつまでもじっと見つめている。


「センリ、どうしたの?」


 母が問いかけると、センリはぽつりと呟いた。


「……かえりだい」


「ここが、あなたの家よ?」


 母は笑って、彼女の髪を撫でる。


 センリは首を横に振った。


「ここも、すき。

 でも……もっと、なつかしいとこ。あっちにある気がする」


 指さした先には、ただ果てしない空と雲しかない。


 父スノウも、何度も宥めた。


「センリ。お前がどこへ行きたいのかは知らないが、ここは危なくない場所だ。

 氷竜の血も、ひつじ族の血も、お前を守っている」


「……うん。ありがど。わかってはいるんだげど」


 素直に頷く。


 でも、夜になるとまた、テントの隙間から空を見上げてしまう。


 満天の星の中に、青い月の残像がある気がして。


「かえりだい……」


 何度も、何度も繰り返すその言葉に、

 アイシアは黙って彼女を抱き上げた。


「帰りたいんだね」


「……うん」


「どこへ?」


 センリは首を傾げる。


「わがんない。

 でも……だれか、まっでる気がする」


 胸元に握りしめた紅い石が、かすかに温かくなった気がした。


 アイシアは、その様子を見て、目を閉じる。


(やっぱり、あの子だ)


 確信に近い何かが、胸の奥で静かに形を取る。


 だが、それでもまだ―

 黒の魔王には伝えない。


 八十年という時間は、魔王種にとっては長くない。

 それでも、“待ち続けた心”にとっては、果てしない。


(もう一度、鎖を結ぶのは……この子自身の選択でなきゃダメだ)


 風が、ひつじ族の草原を駆け抜ける。


 センリはその風に乗って、どこか遠くの“懐かしい場所”を探していた。


遠く、空の彼方で

必然と気まぐれが絡み合う鎖の先。


すれ違った時間の渦の中で

朽ち果てても、君の声を信じていた。


風に揺れゆく慕情を抱いて。


暗闇を貫く赤い瞳。

絶望も孤独も越えて刻まれた絆。


まだ見ぬ懐かしい誰か……


交わした約束に君を感じて


また巡り合う。





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