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運命の番と魔王の戦記~薔薇の鎖の座標(しるべ)  作者: 愛龍


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3

 翌朝――


 黒の王城の廊下には、まだ雨上がりの冷たい空気が残っていた。


 窓から差し込む朝日が、濡れた石畳を細く照らしている。


 センリは、そわそわと指先をいじりながら歩いていた。


(……なんで、こんなことになってんだべ)


 理由は、分かっている。


 ――手首の、鎖だ。


 朝、目が覚めた時にやっぱり見えていた。

 手首に巻きついた淡い光の鎖。

 それは、昨夜よりも少しだけ、はっきりしている気がした。


 鎖は静かに脈打つように光りながら、まるで道案内みたいに前へ伸びている。

 センリが一歩進むたび、しゃらり、と音もなく揺れて進むべき方向を示してくるのだ。


「……好き勝手に連れ回してくれるなや……」


 小声で文句を言いながらも、センリの足は止まらなかった。


 角をひとつ曲がると、昨日とは違う、重厚な扉が見えてきた。

 周囲には、見張りの兵が二人、直立している。


 鎖は、そこでぴたりと止まった。


 手首から伸びる光が、扉の向こう側に吸い込まれていく。


(……たぶん……いる。魔王さまが)


 センリは、ごくりと喉を鳴らした。


 ここは、黒の魔王の執務室―昨日の夜、城内を案内されたときそう桜炎から聞いている。


 国を動かす書類が山のように積まれ、宰相や側近たちが出入りする場所。


 そんなところに、ひつじ国の娘が勝手にノコノコ来ていいのか?

 非常識じゃないか。

 迷惑なんじゃないか。


 頭ではそう考えながらも、手首の鎖は、じっとりとしたあたたかさで彼女を前へ前へと押し出してくる。


「……やめろってば……」


 袖の上から鎖を押さえ込みながら、センリは小さく深呼吸した。


 廊下を行き来する侍女や兵士たちの視線が気になる。


 でも、逃げ出したくなる足を、なんとか踏みとどまらせる。


(お礼、言わねぇと……)


 昨夜、あの魔王は言ってくれた。


 ―お前がいなければ、この国は水に沈んでいた。

 ―お前は、俺の国を救った。


 その言葉が、ずっと心の中であったかく響いている。


(ちゃんと、礼を言って……それから……)


 それから、何を言うつもりなのか、自分でもよく分からない。


 運命とか、相手とか。

 そんな大それた話をするつもりなんて、ない。

 けれど―手首の鎖は、そういうことを言わせたそうにしている。


「……バカだな、わだし」


 苦笑しながら、小さく肩をすくめた。


 それでも最後には、センリはきちんと背筋を伸ばす。


「ひつじ国のセンリです。……昨日の夜泊めていただいたお礼ど、ご挨拶させでください。黒の魔王さま」


 扉の前で言って扉をノックする。

 手首の鎖が、期待するように微かに鳴った。


 しばしの沈黙。


 やがて―中から、低くよく通る声が返ってきた。


「入れ」


(……やっぱり、いた)


 胸がどくん、と大きく跳ねる。

 鎖が、喜ぶようにじんわりと熱を帯びた。


 センリは、震えそうになる手をぎゅっと握りしめ、ゆっくりと扉へ手をかけた。


 その先にいるのは―嵐の夜、自分の手を取ってくれた魔王。


 そして、きっと、自分の運命を変えてしまう相手。


 重い扉が、静かに開いていった。

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