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運命の番と魔王の戦記~薔薇の鎖の座標(しるべ)  作者: 愛龍


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 混乱は、一瞬で夜会の色を変えた。


 音楽は止まり、悲鳴と怒号が飛び交う。

 崩れたテーブル、割れたグラス。


 その中心で黒の魔王はただひとり、荒い息を吐いていた。


「……陛下っ!」


 最初に駆け寄ったのは、桜鬼だった。

 咲彩の処置をマリアディアに任せ、状況を一瞬で見切る。


「ここでは危険です。毒の影響が読めません。

 陛下、すぐにお部屋へ」


「……まだ、センリが―」


 大地の視線が、センリを探して揺れる。

 薔薇の鎖が、まだ微かに手首の下で繋がっている感覚があった。


「センリ様は、ここに」


 桜炎がセンリの肩を支えながら、すぐ近くにいることを示す。


「私がお側に。必ずお守りします。

 ですから―今は、桜鬼に従ってください」


 大地は、乱れた呼吸の合間に、短く舌打ちをした。


「……必ず、目を離すな」


「承知しております」


 桜鬼は一礼すると、大地の腕を自分の肩に回した。

 見た目以上の重さがのしかかる。媚薬で膨れ上がった魔力が、身体の中で暴れているのだ。


「兵を回廊に。誰ひとり、近づけるな」


「了解しました」


 短いやり取りのあと、

 桜鬼は大地を支えながら、広間から素早く退いた。


 黒の魔王の姿が扉の向こうに消える。



 それが―この夜、最悪の“隙”を生んだ。


 


「センリ様、こちらへ。少し離れた場所で――」


「わ、わだしも手伝うべ! 咲彩ちゃん、まだ顔色悪ぇし……」


 センリは不安そうにあたりを見回しながらもドレスの裾を握る手が震えている。


 そのときだった。


 ―す、と。


 空気が、一箇所だけ不自然に静かになる。


 さっきまで、悲鳴と怒号で満ちていた広間の一角。

 そこだけ、音が遠のいたように感じた。


「…………?」


 ぞわり、と背筋をなぞる悪寒に、センリは振り向いた。


 背後の柱の影に、誰かが立っている。


 白。


 雪のような白い髪。

 血を吸っていない白紙のような顔。


 そして―片方だけ、深い闇に落ちた“ない”眼窩を隠す、黒い眼帯。白の男性用の着物と黒い羽織。


 残った片目は、暗い緋の瞳


「……やっと、隙ができたか」


 男は、ため息をつくように呟いた。


 桜炎が、咄嗟にセンリの前へ出る。


「どちら様かしら。招待状に、貴方のような“お客様”の名はありませんでしたけど?」


 白い男は、口元だけで笑った。


「俺は、招かれた覚えはない」


 すっと、片手が持ち上がる。


「勝手に来ただけだ。“強い魔王種を産む器”を、取りにな」


 空気が、裂けた。


 桜炎の身体を囲むように、透明な線のようなものが走る。見えない刃が、床と空間をまとめて切り分けた。


「っ……!」


 桜炎の周囲の床が、わずかにずれる。

 それだけで、彼女の身体は一歩、センリから遠ざけられていた。


 ほんの一歩。

 けれど、その一歩分の距離は、致命的に大きい。


「動くな。今お前が踏み出せば―その足ごと、落ちるぞ」


 白い男が視線だけで冷たく告げる。


 桜炎は歯を食いしばった。

 足もとに走る線が、どこまで切り落とせるのか読めない。


(これが……白の魔王……白鬼……)


 噂でしか知らなかった名が、現実の姿と重なっていく。



「……ひつじの娘」


 白鬼の視線が、センリに向いた。


 センリの背筋に、ぞくりと冷たいものが走る。

 ひつじ耳が小さく震えるのを、自分でも止められない。


「お前が、黒黎の番か」


「……っ、わだしは……大地さんの……」


「そうだ。黒の魔王の番であり―

 強い魔王種を産む、異常な器」


 白鬼の片目が、愉快そうに細められた。


「喉から手が出る。どこの国の魔王も、だ」


 センリの手首に、冷たい指が触れる。


 その瞬間―薔薇の鎖が、きゅっと音もなく締まった。


「や、やめて…っ」


 センリは反射的に腕を引こうとするが、力が入らない。

 毒と恐怖と混乱で、膝から崩れ落ちそうになるのをどうにか踏ん張る。


「安心しろ」


 白鬼の声は、ぞっとするほど穏やかだった。


「殺さない」


 耳元に、冷たい囁きが落ちる。


「強い魔王を産ませる。

 用が済んだら返してやるよ」


 一拍置いて、唇が歪む。


「無事とは限らんがな」


 その言葉が、氷の矢みたいに胸に突き刺さった。


「っ、いやだ……っ」


 センリは必死に首を振る。


「わだしは……大地さんの番だべ……っ、離れだぐねぇ……っ」


「知ってる」


 白鬼の指先が、センリの手首の上―見えない鎖に触れた。


 次の瞬間、世界が、きしりと軋む。


 聞こえたのは鉄と運命が割れるような、嫌な音。


 ――“切断”。


 薔薇の鎖が、悲鳴のように鳴った。


 センリの胸の奥で、何かがぷつりと千切れる感覚が走る。


「だい……ち、さん……」


 息が、うまく吸えない。


 遠く離れた場所で、同じ痛みを抱えて、

 黒の魔王もまた、胸を押さえていた。


 番の鎖が――

 あの夜会の混乱の中で、容赦なく斬り裂かれた。


 笑い声も、乾杯の響きも消えた広間で。


 ただ一人、白い魔王だけが、静かに笑っていた。

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