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マリアディアとカイスターンは謁見を無事に終え、客人用の回廊を歩いていた。
高い窓から差し込む光が、赤い絨毯の上に長く伸びる。
さっきまでの公式な空気がようやく解けて、護衛たちも少しだけ表情を緩めていた。
その中で―ふたりだけ、同じタイミングで足を止める。
「「………………」」
吸血鬼の女王マリアディアと、エルフの王子カイスターン。
沈黙を破ったのは、マリアディアだった。
「………………可愛いわ。咲彩様」
思わずこぼれた声は、ごく小さかった。
けれど、隣のエルフの耳をごまかせるほど小さくはない。
「麗しく、凛々しいお方だと思いました」
カイスターンの言葉も、同じくらい自然に漏れた。
ふたりは、同時に相手を振り向く。
「まさか其方……」
「貴方様も?」
一瞬だけ、きちんとした王族の顔が外れる。
見つめ合う沈黙。
次の瞬間、マリアディアがふっと唇を吊り上げた。
「……話が早そうで、何よりだわ」
「ええ。こちらとしても、心強い限りです」
マリアディアがすっと手を差し出す。
カイスターンも微笑みながら、その手を握り返した。
公式なものではない。
書類も印章もいらない、小さな握手。
「では、我ら吸血鬼は――“可愛い光皇様”の味方として」
「エルフも、“咲き誇る光皇様”の味方として」
「番を尊重する王家と、推しを全力で愛でる臣下として」
「お互い、全力でお支えしましょう」
ふたりはくすりと笑い合う。
護衛の一人が、「今なんか怖いこと言ってた気がする」と首を傾げたが、
当人たちはまったく気にしていなかった。
その日―黒の王国の回廊で、
誰にも記録されない、もうひとつの同盟が結ばれた。
名付けるなら、ただひとつ。
“咲彩様推し活同盟”。




