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マリアディアは紅い瞳を細め、ゆっくりと咲彩に向き直った。
「……魔族は、一夫一妻制ではないですよね」
その一言に、謁見の間の空気がまたわずかに揺れた。
咲彩の視線が、ちらりと大地へ飛ぶ。
黒の魔王は腕を組んだまま微動だにしないが、その横でセンリが小さく肩をすぼめた。
(……わだしたちは、そういうのじゃねぇけど……)
自分と大地の関係が、魔族としてはむしろ「例外」に近いのだと、センリはよく分かっている。
でも―だからこそ、大地は「側室は持たない」と宣言した。
マリアディアは、その“例外”をちゃんと理解しているような顔で、続けた。
「婚約者の座を降りるという選択もある。けれどもう一つ。番が現れたら……その時は」
彼女はすっと裾を摘み、今度はほんの少しだけ腰を折る。
「お二人を支える者となりましょう。カイスターンと共に」
“お二人”
光皇としての咲彩と、その隣に立つことになる“番”のことだ。
カイスターンが、その言葉に静かに頷く。
「番を得たあなたと、その隣に立つ方を支えること。
それが、僕たちとの婚約の、もうひとつの形でもあるはずです」
長命のエルフらしい、遠くを見通す言い方だった。
「光皇様とその番が、空と地上、森と夜を繋ぐ“柱”になるのなら……
僕たちは、その柱が折れないように支える“根”でいられたらと思います」
咲彩は、思わず息を飲んだ。
(……婚約って、“縛るため”じゃなくて)
ゆっくりと考えが形になっていく。
(“支えるための約束”でも、あるのか)
これまでは、どこかで「政略結婚=我慢と妥協」のイメージが離れなかった。
両親の姿があまりにも「運命」で、「例外」で、眩しすぎたせいもある。
けれど―目の前の吸血鬼の女王とエルフの王子は、
番を軽んじないと言い切った上で、なお婚約者を名乗ってくれている。
「……“支える”って言い方、ずるいな」
ぽつりと、咲彩が笑った。
「そんなふうに言われたら、簡単に断れないじゃん」
マリアディアが愉快そうに肩をすくめる。
「それは光皇様の父上に責任を取っていただきましょうか。あんなに分かりやすい番を見せつけておきながら、“政略”だけ押しつけるなんて、無理な話ですもの」
言われて、大地はほんのわずかだけ、視線を逸らした。センリは横で、どうしていいか分からずもじもじしている。
けれど、その責め方はどこか柔らかかった。
「番を大事にしている王」への、少し照れくさい賛辞の裏返しのようでもある。
カイスターンが、そっと言葉を継いだ。
「僕たちは、あなたの“可能性”に縁を結びに来ました。“未来の番”を奪いに来たわけではありません」
その一言に、咲彩の胸のどこかが、すとんと落ち着いた。
「……了解」
咲彩は立ち上がり、真正面から二人を見据える。
「番を優先する。
それはこの国のルールで、私のわがままでもある」
猫耳が、ぴんと立つ。
「それでも構わないなら―吸血鬼とエルフ。
“光皇の婚約者”として、黒の王国の側にいてほしい。そして、貴方たちお二人の事も大切にしたい。」
マリアディアの紅い瞳がきらりと光る。
「望むところだわ」
カイスターンも、静かに一礼した。
「光栄です、光皇様」
玉座の横で、センリは胸に手を当て、小さく息を吐いた。
(……よがった)
番を守りながら、それでも国の未来と他国との縁を選べる道が、ちゃんとあるのだと分かったから。
隣で、大地がほんのわずかに口元を緩める。
(番を支える者、か)
その言葉に、空の上で動く天空人たちがどう反応するのか―
それはまだ分からない。
けれど少なくとも、地上にはこうして、
“番を前提にした同盟”を選んでくれる者たちもいる。
それはきっと、これから来る嵐の物語の確かな希望のひと欠片だった。




