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延期になっていた外交の謁見が1週間後行われた。
黒の王城・謁見の間。
高い天井には黒と金の紋章旗が揺れ、磨かれた床に、二つの影が長く伸びていた。
開かれた扉から、まず一人が入ってくる。
深紅のドレスに漆黒のマント。
雪のように白い肌に、ルビーの様な紅い瞳が妖しく光る。
吸血鬼の女王―マリアディア。
ゆるやかに波打つ黒髪をかき上げ、彼女は迷いのない足取りで歩みを進めた。
微笑みは優雅だが、その一歩ごとに冬の夜みたいな冷たさと圧が付いてくる。
続いて姿を現したのは、碧のローブに身を包んだ青年だった。
肩までの淡い金髪を一つに束、
森の奥の湖のような、静かな緑の瞳。
アイシアの長子の息子である純血のエルフの王子―カイスターン。
長命の種族らしい整った所作で、彼は静かに一礼する。
背筋は真っ直ぐで、なのにどこか、ひとの良さそうな柔らかさが滲んでいた。
玉座の段差には、黒の魔王・大地と国王・咲彩、そし王妃としてセンリが座している。
その脇には正装した桜鬼・桜炎、少し離れて煉獄の姿もあった。
「吸血鬼の女王マリアディア、並びにエルフの王子カイスターン。
黒の王国・黒黎の魔王の御前に」
桜鬼の朗々とした声が謁見の間に響く。
マリアディアは裾を摘み、鮮やかに礼をした。
カイスターンもそれに倣い、静かに頭を垂れる。
「……顔を上げろ」
大地の低い声に、二人はゆっくりと視線を上げた。
赤い瞳と紅い瞳が、正面からぶつかる。
空気が一瞬だけ、ぴんと張りつめた。
「久しいわね、黒の魔王」
最初に口を開いたのはマリアディアだった。
「150年ぶりかしら? 前回は互いに剣を抜き合うところから始まった覚えがあるけれど」
「互いにな」
大地は淡々と返す。
「今回は剣ではなく、同盟だ。」
「まぁ。色気がない言い方」
マリアディアがくすりと笑う。
「こちらとしては、“光皇候補との縁談”と呼びたいところだわ」
視線が、隣の咲彩へと流れる。
白と金の礼服の少女国王は、背筋を伸ばしたまま、ややむっとした顔でそれを受け止めた。
「……初めまして。黒の王国・国王、咲彩です」
「あら。噂どおり可愛いじゃない」
マリアディアは、獲物を見つけた猫のような目をした。
「番を持たない光皇候補―ね。
私、そういう“空席”が大好きなの」
「人を椅子みたいに言わないで」
咲彩が即座に返すと、謁見の間の端で煉獄が肩を震わせた。
その横で、もう一人の婚約候補が静かに口を開く。
「エルフの森より参りました、カイスターンと申します。光皇様にお目にかかれること、光栄に存じます」
彼は真っ直ぐに咲彩を見る。
その視線には、マリアディアのような食えない色気ではなく、
真面目でやや不器用な敬意があった。
「エルフの王から、何度も“会ってこい”と言われておりまして」
「……エルフの王って、アイシア様よね」
「ええ。祖母です」
カイスターンが穏やかに微笑むと、
咲彩の顔に、ほんの一瞬だけ複雑な感情がよぎった。
(ババ様の孫ってことは……遠縁だな。母さんの方の。)
センリが横でそわそわする気配を感じる。
案の定、彼女は小声で「ややこしぐなってきたべ……」と呟いていた。
「ところで」
マリアディアが、一歩前に出た。
「先日、“番に休暇を与えているため、本日は国王と宰相対応となります”―」
わざとらしく、ゆっくりと言葉を繰り返す。
「そんな魔導書簡を頂いたのだけれど?」
謁見の間の空気が、一瞬止まった。
咲彩が全力で桜炎を睨む。
桜炎は涼しい顔で視線をそらした。
「……サエ」
「事実をお伝えしただけです、光皇様」
「オブラートに包む概念を学んで」
咲彩のツッコミを受け流しながら、
マリアディアは楽しそうに口元を吊り上げた。
「番に休暇を与える魔王。
外交を一週間も延ばす王国」
紅い瞳が、センリの方へと流れる。
「……正直に言えばね。
そんな魔王と番がいる国と組むなら、悪くないと思ったの」
その言葉には、吸血鬼の王としての本音が混じっていた。
吸血鬼は両方の性を待つ故に子はほとんど分身。
血が濃い。
それ故に数が少なく他種族と婚姻を重要視している。
そんな中で他種族、同族、血筋関係なく愛する“番を守る王”の姿は、何より信用に足る。
「我ら吸血鬼は、結びつきと誓いを重んじる種族。
それを軽んじる王とは、長く続く同盟は結べないもの」
マリアディアは、ちらりと大地を見る。
「あなたは、側室を持たないと明言した。
番を“器”ではなく“妻”と呼んだ。
その一点だけで、信用に値すると思うわ」
「……評価基準が独特だな」
大地が短く呟くと、マリアディアは楽しそうに笑う。
「互い様でしょう? “番休暇”なんて文面、普通の王は送らないわ」
謁見の間の空気が、少しだけ和らいだ。
「……それで」
今度はカイスターンが口を開いた。
「正式な文によれば、
わたくしとマリアディア陛下は――」
「どちらも、咲彩の“婚約者”ってことになってる」
咲彩が言葉を継いだ。
「番は持ってないから、政略としての婚姻は、
こっちとしても選択肢に入れるつもり。
吸血鬼とも、エルフとも、ちゃんと繋がっておきたいしね」
淡々と言うが、猫耳がわずかに緊張で揺れた。
「だから確認しておきたいことがある」
咲彩は真っ直ぐ二人を見た。
「―私がこの先、もし番を持つことになって、
その相手を選ぶとき」
一拍。
「そのとき、あなたたちは“婚約者”の座から降りられる?」
謁見の間の空気が、再び静まる。
マリアディアは、ほんの少しだけ目を細めた。
「番を、優先するのね?」
「魔王種としては、それが普通でしょ」
咲彩は少しだけ首を傾げる。
「私だって、父さんと母さん見て育ってるんだよ。
そこ無視して“政略だけの結婚”なんて、できるわけない」
ぐうの音も出ない正論だった。
カイスターンは、少しだけ考えるように目を伏せ、それから静かに頷く。
「……番を軽んじるエルフは、森で長くは生きられません。わたくしの祖母も、きっと同じことを言うでしょう」
柔らかな声で続ける。
「あなたが、いつか本当に“番”と呼べる者を見つけたとき。そのときは、わたくしは婚約者という座を降りましょう」
「それまでの“つなぎ”でいいって言い方は失礼ですが―黒の王国と共にある道を選べるなら、それで構いません」
マリアディアも、肩をすくめて笑う。
「吸血鬼の女王としては、ちょっとだけ不満ね。
できれば最初から最後まで“独占”したいもの。
でも、番を軽んじる程度の相手なら、
最初からこっちも縁談なんて飲まないわ」
紅い瞳が、愉快そうに細められた。
「いいわ。
光皇様が番を得るその日まで―」
マリアディアはわざとらしく優雅に礼をしてみせる。
「吸血鬼の女王マリアディア、
“婚約者”として、側に立つことをお許し願えるかしら?」
カイスターンも一礼する。
「エルフの王子カイスターン、
王族としての縁を結ぶことを願います。
あなたが、あなた自身の番を選べる日まで」
玉座の横で、センリはそっと胸の前で手を組んだ。
(なんだが、すごい話になってきたべ……)
でも同時に、ほんの少しだけ安心もする。
吸血鬼も、エルフも、
それぞれの“番”の在り方を持っているのだと分かったからだ。
隣で、大地が静かに目を細める。
謁見の間に、新しい同盟の形がひとつ結ばれようとしていた。




