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コンコン、と控えめなノックのあと、そっと扉が開いた。
「センリ様、失礼いたします……」
昼過ぎの太陽の光がカーテン越しに差し込む寝室。
大きなベッドの上で、センリがもぞもぞと身を起こしたところだった。
「……ふぁ……おはようだべ……」
寝ぼけ眼で瞬きをしながら背伸びをする。
ピンクの髪がふわりと揺れ、ひつじ耳がぴょこんと顔を出した。
控えていた侍女たちが、丁寧に一礼する。
「魔王様から、本日は“お支度を任せる”ようにとのことでして」
「朝のお召し物と、お髪の支度も、わたくしたちにお任せくださいませ」
センリは、ぽやんとした顔のまま、すぐに柔らかく微笑んだ。
「いつも、あんがとね。リアちゃん。結ちゃん。」
センリは侍女も兵士もひとりひとり名前で呼ぶ。その一言だけで、顔に出さなくても侍女たちの心臓が一気に忙しくなる。
((ああもう朝から尊い……))
センリがにこりと笑ってシーツを押さえながら身を乗り出した、そのとき―
侍女の一人の視線が、ふとセンリの首筋に留まった。
白い肌に、咲いたような紅い痕。
首筋から、襟元へ。
カーテンから差し込む光に、うっすらと浮かび上がる紅の印がいくつも。
((……………))
数秒のフリーズ。
もう一人の侍女も、つられて目をそらそうとして―
どうしても視界に入ってしまう。
((なんかいつもより多くない……??))
((魔王様……仕事より番……いやそれでいいんですけど……!!))
決して声には出さない。
だが、心の中は大騒ぎだった。
センリはそんな視線に気づかず、いつもの調子で首を傾げる。
「ん? どしたべ? わだし、寝ぐせひどい?」
「い、いえっ! とんでもございません!!」
侍女たちが慌てて首を振る。
一人がタオルを持つ手を震わせながら近づき、そっとセンリの肩に羽織らせた。
「少々、冷えるかと存じまして……」
「ありがどなぁ」
微笑みながら、センリは素直に肩をすぼめてタオルを受け入れる。
タオルの隙間から、まだわずかに覗く紅の印。
((……あれ絶対、“俺の番だ”って印じゃん……))
((独占欲の具現化……魔王様の愛情、可視化されすぎ問題……))
侍女たちの脳内で、「尊い」「尊い」「尊い」がぐるぐる回り始める。
「じゃ、今日は何着ればいべ?」
センリが無邪気に尋ねる。
「本日は、城内でのお仕事のみと伺っておりますので……お洋服の中から、動きやすいものをお選びいたしました」
侍女が慣れた手つきでハンガーを掲げる。
青のタートルネックのワンピース。
「おお、それなら畑の様子見に行ぐ前にも着られるべな」
((畑も見るのか……働く番様……尊い……))
完全に“推し活モード”に入った侍女たちは、
内心で鼻血を堪えながら、外側だけはプロの顔で支度を進めていく。
紅い印は、やがて襟と髪に隠れて見えなくなる。
けれど――
((分かってますからね魔王様。
センリ様、大事にしてくださってありがとうって、毎朝心の中で土下座してますからね……))
誰も口にはしないけれど、
黒の王城の侍女たちは皆、知っていた。
その紅い印は、
“器”でも“駒”でもなく―
魔王の“番”として、
この城にいる証なのだと。




