25
昼が過ぎ国王は、執務室のそのど真ん中で仁王立ちしている。
「……まだ出てこないのかよ、クソ親父」
咲彩が腕を組んで扉を睨みつけていた、そのときだった。
ガチャリとゆっくりと扉が開く。
黒い軍服の上着だけを脱ぎ、シャツの袖を少しラフにまくった大地が、欠伸を噛み殺しながら姿を現した。
「……ようやく静かになったかと思えば」
赤い瞳が、真っ先に咲彩を捉える。
「まだいたのか、うるさい娘」
「まだいたのか、じゃねぇよ!!!」
反射で怒鳴る。
と同時に身体が先に動いていた。
咲彩は床を蹴った。
猫耳が風を裂き、礼服用のヒールの高いブーツがきれいな円を描く。
「くらええええっ!!」
狙いすました回し蹴りが、大地の首元をかすめ―
たはずだった。
す、と風が変わる。
視界が一瞬、上下に揺れた。
「……は?」
気づいたときには、自分の片脚が空中で止められていた。
大地の片手が、まるで洗濯物でも掴むみたいな軽さで咲彩の足首を押さえている。
「タイミングは悪くない」
淡々と評価しながら、彼はちらりと視線を下げた。
「でも、攻撃に入る前に気配がうるさすぎる」
「うるさいとか言うな!! てか足離せ――」
「うるさい」
大地は短くそう言うと、
ゴミを捨てるみたいな、軽い動きで横のほうへ放り投げた。
「わっ――――!!?」
咲彩の身体がふわりと宙を舞い、廊下の端のソファにダイブする形で落ちる。
クッションが盛大に悲鳴を上げた。
ごすっ。
「いってぇ……!」
頭を押さえながら身を起こし、咲彩は涙目で父を睨んだ。
「ゴミかよ。私は」
大地は肩をすくめる。
「ゴミだとは思ってない」
そこで一拍おいて、さらりと続けた。
「優秀な俺の後継の―塵だな」
「階級下げんな!!」
即座にツッコミが飛ぶ。
「ゴミよりマシみたいな顔すんな! 塵だって言ったからな今!!」
「塵も積もれば山となる」
真顔でそんなことを言うから、余計腹が立つ。
「お前はその積もり方がまだ足りない。
だから勝手に飛んできて、片手で受け流されるんだ。まぁ積み方は悪くないがな。」
言いながら、さっき掴んだ足首をわざとらしく軽く振る真似をする。
「……褒めてんのか貶してんのかどっちかにしろ」
「両方だ」
きっぱりと言い切られ、咲彩はソファの背にもたれたまま盛大なため息をついた。
「……休みの間、意味は理解できたか?」
「出来るか。外交全部ぶっちした言い訳が“番といちゃついてました”とか、王としてどうなんだよ」
「仕事の一環だ」
「どこの仕事だそれ!!」
廊下の向こうで、通りすがりの兵士たちが聞こえないふりをして足早に去っていく。
大地はそんな周囲をまるで気にせず、わずかに目を細めた。
「お前はお前の役目を果たせ。
俺は俺の番を守る。―それだけだ」
その言い方があまりにも当たり前で、
咲彩は思わず口を閉じた。
文句は山ほどある。
蹴りももっときれいに当てたかった。
けれど、―まだ眠っているであろう母の顔を思い出すと、喉元まで出かかった言葉は、少しだけ方向を変える。
「……次、回し蹴り決めたら、“優秀な後継の塵”からランクアップさせろよ」
そう言うと、大地はおもしろそうに口の端を上げた。
「考えておく」
「“考えておく”はやる気のない大人の言葉だって、母さん言ってた」
「……余計なことばかり教えやがって」
娘と妻の両方に苦笑させられながら、
黒の魔王は、いつもの日常へゆっくり戻っていく。




