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廊下の向こうで、娘の怒鳴り声。
『クソ親父ーーーーーっ!! 休みってどーゆーことだぁぁぁ!!』
分厚い扉がびくりと震え、それからしばらくすると静けさが戻った。
「……まったく、うるさい娘だ」
誰に聞かせるでもなく呟いて、大地は腕の中の温もりを抱き寄せる。
センリは、まだ深く眠っていた。
長いまつげが影を落とし、力の抜けた指先が、彼の寝間着の布をほんの少しだけ掴んでいる。
頬に触れる吐息は、穏やかで。
昨夜、火照っていた顔も、今は静かに緩んでいる。
(……少なくとも、今日はこのまま眠っていていい)
そう思うだけで、胸の奥のざらつきが、ほんの少し和らいだ。
けれど、頭の中は止まらない。
青の魔王アクア――天空の調停者。
空に浮かぶ城と地上の国々のあいだで、嫌というほど板挟みになってきた魔王だ。
(あいつが、天空人と一緒に何か企むとは考えにくい)
争いを好まない。
話し合いで終わる道を、いつも最後まで探そうとする。
だからこそ、なおさら厄介でもある。
天空人が勝手に動き、
アクアがその“後始末”に回る―そんな未来が容易に想像できた。
青の魔王アクア。
赤の魔王、煉獄。
金の魔王、咲彩。
そして、黒の魔王である俺と―白の魔王、白鬼。
(……白鬼)
遠い記憶が、雪混じりの風の匂いと一緒に蘇る。
凍てついた夜。
白い光が斜めに走り、世界をそのまま切り分けた感覚。
白鬼の能力は「切断」。
運命も、縁も、何もかも容赦なく断ち切る力。
あのとき、振るわれた一撃に、実際に“持っていかれた”ものがあった。
血だけじゃない、もっと根っこのところで何かを削がれた感覚。
血煙の中で振り抜いた、自分の一太刀。
白い面を裂き、片目を斬った手応え。
(……片目を斬りつけた怨みは、消えていないだろうな)
あれからどれだけ時間が経っても、
白鬼の名を聞けば、あの白い閃光が頭をよぎる。
センリが眠ったまま、小さく身じろぎした。
「……ん……」
抱きしめる腕に、少しだけ力をこめる。
ひつじ耳が、大地の胸にふにゃりと当たっているのが分かった。
「……大地さん……?」
寝ぼけた声が胸元にくぐもって響く。
「起こしたか」
「……んー……まだ眠いべ……」
目を開けきれずにいるセンリの髪を撫でてやると、安心したようにまた目を閉じた。
胸元の小さな赤い石―天制球のネックレスが、ふたりのあいだでちいさく揺れる。
(運命の鎖を切ろうとする力と、
運命の鎖でつながれた番)
白鬼の「切断」と、センリと自分を結ぶ「薔薇の鎖」が頭の中で一瞬、重なりかけて―大地はその想像を振り払うように目を細めた。
(勝手に触らせるつもりはない)
空の上で誰が動こうと、
地上のどこで誰が企もうと。
腕の中で穏やかに眠るこの女だけは、
何があっても手放さない。
そう決めた自分の決意が、
あの白い刃よりも強く、長く続くものであるように―
大地は、センリの額にそっと唇を落とし、
扉の向こうの騒がしすぎる娘と、まだ見えない空の嵐に、心の中だけで静かに牙を向けた。




