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運命の番と魔王の戦記~薔薇の鎖の座標(しるべ)  作者: 愛龍


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 黒の王城の一角―魔王の私室前の廊下に、翌朝は怒号が響き渡った。


「クソ親父ーーーーーっ!! “休み”ってどーゆーことだぁぁぁ!!」


 扉がビリビリ震えるほどの声量だった。

 寝室の前で、白と金の礼服に着替えた咲彩が、盛大に猫耳を逆立てている。


「外交全部ぶっちしたって、正気かよ!!!」


 廊下の端で控えていた兵士が、びくっと肩を揺らした。


「こ、国王様、声が……! あの、その……」


「うるさい! こちとら朝から謝罪と日程調整の嵐なんだよ!!」


 足元に積まれた書簡の束が、その言葉の信憑性を物語っていた。

 “日程変更の件”“本日の謁見は”“改めてご挨拶を”と、外交相手への丁寧な文がこれでもかと並んでいる。


 その少し離れた壁にもたれながら、煉獄が欠伸を噛み殺した。


「諦めろ、咲彩。今日は出てこないぞ、あいつ」


「なんで煉獄までそんな落ち着いてんの!? 将軍だろ!? なんか言えよ!」


「言った上での“無理無理”だ。

 昨夜寝る前に、“明日は絶対に部屋の鍵を開けるな”って釘刺されてる」


「最悪だな黒の魔王!!」


 咲彩が頭を抱えたそのとき、すっと静かな足音が近づいてきた。


「国王様、少しお静かに」


 朝から綺麗に身支度を整えている黒い官服に長い髪を束ねた桜鬼が、書類を抱えて現れた。

 その後ろには、書類の山をさらに抱えた桜炎も続く。


「こちら、本日“キャンセルされたはず”の外交案件の一覧です」


「やめろ現実を突きつけるな」


 咲彩が頭を抱えたまま呻く。


 桜炎は、さらりと笑って付け加えた。


「連絡はすべてこちらで済ませてあります。

 “黒の魔王が番に休暇を与えられているため、本日は国王と宰相対応となります”と」


「サエェェェェ!! なんで余計な情報乗っけた!?!?」


「事実をお伝えしただけですよ?」


 にっこりと微笑むが、目は全然笑っていない。


「しかしまぁ、各国の反応は悪くなかったですね。“番に休暇”という表現、妙に納得されてました」


「納得してんじゃねぇよ……!!」


 咲彩が扉を睨みつける。

 分厚い扉の向こうからは、物音ひとつしない。


「……本当に、起きてないのかな」


 ぽつりと呟いた声には、少しだけ心配も滲んでいた。


 煉獄が肩をすくめる。


「起きてるさ。

 まぁ、“外”に出てくる気は一ミリもなさそうだがな」


「何その含みのある言い方、マジで殺すよ?」


「おやめください国王、物騒です」


 桜鬼が淡々と窘める。


「現状、陛下の“休み”は正式に認められています。

 外交相手にはすべて再調整の連絡済み。

 ……つまり、咲彩様がここで扉を蹴り破ろうと、書類仕事は減りません」


「現実やめろ」


 咲彩はうなだれた。


「……母さんは?」


 少しだけ声を落として尋ねる。


 桜炎が、ちらりと扉に目をやった。


「中ですよ。

 さっき、侍女が朝の様子を見に行きましたが……

 “お二人とも、よくお休みのご様子でした”とのことです」


「“ご様子でした”て。絶対寝顔見てニヤニヤしてただろ侍女……」


 想像して、咲彩はため息をつく。


 昨夜、あれだけ怒鳴るように“器じゃない”と庇って、こんなふうに丸一日休みをくれて――

 きっと今ごろ、センリは遠慮と罪悪感と嬉しさを全部抱え込んで、枕に顔埋めてる。


 それを思うと、胸の奥がちょっとだけ、じんわり温かくなった。


「……はぁ。マジでふざけんな、とは思うけどさ」


 ぼそっと呟く。


「ちゃんと“責任持って休んでる”のが余計腹立つんだよな、あのクソ親父……」


「そこまで分かっているなら、少しは労ってあげたらどうです?」


 桜鬼が柔らかく笑う。


「黒の魔王が一日城から消えたら、本来は大騒ぎなんですよ。

 今日は“番に休暇を与えている”という名目があるだけ、まだマシです」


「……はいはい。分かってますよーだ」


 咲彩は大きく伸びをして、くるりと踵を返した。


「サキ、午前のスケジュール全部出して。

 サエ、外交の再調整のあと、天空人周りの報告、もう一回まとめて」


「承りました」


「了解です、国王様」


 ふたりが慣れた調子で答える。


 煉獄が立ち上がり、扉に背中を預けた。


「お前、入らなくていいのか?」


「入ったら休みにならないでしょ。

 ……今日は、あの二人の日だよ」


 咲彩は振り返らずに言った。


「どうせ、夕方には腹空かせて出てくるし」


 猫耳が、少しだけ柔らかく揺れる。


「そのときに文句と報告まとめて全部ぶつけてやる。

 それまでは――」


 少しだけ息を吐いて、笑った。


「国王として仕事する。

 “黒の王国の未来”ってやつ、親父にだけ守らせないためにもね」


 パンッと咲彩は自分の頬を軽く叩き、

 咲彩は執務室の方へ歩き出した。


 扉の向こうには


 甘くて、少しだけ切ない“休み”の朝。


 それでも城は動き続ける。


 ―運命の番を守るために。


 その子どもが、ちゃんと“王”として守ると決めたから。

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