20
窓の外には黒の王城の塔の影と、遠く瞬く星の光だけがあった。
寝室の灯りは、ほとんど落としてある。
淡いランプが一つ、ベッドサイドでゆらゆらと揺れていた。
センリの細い肩を、大地はぐっと腕の中に抱き寄せる。柔らかな髪の匂いが、鼻先をかすめた。
「……大地さん?」
振り向いた唇を、そのまま塞ぐ。
軽い口づけでは終わらせなかった。
何度も、角度を変え、深く深く触れていく。
触れるたび、センリの吐息が震える。
「……っん……」
甘く濡れた息が、彼の喉の奥をくすぐった。
ぞくり、と背骨をなぞるような感覚が走る。
胸の奥から、どうしようもない衝動がせり上がった。
(……腹が立つ)
唇を離さないまま、心の中だけで呟く。
(器だの、種だの……)
センリの腰に回した腕に、無意識に力がこもる。
逃げられないように、もっと近くへ引き寄せる。
センリの指が、大地の軍服のシャツをきゅっと掴んだ。
「……っ、だいち……さん……」
息継ぎの合間、かすれた声で名前を呼ばれる。
その声さえも、支配したくなるほど愛おしかった。
(俺の番を物みたいに好き勝手言いやがって)
喉の奥で、笑いとも唸りともつかないものがこみ上げる。
再び唇を奪い、今度は長く味わうように重ねた。
センリのひつじ耳が、ぴくん、と震える。
その動きが愛しくて、たまらなくなる。
やがて唇を離し、その耳の付け根にそっと口づけた。
「……ひぁ……っ」
小さな悲鳴のような声が漏れる。
肩がびくりと跳ねまたシャツを掴んだ。
「っ、今日……変だべ……」
センリが、息を整えながら彼を見上げる。
赤くなった頬、潤んだ青い瞳。
その全部が、今にも壊れてしまいそうなほど脆く見えた。
「どうしたの……? なんか……」
大地は答えず、代わりにセンリの頬を片手で包む。
親指で、涙にも似た光をそっと拭った。
「……腹が立ってるだけだ」
「え……?」
「お前を“器”って呼んだ連中に、だ」
低い声が、暗がりに落ちる。
「番に手を伸ばそうとした奴らが、
まだ空の上で何か企んでると思うと―」
センリを抱く腕に、また力がこもる。
「……腹の底から、焦げるように苛々する」
センリは、しばらく黙って大地を見つめていた。
それから、おそるおそる両腕を伸ばし、大地の背に回す。
「……わだしなら……ここにいるべ」
胸に顔を押し当て、小さな声で言う。
「どこにも行がねぇ。
“器”なんかじゃねぇって……今日も、ちゃんと聞いだべ」
大地は、息を飲んだ。
怒りでざらついていた心に、
温かい水を注がれたような感覚が広がっていく。
薔薇の鎖が、二人の手首の下で、かすかに光を帯びた。
「……ああ。聞かせた」
耳元で囁く。
「何度でも言う」
センリの耳たぶに、今度はゆっくりと口づける。
ひつじ耳が震え、彼女の身体から熱がこぼれ出す。
「お前は、俺の番だ。俺の妻だ」
言葉のひとつひとつを、唇で刻むように落としていく。
「器なんかじゃない。
俺が選んで、俺が抱いて、俺が守る女だ」
「……っ、そんな……はっきり言うなや……」
センリが、耳まで真っ赤にして抗議する。
「恥ずがしべ……」
「恥ずかしがってろ」
大地は低く笑う。
「お前がここにいる限り、
どこの連中が何を企もうが、何の意味もない」
そう言って、もう一度センリを抱きしめた。
今度は、怒りではなく、ただ確かめるように。
胸元の天制球のネックレスが、二人の間で小さく揺れる。
赤い石は、彼の瞳と同じ色で静かに光っていた。
(……ずっと一緒だべ)
センリは目を閉じ、額を彼の胸に押し当てた。
窓の外には、どれほど高い空が広がっていようと。
この腕の中にいる限り、
彼女は“器”ではなく唯一人の番であり続ける。
そう思うだけで、大地の支配欲は、
ゆっくりと形を変えながら、より深い執着と愛情に溶けていった。




