18
大地が立ち上がると軍靴が床を打つ音が、やけに大きく響く。
薔薇の鎖が袖の下で軋む気配に、センリは思わず息を呑んだ。
「……さっきから、お前たちの言い分はひとつだ」
低い声が、会議室の隅々まで届く。
「“種の存続”」「“強い魔族”」「“国のため”」
大地は、指を一本ずつ折りながら言葉を並べた。
「耳障りのいい理屈を積み上げているが―中身は一つだろう?」
赤い瞳がゆっくりと貴族たちを見渡す。
「センリを、“器”として扱いたいだけだ」
言葉と同時に、空気がぴしりと張りつめた。
反論しようとした貴族の口が、ひくりと震えて止まる。
「誤解なきよう申し上げますが、我々は決して―」
「誤解じゃない」
遮る声に、一切の抑揚はない。だからこそ、余計に重かった。
「俺は聞いている。
“センリを他国に嫁がせろ”と。
“番を王から引きはがせ”と。
“強い子を産める器なら、どこに混ぜても構わない”と」
言われた側の貴族が、はっ、と顔色を変えた。
それは、酒席や密談でこぼした“本音”のはずだった。
桜鬼が静かに目を閉じる。
桜炎は口元だけ笑いながら、手元の書類を軽く持ち上げた。
「記録は残ってますよ。会話の一部始終。ねぇ、宰相?」
「ええ。こういう話は、証拠がないと面白くないので」
ふたりのさりげない追撃に、貴族たちの額に汗がにじむ。
大地は視線をセンリに落とした。
「いいか。よく聞け」
センリは、胸の赤い石をぎゅっと握りしめたまま顔を上げる。
「俺の番はセンリ一人だ。
俺の妻も、センリ一人だ」
淡々とした宣言。
「側室は持たない。今までも、これからもだ」
会議室が、しん、と静まり返る。
咲彩が、テーブルの下でそっと拳を緩めた。
「それでもなお、“国のため”“種のため”と称して、
センリを“器”と呼び、俺から引きはがそうとするなら―」
大地は、視線を貴族たちに戻す。
今度は、ひとりひとりの目を確かに捉えた。
「その瞬間から、お前たちは“黒の王国の臣下”ではない」
静かに、しかしはっきりと告げる。
「俺の番に手を伸ばす者は、俺の敵だ」
言葉の意味が、ゆっくりと沈んでいく。
煉獄が、椅子の背にもたれながら貴族たちを一瞥して口元だけで笑った。
「……だそうだ。よかったな。はっきり言ってもらえて」
誰も、笑い返せない。
「勘違いしている者が多いがな」
大地は続ける。
「“強い魔族を残す”のは確かに魔王の責務だ。
だがそれは、“番を踏みにじってまでやること”じゃない」
センリの手首の薔薇の鎖が、かすかな光を帯びる。
「俺の魔力の半分と寿命は、運命の鎖でセンリと分かち合っている。
それを切ろうとする企ては、黒の魔王の力を削ぎ、王国を弱らせる行為だ」
赤い瞳が、冷たく光った。
「それでもまだ、“国のため”と言い張れるなら言ってみろ」
誰も、口を開かなかった。
汗が一筋、貴族の頬を伝う。
さっきまで“寂しい”“存続”と口にしていた者たちは、一斉に視線を落とす。
桜鬼が、すっと立ち上がった。
「では、これより先――」
彼は淡々と言葉を継ぐ。
「センリ様を“器”と呼び、番の関係を軽視し、
“他国へ嫁がせる”などの案を持ち出したものは、
すべて“黒の王国への敵対的行為”として記録、対処する」
桜炎が、さらりと付け足した。
「必要なら、名前入りの一覧にして貼り出します?」
「桜炎」
「冗談ですよ、陛下。半分は」
半分は、というところで笑っていない目がまた光る。
誰も、もう軽い気持ちで口を開く勇気はなかった。
大地は、最後にもう一度だけ釘を刺すように言った。
「“種”も“血”も、大事だ。否定はしない」
だが、と続ける。
「その前に目の前の一人を見ろ」
隣のセンリが、小さく息を呑む。
「国を救ったのはひつじ族の娘だ。
黒の王国の雨を止め、畑を守り、今も民のために天候を操っている。
俺の番であり、王妃であり、大臣だ」
その肩書きを、一つひとつ、ゆっくりと並べる。
「それを“器”の一言で塗りつぶすなら、
その口は、二度と俺の前で開かなくていい」
会議室の隅々まで、静寂が広がった。
センリは、胸の赤い石を握ったまま、そっと瞼を伏せる。ひつじ耳が、嬉しそうに揺れた。
怖さも、不安も、消えたわけじゃない。
それでも。
(ありがとう……)
薔薇の鎖が勝ったと笑うように鳴った。




