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ざわめいていた会議室が、咲彩の一言でぴたりと止まった。
「私には番はない」
白と金の礼服の少女は椅子からすっと立ち上がる。
黒い瞳が、真正面から貴族たちを見据えていた。
「だが婚約者は―もう決まってる」
言葉を区切るように、一拍おく。
「吸血鬼の女王と、エルフの王子を娶る。
後継なら、充分だろ」
会議室の空気が、一気に揺れた。
「光皇様……!?」
「そ、それは、両国との同盟のための“仮定”の話であって―」
「仮定じゃないよ。正式に話は進めてる」
咲彩は淡々と続ける。
「吸血鬼の女王も、エルフの王子も、種が違う。
けれど私の魔王種としての力は問題ないし、国を背負う覚悟もある。“種の存続”って言うなら、黒の王国はもうとっくに十分なカードを持ってる」
椅子の背に手をかけ、身を乗り出す。
「それでも、まだ母さんを“器”扱いしたいのか?」
誰も、すぐには答えられなかった。
吸血鬼―夜を統べる古い一族。
エルフ―長命で、精霊と深く結びついた森の民。
双方と結ぶ婚姻は、確かにこの上ない同盟となる。
そしてそこから生まれる子は、血筋だけ見れば申し分のない“後継”だ。
だが、貴族の一人が、なおも食い下がる。
「も、もちろん、それらも尊き血には違いありません。しかし……やはり魔族は、魔族同士の血を―」
「だからさ」
咲彩は、そこで言葉を切った。
「私が番を持たない限り婚姻は“政略”と“責務”で済む話だ。
でも、父さんと母さんは違う。
あの二人は、運命の鎖で繋がってる」
視線が、センリと大地へと向く。
センリは驚いたように目を見開き、
大地は静かに目を細めた。
「運命の番を、“国のため”“種のため”って理由で切り離そうとするなら――」
咲彩は一人ひとりの顔を見渡しながら言った。
「それはもう、“黒の王国の未来を案じている”なんて綺麗な話じゃない。ただの横取りだよ」
言葉の刃が、会議室の空気を切り裂く。
呑まれそうになった貴族が、必死に反論を探す。
「で、ですが、我々は決してセンリ様を軽んじているわけでは―」
「軽んじてないなら、“器”って言葉は出てこないでしょ」
ぴしゃりと言い切る声。
そのとき。
「―そこまでだ、咲彩」
静かな低音が、場を制した。
大地が立ち上がったのだ。
軍服の裾が揺れ、椅子がきしむ。
赤い瞳が、会議室全体をゆっくりと見渡した。
「続きは、俺が言う」
咲彩は一瞬だけ父を見ると素直に席へと腰を下ろした。
(……親父、頑張れよ)
2人の薔薇の鎖が、袖の下でかすかに鳴った。




