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運命の番と魔王の戦記~薔薇の鎖の座標(しるべ)  作者: 愛龍


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16

 重い扉を開ける。


 黒の王城・会議室。

 高い天井からはシャンデリアが吊られ、壁には黒の王国の紋章。

 中央には長い楕円のテーブル、その周囲に魔族の貴族たちがずらりと並んでいるが座っていない貴族もいてまだ自由に会話をしていた。


 奥の席には宰相・桜鬼。

 その隣は秘書官・桜炎。

 そして珍しく軍服を礼装で着込んだ赤の魔王・煉獄。


(……ちゃんと座って待ってるあたり、あの三人だけは真面目なんだよな)


 咲彩は心の中でぼそりと毒づきながら、堂々と歩みを進めた。


「国王、咲彩。黒の魔王、大地。そして大臣センリ、入室」


 桜鬼の低く通る声が、場の視線を一斉にこちらへ向ける。


 貴族たちが席へ戻り形式どおりに立ち上がると一斉に礼をした。


「面を上げろ」


 大地の一声で、椅子がきしむ音が連鎖する。


 三人が上座に腰を下ろすと、会議は粛々と始まった。


 最初は、いつも通りの議題だった。


 財務大臣が予算の数字を淡々と読み上げ、軍務卿も兼ねる将軍の煉獄が兵站の状況を報告する。


 道の修復案。


 咲彩と大地は必要な箇所だけ短く口を挟み、桜鬼が要点をまとめていく。


 やがて、視線がセンリに向いた。


「それでは、天候と畑の状況について、大臣センリ」


 桜鬼に促され、センリは少し緊張した面持ちで立ち上がる。

 ドレスの裾をつまみ、丁寧に一礼。


「えーと……先日の日照りで、黒の王国全体の畑がだいぶやられだべ」


 ひつじ耳が、申し訳なさそうに伏せられる。


「けんど、土自体はまだ生きでる。風と日照のバランスを少し調整すれば、二期作まではいかねくとも……半分ぐれぇは取り戻せる見込みだべ。

 今後は干ばつのほうも考えで、水の回し方も変える必要があるど思う」


 センリは、簡単な図を使いながら、

 黒の王国全体の風と雨の流れ、畑の配置、災害のリスクと対策を説明していく。


 いつもの訛り混じりの言葉。

 だが、その内容は実に具体的で、実務的だ。


 貴族たちも、少なくともその部分だけは真剣に耳を傾けていた。


 センリが一通り話し終え、深く頭を下げると、

 会議室には小さなざわめきが広がった。


「……以上だべ」


「ご苦労だった、センリ」


 大地が短く労いの言葉をかける。


 センリが席に戻り、ほっと小さく息をついた―その直後だった。


「では、次に」


 一人の魔族が立ち上がった。


 年配の男。立派な角を持ち、黒と金の礼服を纏った貴族だ。彼が立ち上がった瞬間、何人かの貴族が目配せをする。


(来たな)


 咲彩の猫耳がぴくりと動いた。


 男は恭しく一礼し、わざとらしく大きな声で言った。


「常々、申し上げておりますが―」


 その前置きだけで、センリの肩が小さく強張る。


「魔王陛下におかれましては、魔族の“種”の存続を、いかがお考えか?」


 会議室の空気が、わずかに張りつめた。


「強い魔族を残すのは、王の務めにございましょう。

 幸いにも、センリ様がお生みになられた光皇様―咲彩様は、金の魔王候補。これ以上ない御子でございますが……」


 一拍置いて、言葉を続ける。


「なにせ、お一人とは―寂しい」


 “寂しい”という言葉に、何人かの貴族が同調するように頷いた。


 咲彩の拳が、テーブルの下でぎゅっと握られる。


(……ふざけんな)


 センリは俯いたまま、膝の上で組んだ指に力を込める。胸元の小さな赤い石に、そっと触れた。


(大丈夫……大地さんが、“終わらせる”って言ってくれだべ)


「そこで、でございます」


 別の魔族が立ち上がった。

 先ほどの貴族より若く、鋭い目つきの男だ。


「ここはひとつセンリ様から、魔王陛下に“側室”をお勧めしてはいかがかと。この国のために」


 その瞬間、センリの視界が少し揺れた。


 “センリ様から”。

 “国のために”。


 刃をやわらかい布で包んだような言葉。


 会議室のあちこちで、賛同のざわめきが広がる。


「センリ様ほどのお方ならば、きっと陛下のお心をお汲み取りになり――」


「母さんの心はどこ行ったんだよ」


 低く、咲彩が呟いた。


 その声は小さかったが、近くの者にははっきり聞こえた。


 貴族の一人が眉をひそめる。


「もちろん、センリ様のお心も……」


「嘘吐け」


 今度は、はっきりとした声だった。


 咲彩の猫耳が、ぴんと立つ。


「“番”って言葉、知ってるよな?」


 国王の黒い瞳が、まっすぐ貴族たちを射抜く。


「魔王種には運命で結ばれた番がいる。

 父さんの番は母さん。

 それを“寂しいから”“国のために”って理由でないがしろにして相手増やせとか言ってる時点で、母さんの気持ちも、父さんの気持ちも、一ミリも見ちゃいない」


 ざわ、と空気が揺れた。


「こ、国王様、我々はあくまで魔族の未来を―」


「未来、ね」


 咲彩は鼻で笑う。


(こいつらは――)


 心の内で吐き捨てる。


(“魔族”“種”“血”……その言葉に囚われすぎだ)


 誰がどの種で、どんな血筋で。

 強い魔王種をどれだけ増やせるか。

 そこばかりを見て、目の前の一人の人間を見ようとしない。


 それはきっと……

 ひつじ族であるセンリが一番よく知っていること。


 センリの膝が、小さく震えた。

 胸元の赤い石を握る手に、無意識に力がこもる。


 隣を見る。


 黒い軍服の袖の下で、大地の手首の薔薇の鎖がわずかに光っていた。

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