15
城へ戻る途中、咲彩はずっとぶつぶつ文句を言っていたが、城門をくぐるころには、顔つきがすっかり「国王」のものになっていた。
「……とりあえず、一回着替える。さすがに作業服で会議室はナシ」
そう言って、咲彩は兵士たちに指示を飛ばしながら、自室へと駆けていく。
大地とセンリも部屋で着替えた。
数分後。
先に現れたのは咲彩だった。
さっきまで泥だらけの作業服だったとは思えない。
白地に金の刺繍を施した礼服――光皇候補としての正装。
肩には黒の王国の紋章。腰には細身の儀礼用の剣。
猫耳もきちんと整えられており、その姿はどこから見ても「王」だった。
「……なんだよ、その顔。似合ってないって言ったらぶっ飛ばすからな」
「何も言ってない」
後ろから歩いてきた大地が、淡々と返す。
彼もまた、畑用の黒Tシャツから、
礼装用の黒い軍服へと着替えていた。
金のボタンが並び、肩章が光る。
短い黒角と、うっすらとした無精髭。
農夫の姿から今は紛れもなく「黒の魔王」の顔に変わった。
「親父だけ“そのまんまじゃね?”感あるの、なんかムカつくわ……」
「軍服だぞ。さっきまでメロン箱抱えてた男と同一人物だとは思えんくらいには威厳があるはずだ」
「自分で言うな」
軽口を叩き合う二人の後ろから、そっと足音が近づいた。
「お待たせしたべ」
振り返ると、そこにセンリがいた。
いつもの素朴な青ワンピースではない。
装飾の少ない、シンプルな白のレースのドレス。
足元は低めのヒール。
「……母さん、似合ってる」
咲彩がぽつりと漏らす。
「えっ……へ、変じゃねぇべか……?」
「全然。むしろ今日の議題にぴったりっていうか……“王妃”って感じ」
「やめれ、くすぐったいべ」
センリは照れくさそうに笑いながら、両手を胸の前で重ねた。
そのとき――
指先が、冷たい感触に触れる。
「あ……」
彼女の胸元で、小さなネックレスが揺れていた。
金の細い鎖の先に、親指の先ほどの小さな赤い石。
元は、あの嵐の夜に使った天制球だった。
『こんなでかいまま持ち歩かなくていい』
そう笑いながら、大地が加工してくれたのだ。
魔力の暴走を抑え、センリしか扱えないように封じ直し、精霊の加護も入れて天御の石として身につけられるよう小さな宝玉に仕立て直してくれた。
色は、落ち着いた深い赤。
(……大地さんの、瞳みてぇだべ)
センリはそっと、胸元の石を握りしめる。
きゅ、と心臓の鼓動が早くなる。
会議室で何を言われるか。
どんな目で見られるか。
考え始めると、胃が痛くなる。
けれど。
(大丈夫……)
掌に伝わる、かすかな温もり。
薔薇の鎖と同じ色の光。
(ずっと一緒だべ)
嵐の夜。
畑での告白。
腕の中で交わした「ずっと守る」という言葉。
全部が、この小さな石の中で静かに灯っている気がした。
センリが顔を上げると、
大地と咲彩がこちらを見ていた。
「……行くべか」
センリが言う。
「ああ」
大地は短く頷き、センリの隣に並んだ。
自然な動きで、センリの手を取る。
手首の薔薇の鎖が、袖の下でそっと鳴いた。
「じゃ、行きますか」
咲彩は肩を回してから、先頭に立つ。
三人の足音が、王城の石の廊下に響いていく。
向かう先は、黒の王国の会議室。
センリを「器」と呼ぶ者たちが待つ場所。
だが、胸元の小さな赤石と、手首の薔薇の鎖が、
その一歩一歩を、確かに支えていた。




