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運命の番と魔王の戦記~薔薇の鎖の座標(しるべ)  作者: 愛龍


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 抱きしめていた腕を、ほんの少しだけ緩める。


 名残惜しそうにセンリを離し、その顔を見下ろした大地は、

 ゆっくりと彼女の頬に指を滑らせた。


 指先が触れたところから、じん、と熱が広がる。


「……大地さま……?」


 呼びかける声も、涙で少し震えている。


 大地は答えず、ただその瞳をまっすぐに見つめた。

 そして、親指の腹でそっと涙の跡をなぞると、そのまま顔を近づけ――


 唇が、触れた。


 柔らかく、けれど逃がす気のない確かな口づけ。


 センリの身体が、小さくびくりと震える。

 けれど、離れようとはしなかった。


 胸の奥で薔薇の鎖が、喜びに震えるように高く鳴る。


(……あったけぇ……)


 息が混ざる距離で、センリはただ、その温度を受け止めていた。


 どれくらいそうしていたか分からない。

 ほんの一瞬にも、永遠にも感じられる時間。


 ──そのときだった。


「おーい! 黒の王~? アイシアが『そろそろ戻ってこい』って──」


 畑の端から、場違いなほど能天気な声が飛んできた。


 煉獄だった。


 彼はずかずかと畝の間を歩いてきて──

 ふと顔を上げたところで、二人の姿を真正面から捉えた。


 大地がセンリを抱き寄せたまま、まだ距離の近いままのところを。


「……あっ」


 きっちり“状況”を理解するまで、コンマ二秒。


「……あっ、ワリィ」


 反射的に目をそらし、全力でくるりと背を向ける。


「見てねぇ! 何も見てねぇからな!? 俺はいま畑の出来を見に来たんだ! メロンの──」


「煉獄」


 背中に、氷点下みたいな声が落ちた。


 振り返らなくても分かる。

 黒の魔王が、今どんな顔をしているか。


「…………………殺す」


「ごめんなさい調子に乗りました!!!」


 煉獄は即土下座レベルの勢いで頭を下げ、そのまま泥を蹴って全力で退散していった。


 遠ざかっていく赤い背中をちらりと見送り、大地は深くため息をつく。


「……邪魔ばかりしやがる、あの炎は」


「い、いまの煉獄さま、ちょっとかわいそうだった気も……」


 センリが困ったように笑うと、大地はほんの少しだけ口元を緩めた。


「気にするな。あいつは殺しても死にはしない」


「煉獄さま大変だべ……」


 そんなやりとりをしながらも、

 センリの唇にはまだ、大地の口づけの温もりがはっきり残っていた。


 大地は笑うセンリの顔を見ているだけで、胸が締めつけられる。


 涙の跡がまだ少し残っているのに、

 それでも必死に笑おうとする、不器用な笑顔。


(……どうして、こんなにも)


 愛おしい、なんて言葉で足りないくらいだった。


 長い間、孤独に歩むのが当たり前だと思っていた。

 王というのはそういうものだと、疑いもしなかった。


 友はいても、背中を預ける者はいても、隣を歩く者はいない。


 それが、当然だと思っていた。


 なのに。


 嵐の夜に突然現れた、ひつじ族の娘が──

 天を止めて、この国を救って。

 何も持たないと言いながら、

 いつの間にか、王の心に灯をともしていた。


 孤独な道の上に、ぽつりと差し込んだ光。


 それが、目の前で笑っている。


「……センリ」


「んだべ……?」


 名前を呼ばれただけで、センリの耳が赤くなる。

 それがまた、どうしようもなく可愛い。


 大地は、一度だけ迷うふりをして──実際には、ほとんど迷っていなかった。


 そっと彼女の顎に指を添える。


「……っ」


 触れられたところから、センリの呼吸が浅くなる。


 逃げない。

 でも、緊張で肩がすこし強張っている。


 そのぎこちなさすら、愛しいと思ってしまう自分に、

 大地は心の中で小さく苦笑した。


「え、えっと……閉じたほうがいいとか、そういう決まりあるんだべか……?」


「ない」


 即答してから、少しだけ顔を近づける。


 彼女の瞳に、自分が映っている。

 不思議そうで、戸惑っていて、それでも逃げる気配はない。


「……もう一度」


 そう告げてから、そっと唇を重ねた。


 さっきよりも、少しだけ深く。


 センリの手が、驚いたようにわずかに宙をさまよい──やがて、そっと大地の礼装の軍服の裾をつかむ。


 きゅっと、弱い力で。


 それが、精一杯の「ここにいてもいいですか」という意思表示みたいで、

 大地は胸の奥があたたかくなるのを感じた。


 薔薇の鎖が、ふたりの間で静かに鳴る。


 孤独な王の歩む道にさした、たったひとつの光。


 それをもう二度と手放さない、と誓うみたいに──

 大地は、もう一度、センリに口づけた。

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