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婚活に失敗したので、ド田舎を帝国一の都市にすることにしました

作者: 氷染 火花

時間できたらこんな長編を書いてみたいなぁというアイデア出しの短編です。面白いと思っていただけたらぜひ評価・感想をいただけると嬉しいです。今後の執筆に参考にさせていただきます。


「悪いねイレイア嬢、君とはやっぱり付き合えない」


 そう言われて私は思わず口に含んだ紅茶を吹き出しかけた。

 それはそうだ。まだお見合いが始まってから10分と経っていない。その段階でお断りの文句を告げられたら動揺もする。

 どうにか紅茶を飲み込んだあと、平静を装いつつ訊ねる……。


「あの……理由をお伺いしても? 私、なにか粗相(そそう)をいたしました?」

「いやー、粗相とかではないんだけどね。うん、にわか令嬢にしてはまあまあマナーを良く知ってるよ」

 

 私の見合い相手……バロン男爵家令息はプラチナブロンドの髪をきざったらしくなでつけながら続けた。


「でも何ていうかさ、ぶっちゃけ、君の土地なにも無いじゃん? ド田舎じゃん?」

「は?」


 こいつ、なにを言いやがった?


「もともとこの見合いは好奇心で受けただけだったんだ。噂の辺境令嬢からの見合い申し込みだ、顔だけ見てもいいかなって。そしたら君が思ったより美人だったのはいいんだけど、肝心の領地を見ちゃうとね〜。ま、こんなド田舎に婿入りするのはないっていうか(笑)」


「…………」


 思わず、反射的に相手の顔面へ拳をめり込ませそうになったが、すんでのところで自制した。

 我慢できた自分を褒めたい。


 ここで一点注意事項がある。私の実家マーロッド家は辺境伯の爵位を授かっている。対してバロンは先程も言った通り男爵家である。身分だけで言うなら、私の方がずっと上だ。


 なのに、どうしてこんなに軽んじられなければならないのか。

 それもこれも私の家マーロッド家が父の代から突然辺境伯に叙せられた成り上がりの家でかつ、その領地が広大なだけの何も無い辺境にあるからだ。

 文字通り、「辺境伯」なのである。


「そうですか、わかりました」


 私は顔中の神経と表情筋を総動員してなんとか笑顔を取り繕うと、バロン令息に型通りの礼を述べた。


「気分が乗らないということであれば仕方ありませんわね。本日は貴重な時間をありがとうございました。すぐお帰りの馬車をご用意いたしますわ」

「ま、帝国の辺境地を見れたのは良かったよ。ほんとに砂ばっかで何もないんだね。帝都に帰ったら話の種になる」

「お帰りはあちらですわ」

「イレイア嬢もがんばんなよ? 君、田舎貴族にしちゃ容姿はまあまあだからさ、婿取りなんて諦めて帝都に嫁に来ればいいんだよ」

「お・か・え・り・は・あ・ち・ら・で・す・わ」


 ああああああ〜〜ブチギレそうですわ〜〜〜。

 すでに手に持った扇子がミシミシとヤバい音を上げつつありますわ。


 鋼の自制心で玄関までバロン令息を案内し、我が家で用意した豪華な旅行馬車と手土産の『馬車代』を持たせて見送るまでなんとか笑顔を保った。さんざんうちの領地をこき下ろしてくれたくせに、お土産はしっかりもらっていくのがさらに腹立つ。


 彼の乗った馬車が砂漠の地平線の向こうへ消えていくのを見届けると、私は即座に自室まで駆け戻る。しっかり鍵をかけてからベッドに飛び込むと思い切り叫んだ。


「あああああ〜〜〜〜ムカつくムカつくムカつく! なんであんな無礼なやつにまで媚びへつらってお見合いなんてしなければならないの!!!」


 イレイア・マーロッド、23歳。

 辺境伯令嬢の私は、ついに今日でお見合い100連敗目と相成った。



 ◆



 ことの発端は我が家の特殊事情だ。


 我がマーロッド家は両親が一代で築いた家だ。父も母も、「英雄」と呼ばれる元冒険者で、特に父は5年前帝国西方に巣食っていた魔王を倒しダンジョンを攻略し、「大英雄」とまで謳われるようになった。

 ちなみに魔王というのは物語に出てくるような魔族の王ではなく、ダンジョン主として配下の魔物を生み出し続ける特別な魔物の事を言う。


 それまで帝国西方は魔王の支配する地となっており、帝国も周辺諸国も手出しできない危険地帯となっていた。それを父が攻略したことで、魔王の支配していた土地がまるまる領土として帝国に転がり込んできたのだ。

 しかし、長年瘴気と魔物を吐き出すダンジョンのあった土地だけに、そこは何もない不毛の砂漠地帯だった。魔王が倒されたとはいえまだ大量の魔物がウロウロしているし(一度生み出された魔物たちは地域の魔力と瘴気を吸って勝手に繁殖する)、人間が住むには危険すぎる場所だ。

 新たに「帝国西方領」として組み込まれた土地は、広大なものの活用法のない辺境の地となった。人が住めるようにするだけで何年もかかるだろう。長年財政難に苦しんでいる帝国は西方領を持て余した。


 そこで帝国は魔王打倒の立役者である父に、褒美として西方領を丸ごと押し付けたのだった。辺境伯という身分だけは高い爵位まで用意して。


 帝国は身分制度の厳格な国である。「大英雄」と呼称されてはいても、所詮は平民だった父が一気に貴族、しかも伯爵になるのは異例中の異例のことだった。帝国史上初だ。私は身分なんてお金にならないものど~~でもいいと思っているけれど、帝国としては格別の栄誉を与えたつもり、らしい。



 とにかく我が家はいきなり貴族となった。結果私の地獄の日々も始まった。貴族である以上家を継いでいかなければならない。この国はこれまた厳格な女性差別があり、女子では爵位を継げない。マーロッド家を辺境伯家として残していくには、唯一の子供である私が結婚して婿を取らなければならない。


 そう、婚活地獄の始まりである。


 私は両親と同じ職業で大好きだった冒険者をやめて、貴族令嬢をやらなければならなくなった。貴族としての礼儀作法や宮廷マナーを慌てて勉強し、ドレスを用意し装飾品を買ってもらい必死に着飾らなければならなくなった。

 とはいえ私が辺境伯令嬢になったのは18歳の時。すでに社交界デビューはギリギリもギリギリの時期である。さらに言えば平民からの成り上がり、他の貴族に相手されるわけもなく、この五年でお見合いの成功はゼロ。婚約にすらたどり着けない。


 毎回毎回着たくもないドレスを選んで愛想笑いして聞きたくもない話に相槌打って知り合ったばかりの相手に品定めされて馬鹿にされて神経をすり減らし続ける日々。

 しかも高位貴族からはあからさまに侮蔑され、子爵や男爵と言った身分では下位の貴族からも馬鹿にされ続け、社交界のパーティーではヒソヒソと陰口、お茶会では他の令嬢から嫌味と当てこすりばかりと拷問のような時間を過ごしている。はなから既存貴族に相手にされてないのだから、婚活など徒労にしか思えない。


 正直婚活には疲れた。疲れ切った。これなら地下墳墓迷宮(ダンジョン)のゾンビ1000体斬りのほうがマシだった。



 ◆



 その日の夕食の席、私はついに父へ向けて叫んだ。


「お父様、私もうお見合いやめたい!!!」

「うん、やめていいよ」


 のほほんと父が笑って言う。向かいの席で母もにこやかに頷いていた。

 私はテーブルの下の足だけで地団駄を踏む。


「もう〜〜、そこは反対してよ! 辺境伯家のために婿を取らねば許さんって!」

「俺はもともと貴族にも爵位にも興味ないからなあ」


 穏やかな笑顔で父は言いつつ、晩餐の肉を切り分ける。こんな優しい顔をする人が大英雄だなんて信じられない。実際父は魔物相手以外ではとても優しい人だった。良く言えば正直もので悪く言えばお人好しすぎである。冒険者を引退した今でも贅肉一つ無い鍛え抜かれた体をしているけど、顔は田舎のおじいちゃん村長みたいに穏やかだった。

 母も、有名な冒険者であり帝国屈指の魔法使いなのだけれど、魔法の研究以外に興味がないという人である。両親ともに貴族にも領地にも執着のない人たちなのだ。

 では私がなんで必死に婚活なんかしているかと言うと、くやしいからだ。

 帝国は、マーロッド家に家を注がせる嫡子が居ないことを最初からわかっていた。私の婚活がうまうくいかないであろうことも。そして最終的に父が死んだらマーロッド家を取り潰し西方領を再び帝室領にする気なのだ。


「お父様はくやしくないの? 帝国は私達をはめようとしているんだよ。特にお父様に魔物を倒させてこの土地を人が住めるようにして、価値の上がったところで自分たちのものにしようとしてるの。大変なことや苦労はお父様に全部やらせて、利益だけ奪おうとしてる」


「俺は魔物退治が生きがいだからなあ。それに普通の人々の暮らしを守るのが、領主の務めだろ?」


 これである。父は筋金入りのお人好しなのだ。

 今も領地にはびこる毎日魔物退治に精を出し、その報酬も僅かに入ってくる税金もすべて冒険者を雇って魔物退治に使ってしまっている。あとは細々と道や橋を治したりだ。

 マーロッド家は一応貴族らしい生活を維持しているものの、それは父と母が冒険者時代に稼いだお金と魔王を倒したときに出た報奨金(さすがの帝国もそれくらいは出した)で賄っているので、領地収入によるものではない。お陰で我が家の貯金はどんどん減る一方である。

 私は母に話を向けた。


「お母様はくやしくないの? お父様の努力が最後全部帝国のものになるんだよ」

「私は研究ができればいいから〜。それにパパのやさしいところに惚れたんだし」

「もう〜〜〜〜!」


 私はくやしいのだ。帝国はお父様の人の良さと奉仕精神につけ込んで、ただで西方領の魔物を一掃するつもりである。たとえ私の婚活がうまくいったとしても、領地を継ぐのは帝国の貴族たち。帝都で何をすることもなく贅沢に暮らしていた連中だ。

 父と母が、他の平民の冒険者が、血と汗と命で切り開いてきた魔王領を戦ったこともない貴族たちが旨味だけ吸い上げるのである。

 それがくやしい。私はくやしい。

 だからせめていい条件の相手に領地とマーロッド家を継いでほしいと思ったのだけど……。やってくるのは貴族の次男三何でも特にぼんくらばかり私から継ぐ爵位にしか興味がなく、しかもうちの土地を田舎と馬鹿にして去っていく。

 たとえお見合いがうまくいったって、あんな奴らに領地を渡したくない。


 ……決めた。今日のお見合い100連敗目で、私も決心がついた。


「お父様、私やっぱりお見合いやめます!」

「おお、そうか」

「イレイアの好きにしなさい」


 父と母は、あくまで穏やかに頷いてくれる。しかし私はそこで止まらなかった。


「そして私がこの領地を変えます。砂の砂漠から豊かな大地にして、帝都の貴族連中を見返してやります」

「へ?」

「え?」

「だって悔しいじゃないですか! お父様とお母様が命をかけて手に入れた土地を砂だらけの田舎だなんて馬鹿にして! 私この土地を帝国一豊かな領地に変えてみせます」


 ずっとのんびり話を聞いていた両親が、初めて戸惑ったように目を瞬かせた。


「ええっと、それは……どうだろう。できるかな」

「イレイアがそうしたいなら止めないけれど……」


 困惑している両親に向かって、はっきりと宣言する。


「そして……その功績でこの国初の女領主になってやります!」


 一代で土地を豊かにしたら、帝国も文句言えないはず。女は領主になれないなんてそんなクソ規則、私がぶち壊してやる!

 お見合いなんてもう()めだ。自分の力で自立してやるんだ!



 ◆



 それから私は貴族令嬢としてのドレスを脱ぎ捨てて、かつての冒険者服を身に着けた。

 唐突だが、私は身体能力も魔力量も普通の人よりはるかに優れている。身体能力に長けた父と、魔力に秀でた母の特性をいい感じに引き継げたのだ。

 おかげで父に引っ付いて冒険者をしていた頃は、あっという間に2年で最高位のSランク冒険者になった。魔物がはびこる我が家の辺境領も問題なく歩き回れる。魔王はおらずダンジョンもないただ魔物がいるだけの土地なんて、鼻歌混じりに散歩できるくらいだ。


「さーて、どうやってうちの領地を発展させるかな」


 見事なまでに砂しかない辺境伯領を見渡して、私は腕組みする。

 領地は砂漠ばかりで産業と呼べるものはなにもない。住人も、帝国に近い境界の端にわずかに住んでいるだけだ。特産品といえば魔物だけだが、魔物を倒して素材を売りさばくのは父がすでにやっている。私がやれば2倍にはなるけど、それだけで領地は発展しない。

 広大な土地で農業をするにも、まずは安全に暮らせる城壁付きの都市を作って、住民を招いて、治水工事をして水を引いて、農民の安全を守りながら土地を耕させて、と途方もなく時間がかかってしまう。もちろんゆくゆくは魔物を掃討して安全な領地にするつもりだけど、何年かかるかわからないし安全になった途端帝国が領地を取り上げる可能性もある。今は早く事業を起こしたい。


「砂だけの土地で事業……農業もダメ、工業もダメ。海は近くにないし、川なんてもっと無いから漁業もダメ。地下資源は……あるかもしれないけど探すのに時間がかかる。採掘中も魔物から守らなきゃいけないし……そもそも人が寄り付かないのよね」


 悩んだ末、一つのアイディアが浮かんだ。


「そうだ、まずは交通よ! いきなり人が住まなくていい。まずはこの領地に人の通行を生めばいいんだ!」


 うちの辺境領は帝国の西側にあり、今のところ砂漠全体が新たな帝国領ということになっている。つまり砂漠の端は他国との国境だ。砂漠さえ越えれば、バラエティに飛んだ国々と交易ができる。

 西方にある香辛料と絹織物が有名なパレティア王国。

 南方にある海洋の民が作った交易国家、ヴェナート共和国。

 北方にある雪に閉ざされた国スウェート王国。

 どこも交易相手として魅力的な国ばかりだ。今までは魔王がいたため大きな交流がなかったが、これからは砂漠さえ突破すれば交易できる。

 辺境伯の権限は強く、他国との交渉も帝国から一任されている。帝国の中央貴族が辺境に興味がないせいだが、この状況をうまく使えば私達の領地にとって強みになる。


「よーし、そうと決まればやるわよ〜!」

 今後の方針が決まり私は意気揚々と拳を突き上げた、その時だ。

 ザアアアーーッと目の前の砂丘が突然盛り上がり、中から巨大な魔物が姿を現す。砂漠で最も危険な魔物の一種、砂竜(サンドドラゴン)だ。


「グオオオオオオオオオッッ!」


 見た目は全身砂色の巨大なトカゲで、翼はない。砂の中を潜って奇襲してくるうえに、牙も爪も鋭く炎まで吐いてくる、なかなか厄介な魔物である。


 まあ、私の敵じゃないけれど。


「あら、お久しぶりね。肩慣らしにちょうどいいわ。相手をしてくれる?」


 私は早速腰から剣を抜きはらって構えつつ、砂竜(サンドドラゴン)に声をかけた。魔物に言葉は通じないけど、まあ気分だ。

 すると、今まさに私を丸のみしようと大口を開けていた砂竜(サンドドラゴン)がピタッと止まる。さらにはぶるぶると震えだした。

 そして急にくるっと向きを変え、逆方向に走り始める。

 それは人間で例えるなら、

『ひゃっはあ! うまそうな獲物がいたぜ~~! ……ってげえ! 剛腕令嬢!!? あの、すいません用事思い出したんで帰りますね……』

 という感じだった。


「逃がさないわ!」

「ギャオオオオン!!!」


 一瞬で追いつくと、あいさつ代わりに剣を一閃し太い尻尾を切り落とす。砂竜(サンドドラゴン)の鱗は非常に硬く並の刃物では弾かれてしまうのだが、そこは私の魔力強化と剣術で補った。

 尻尾を斬られてのたうち回る砂竜(サンドドラゴン)をよそに、私は自分の剣を確かめる。

「――うん、刃こぼれ無し。良かった、腕はそこまで落ちてないみたい」

 貴族令嬢になると決めてから冒険者業は半引退状態だったので、腕がなまってないか心配だったけど大丈夫そうだ。お見合いのストレス発散に時々魔物狩りをしていてよかった。

「ギャオオオオン!」

「ああごめんなさい。尻尾を斬られて痛かったわよね。すぐに楽にしてあげるわね」

「!? ギャオオオオオオオオオオオンンン!!!!」

「あら、なんでさらに暴れてるのかしら?」


 砂竜(サンドドラゴン)はさらに暴れだすと、必死に砂を掘り返し中に逃れようとした。さすがは砂竜(サンドドラゴン)で、10メートルはある巨体がすぐに砂に隠れて見えなくなる。


「よっと」


 逃げられると面倒なので、私はわずかに見えた背中の鱗をつかみ、砂から引きずり出した。


「ギャオッ!?」


 そのまま空中へと放り投げる。


「えいっ」

「ギャオオオオオオオン!!!?」


 空高く放り投げられた砂竜(サンドドラゴン)は、やがて重力に引かれて落ちてくる。すれ違いざま首を斬ろうと、私も剣を構えてジャンプした。

 シュバッ。

 どんどん近づいてくる砂竜(サンドドラゴン)を首へ向かい剣を走らそうとして――ふと別の考えが思い浮かんだ。


「あ、そうだわ」


 首を斬るのは途中でやめて、私は砂竜(サンドドラゴン)の顎へ向けて上段蹴りを放った。ズドン、と下から脳天を揺さぶられて、砂竜(サンドドラゴン)が失神する。私はそのままくるんと一回転して地面に着地した。わずかに遅れて気絶した砂竜(サンドドラゴン)も落ちてきて、地響きとともにあたりに砂埃を巻き上げる。

 思い切り砂をかぶってしまい私は口の中に入った砂を吐き出した。


「うう~、ぺっぺっ。しまった。キャッチすればよかったわ」

「…………」

「やれやれ……よいしょっと」


 気絶したままの砂竜(サンドドラゴン)を持ち上げると、私は場所を移動した。



 その後、私は砂竜(サンドドラゴン)をテイムした。テイムというのは魔物と戦って勝ったあと、従魔(テイム)魔法というのをかけて仲間にすることである。領地にはラクダをはじめ砂漠を歩ける家畜もいるのだけど、魔物がはびこっているので普通の動物だけでは渡れない。そこで逆に砂漠の魔物をテイムして移動に使ってしまおうというわけだ。

 砂竜(サンドドラゴン)を追加で3頭ほど仲間にした後、私は砂漠を横断する定期運送便を開始した。

 最強領地経営への第一歩だった。



 ◆



 そして3年後。


「マーロッド辺境伯嫡子、イレイア・トリトン子爵ご入場です!」


 高らかな楽奏とともに私は皇宮謁見の間に入った。

 今日は私が辺境伯の正式な継承者になったことを示す、勅許状授与の式典の日だ。トリトン子爵というのはマーロッド辺境伯の継承人であるという従属爵位である。この三年の間に私が帝国と交渉して作った。

 皇帝陛下の前に進み出て頭を下げる。宮廷大臣が陛下のそばに寄って、巻物式の私の勅許場を開いて読み上げる。


「イレイア・トリトン子爵、卿をマーロッド辺境伯の継承者として認め、皇帝の名を持ってその地位と身分を保証する。バラン帝国皇帝レオファント」

「謹んで承ります」


 やや引きつった表情で、陛下が私に声をかけた。


「不毛の地であった西方辺境領をよくぞあそこまで見事な領地に育て上げた。大儀である。そなたはこの帝国始まって以来初の女領主じゃ。これからも励むように」

「陛下には格別の御厚情を賜り恐悦至極に存じます」


 形式通りのお礼を言ってにっこり微笑むと、陛下の顔がますますひきつった。いい気味である。


 婚活をやめると決めて3年後……、私は辺境伯領を豊かな領地に変えることに成功し、帝国の強固な女性差別制度をぶち破り女領主の座を勝ち取った。

 もちろんここに来るまでは大変だった。領地経営もそうだが何より帝国保守派の反対が凄まじかった。

 だけど我が辺境伯領は広さだけでも帝国の三分の一という巨大さで、さらにそこ全体が発展して今や経済力は帝国の半分を占めるまでに至っている。交易の過程で親交を結んだ近隣三カ国との関係も非常に良好だ。もし帝国と事を構えることになったらまっさきに軍を率いて駆けつけると正式な軍事同盟まで結んでいる。

 魔物を倒すため少しずつ集めていた冒険者たちを辺境伯領を守る領軍に変え、帝国とも戦える力も備えた。もし私が父とともに独立すれば、帝国は国を半分に割るばかりか周辺諸国の半分も敵に回すことになる。お陰で最終的には帝国も、私の辺境伯継承を認めざるを得なくなった。

 再び華やかな楽奏に送られ謁見の間を辞した私は、ウキウキと別の場所に回った。


「さーて、今日はもう一つお楽しみがあるわ」



 ◆



「イレイア嬢――、ああいえ、トリトン子爵閣下。どうか(わたくし)とご縁を繋いでいただけないでしょうか?」


 誰だっけこの男……? ああそうだ、バロン男爵家の次男だ。私がお見合いに疲れ切った記念すべき100連敗めの。


「あら、それはお見合いのお誘いですか?」

「み、見合いなどと滅相も! どうにか子爵閣下と良好な関係になりたい一心でして……」

「あらありがとう。でも私の記憶によればたしか……、辺境のド田舎に婿入りするのはあり得ない、と仰っていませんでしたっけ?」


 にっこり笑って3年前の意趣返しをすると、バロン次男は青ざめてぶるぶる震えだした。私は次期伯爵であり現子爵、対して相手は男爵家を告げない次男。私は今この場で相手を罰することさえ可能な身分差がある。まあそんなことしないけどね。

 次男はその場で床に這いつくばる。貴族のマナーからすると、これはもう泥沼に顔を突っ込むに等しい行為だ。


「その件に関しましては誠に、誠に申し訳ありませんでした!!! 到底許されないとはわかっていますが、子爵閣下にはどうかご寛恕を願いたく……」


「…………ふふ」


 き、気持ちいい~~~~!!!

 性格が悪い? ごめんなさい。やられたらやり返さずにはいられない性分でして。

 私は優雅に扇子を閉じるとバロン次男に声をかける。


「どうぞお顔を上げてください。大丈夫、あなたのように私をお見合いでバカにした人たちはたくさんいましたの。その全員を私は許しました。……ある条件を飲んでさえいただければ」


 土下座していたバロン次男が救われたように顔を上げる。

 

「本当ですか!? ぜ、ぜひその条件をお教えください! なんでも、なんでもいたします!」


 貴族(ぼっ)ちゃんの「なんでも」ほど信用ならないものはないが、私は気にせず続ける。


「貴方をぜひ、我が辺境伯領にお招きしたいのです。貴方、たしかバロン家を追放されたとお伺いしましたよ。もし行く当てがないのでしたら、ぜひ我が家に寄る辺を見つけていただければと」


「おおおお! 願ってもないことです。喜んで!」


 ぱあっと光が差したような笑顔でバロン次男は何度も頷く。

 私は扇子で隠した口元に、悪い笑みを浮かべた。


 ◆


 一か月後。

 私は帝都から集めてきた貴族子弟たちに、屋敷の庭で剣の鍛錬をしていた。


「ほらほら、そんなことでどうするんです! 皆さん鍛え方がなっていませんわよ!」

「そ、そう言われましても……」

「い、イレイア閣下が強すぎます……」

「情けないですわねぇ」


 かるーく肩慣らしのつもりで私1対20の乱取り稽古をしてみたのだが、誰一人私から一本も取れず、地面に横たわって荒い息をしている。うーん、思ったよりダメダメだ。貴族の子弟だけあって最低限の素養はあるけど、まだまだ実戦には出せない。



「さあ! 何をのんびり休んでいるのです! 稽古試合が終わったらすぐに素振りと打ち込みよ!」

「こ、この後ですか!?」

「待ってください。まだ剣を握れる状態では……」

「あら? たしか皆様、どんなことでもすると仰っていませんでしたっけ? さあさっさと立ち上がる! 一番遅いものには屋敷周囲の走り込み追加ですよ!」

「「「ひいい~~~~!!」」」


 私の掛け声に合わせ、全員が必死に剣を振るう。


 私は爵位を継げない貴族の坊ちゃんたちを辺境領に連れ帰り私の部下として働いてもらうことにした。大半は領軍の騎士として。まったく戦うことのできない人には文官か領運営の各種ギルドで働いてもらっている。

 とはいえ、 みんな剣の練度は最低限で魔物と戦うこともできやしない。これではイチから鍛え直しだ。

 別に悪いとは思わない。むしろ鍛えがいがあって腕が鳴る。

 彼らの大半はもう実家にも帰れないものがほとんどなので、思ったより根性がある。今はダメダメでも、私のもとで鍛えていけば優秀な騎士になってくれるだろう。

 貴族の子弟は働く場所が見つかり、私は部下を得る。そしてみんなで領民のために汗を流す。これぞノブレス・オブリージュ。


 ◆


 数か月後、私は鍛えた貴族子弟たちを率いて砂漠で魔物狩りに出ていた。

 来た時よりはましになっていたものの、全員冒険者としては未熟もいいところだ。


「まったく、砂竜(サンドドラゴン)はおろかアイアンゴーレムも倒せないなんて……」


「む、無理ですイレイア閣下」

「鉄のように固いアイアンゴーレムを剣で斬るなんて、できません」


「なっっさけない。よーく見てなさい。アイアンゴーレムは……こうです!」


 私が剣を振ると、スパッとアイアンゴーレムが二つに割れる。貴族子弟たちはぽかんと口を開けてこっちを見ていた。


「まったく。アイアンゴーレムも倒せないなんて……。さあ早く立ちなさい! 屋敷まで駆け足です。帰ったらまた鍛錬ですよ!」


「ま、待ってくださいイレイア閣下。全員疲れて走るどころでは……」


「甘い! そんな体力では魔物にすぐ食べられてしまいます。さあ立ち上がって!」

「そんな……」

「一番遅れたものは屋敷で素振り千回追加にしますよ!」

「「ひいいい~~~~!!」」


 坊ちゃんたちが剣を杖代わりにして必死に立ち上がる。よしよし、みんな根性がついてきた。最初は不安だったけど、努力する精神だけは認めてあげたい。

 お見合いのときの仕返しができてスカッとしたし、鍛えがいのある若者が増えて助かるし、いやーいい拾いものをしたわ。


「さあ、みなさん速く追いついてきてください! 私本気の100分の一も出していませんよ!」

「はあ、はあ、ま、待ってくださいイレイア閣下~!」


 さあ、まだまだ領地を豊かにするわよ!


(おわり)

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