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短編シリーズ

おじいちゃん おばあちゃんになっても 一緒だよ

挿絵(By みてみん)


■■■■■■■■■■

『目次』

プロローグ:春の日の約束

第1章:幼き日の約束

第2章:秘密の嘘と心のひだ

第3章:心が覚えてた、君のぬくもり

第4章:君と描く未来、ふたりの歩幅で

第5章:何度生まれ変わっても

エピローグ:春風と小さな約束

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【プロローグ:春の日の約束】


春の陽だまりが差し込む、古びた木造の縁側。

庭の桜は、花びらをゆるやかに舞わせながら、今年もふたりの肩に静かに降り積もっていた。


「ひなた、お茶、ぬるくなっちゃったよ」


湯のみを手にした女性──つむぎは、白く柔らかな髪を揺らしながら微笑む。

その笑顔は、あの頃と何一つ変わっていない。いや、変わらずにいてくれた。

陽向ひなたは、かすかに目を細めて、彼女の隣に腰を下ろした。


「……紬。覚えてるか?」


「うん」


ふたりは、まるで口に出すより先に心が通じ合うように、そろって前を見つめた。


幼い頃、空き地の草の上で指切りした。

泥だらけの手で、お互いに「絶対だよ」と笑い合った。


「おじいちゃん、おばあちゃんになっても、一緒だよ」って。


その言葉は、子どもの他愛ない夢のようで。

だけど──

陽向も紬も、本気で信じていた。


時が流れ、大人になって、すれ違って、離れて、泣いて、それでもまた出会って──

そして今。

あの指切りは、ほんとうに叶っていた。


ふたりは静かに見つめ合う。

目尻のシワに、歳月が刻まれても、瞳の奥にはあの日のぬくもりが宿っている。


「おじいちゃん、おばあちゃんになっても──」


「……一緒だったね」


桜がまた、ふたりの肩にやさしく降りてきた。

あの約束は、もう、夢じゃない。



■■■■■■■■■■


第1章:おじいちゃん、おばあちゃんになっても、一緒だよ。

【Part 1:出会いの空と、秘密基地の約束】


「ひなちゃーん、ここここ!」


空き地の向こうから、風に乗って転がるような声が聞こえた。

小学校の帰り道。ランドセルを背負った陽向は、その声に反応して駆け出した。

声の主は、隣の家に住む幼なじみ、紬だった。


ふたりがよく遊ぶ空き地には、古びたブランコと錆びた鉄棒がある。

だけど、今日の目的地は、もう少し先──

木の根元をくぐった先にある“ふたりだけの秘密基地”。


手作りの旗、拾ってきた木の板で組んだベンチ、そして「立ち入り禁止」と書かれた謎の段ボール。

ここは、世界でいちばん大切な場所。


「じゃーん、見て見て!おばあちゃんからもらったクッキー、持ってきたよ!」


紬は、布の包みをパッと広げて、得意げに笑った。

ひまわりみたいなその笑顔を見て、陽向は小さく頷いた。


「クッキー食べながら、お茶会でもする?」


「ちがうよ、今日はね──大事なこと言おうと思ってたの」


紬は、クッキーの包みをベンチに置いて、陽向の正面に座る。

その瞳は、さっきまでの無邪気さとは少し違って、真剣だった。


「ねぇ、ひなちゃんは、大きくなってもあたしのこと、忘れない?」


「忘れないよ。だって毎日会ってるし」


「でもさ、大人になったら、別の人と結婚とかしちゃうかもしれないじゃん?」


「しないよ」


即答だった。


陽向は、真っ直ぐに言い切った。


「紬が一緒にいてくれるなら、他の人なんかいらない」


小さな沈黙。

紬の頬が、夕日に照らされてほんのり赤く染まる。


「……じゃあ、約束しよっか」


紬は、指を一本、陽向の前に差し出した。


「おじいちゃん、おばあちゃんになっても、一緒だよ──って」


その言葉に、陽向もすぐ指を出す。

ふたりの小指がからまり、指切りげんまんの歌を、ちょっと照れながら歌った。


「……ゆびきーりげんまん、うそついたら──」


「はりせんぼん、のーます!」


笑って、誓った。

まだ幼いふたりの、何気ない──でも、世界でいちばん純粋で強い約束。



【Part 2:別れ道と、こっそり書いた手紙】

「……ひなた、小学校卒業したら、引っ越すって本当?」


紬の声が、小さく震えていた。

風が吹く校舎の裏。誰もいない放課後、陽向はただうつむいていた。


「ごめん。急に決まったんだ。お父さんの仕事で……」


「やだ。行かないでよ」


紬は、ランドセルを握りしめて、下唇を噛んでいた。


「行かないでよ……だって、約束したじゃん。ずっと一緒って……」


陽向は何も言えなかった。

本当は、行きたくなかった。

ずっとこのまま、秘密基地でクッキー食べて笑ってたかった。


でも──


「……ぜったい、また会えるよ」


それだけが、やっと絞り出せた言葉だった。


その夜。

陽向は、家でこっそり手紙を書いた。便箋に、ふたりで描いた秘密基地の絵を添えて。


『ぼくは、ずっと紬のことが好きです。

 大人になっても、きっとまた会いにいく。

 だから、約束は消えないよ。』


手紙は、小学校の裏庭、いつもふたりで話した桜の木の下に、そっと埋めた。

きっと、いつか、またふたりでここに戻ってくる。

そう信じて──


■■■■■■■■■■


第2章:すれ違いの季節と、遠ざかる心

【Part 1:すれ違いのまま、高校最後の春】


高校3年の春。

風の匂いが少しずつ大人びてきた頃、陽向は地元の高校へ戻ってきた。

あの日、紬と別れた街へ。


引っ越し先ではずっと心が落ち着かず、何かを忘れているような、ずっと足りないような感覚だった。

それでも、日々は過ぎていく。

だけど、進路の都合で地元に戻れることになったとき──

最初に思い出したのは、あの小さな指切りだった。


教室の窓から見える桜並木。

どこかに紬がいるかもしれない。

そう思うだけで、心が少しだけ温かくなった。


そんなある日、偶然、紬と再会した。

駅前のコンビニ。制服姿の彼女は、すこし背が伸びて、髪も伸びて、大人っぽくなっていた。


「……ひなた?」


目が合った瞬間、時間が止まったような気がした。

陽向はゆっくり頷いた。


「ひさしぶり、紬」


「うん……」


ぎこちない間。

けれど、ふたりの間には確かに、あの約束の記憶が流れていた。


「地元の高校に編入してきたんだ。……また、同じ町にいられるかもって」


紬はうなずいた。でも──

その瞳は、どこか遠くを見ていた。


「……わたし、彼氏いるんだ」


胸の奥が、ズキリと痛んだ。


でも、陽向は何も言えなかった。

“また会える”と信じていた自分と、“時間を重ねた”紬との違い。

きっとその間に、無数の出来事があったんだ。


すれ違いの時間が、ふたりの距離をつくっていた。



【Part 2:知らなかった想い、見えなかった涙】


「ひなたくん、紬のこと……まだ好きなの?」


放課後の教室。窓際に座っていた陽向に、紬の友達・千春が声をかけてきた。


「……なんで、そんなこと聞くの?」


千春は少しだけ目を伏せて、机にそっと肘をついた。


「紬、“彼氏がいる”って言ってたけど……最近、ちょっと変なんだよね」


「変?」


「わたしには“何でもない”って言うけど……なんか無理してる感じっていうか。

 陽向くんに再会してから、ずっと──自分を押し込めてるような」


陽向は胸の奥がざわつくのを感じていた。


「でも……今は、紬なりに考えてることがあるんだと思う」


千春は、窓の外を見ながら、ぽつりと呟いた。


「彼氏のこと、考えてるみたいだった。だから……そっとしておいてあげて」


「……そう、なんだ」


そう言いながらも、陽向の心は何かを引っかけられたようにざわついていた。


そのとき──

千春がふと、陽向に背を向けて歩き出す。


その横顔には、ほんの少しだけ、悲しそうな色が浮かんでいた。

まるで“本当は、全部を言いたくて、でも言えなかった”みたいな表情だった。


陽向は、拳を握りしめた。

自分は、まだ何も知らない。でも、もう黙っていられなかった。


「……たとえ全部が分からなくても、今度こそ、ちゃんと向き合うよ」


夜風がカーテンを揺らす中、陽向の瞳はまっすぐに、強く前を見ていた。


■■■■■■■■■■


第3章:心が覚えてた、君のぬくもり

【Part 1:再会の記憶、揺れる気持ち】


雨が降り出す直前の空は、どこか切なげで、でもどこか期待を含んでいる。

陽向は、傘を持たずに放課後のグラウンドを歩いていた。


そのとき、目の前に現れたのは──紬だった。


「……びしょ濡れになっちゃうよ」


その声は、どこか懐かしくて、心の奥にまっすぐ響いた。

陽向が顔を上げると、紬は自分の傘を差し出していた。


「いいの?」


「……うん。ちょっとだけ、話せるかなって思って」


ふたりは、屋根のある図書室前のベンチへと移動した。

雨の音が静かに響く中、陽向は息を整えながら、口を開いた。


「紬……この前、“彼氏がいる”って言ったけど、嘘だよね」


紬の肩が、わずかに震えた。


「……なんで、そう思うの?」


「わからない。でも……君の目が、あのとき、泣きそうだったから」


しばらく沈黙が流れた。


そして紬は、ゆっくりと小さな声で答えた。


「……本当は、持病があるの。心臓に、生まれつきの病気があって……高校に入ってから悪化しちゃった」


陽向の心臓が、ドクンと大きく打った。


「陽向に再会したとき、本当は……すごくうれしかった。

 だけど、これからどうなるか分からない自分が、一番好きな人に迷惑をかけるのが怖くて……」


紬の声が震える。


「だから、“彼氏がいる”って言った。そしたら、陽向がまた傷つかなくてすむって……」


陽向は、その言葉を聞きながら、ゆっくりと手を伸ばした。

震える紬の手に、そっと触れる。


「……紬がどんな状態でも、俺は君と一緒にいたいよ」


「でも……!」


「“おじいちゃん、おばあちゃんになっても一緒”って、約束したでしょ?」


紬の瞳に、涙があふれた。


「……覚えてて、くれたんだ」


「忘れるわけないよ。あれは、俺の人生で一番大切な約束だから」


ふたりの手が、そっと重なり合う。

雨の音が、ふたりだけの世界を包んでいた。



【Part 2:心が覚えていた、指先の記憶】

病院の廊下。

数週間後、陽向はひとり、紬の手術の日を待っていた。


医師から「完治の可能性が高い」と告げられた時、心から安堵した。

けれど同時に、どこかで祈るような想いで待ち続けた。


時間が止まったように長く感じるなか──

手術室のランプが、赤から青に変わった。


「陽向くん……手術、成功したって」


そう伝えてきた千春の声は、どこか泣いているようだった。


陽向は、胸いっぱいに空気を吸い込んだ。

泣きたいほど、うれしかった。


数日後、ベッドの上で目を覚ました紬は、笑っていた。

少しだけ顔色は青ざめていたけど、あの頃と同じ、陽向だけに見せる笑顔だった。


「……言いたいことがあるの」


そう言って、紬は小さな指を、陽向の方へ差し出す。


「もう一度、約束しよう?──“おじいちゃん、おばあちゃんになっても、一緒だよ”」


陽向は、涙をこらえながら、小指を重ねた。


「……今度は、ぜったい、ずっと隣にいるから」


指切りげんまん。

この約束が、ふたりを再びひとつに結んだ。


■■■■■■■■■■


第4章:君と描く未来、ふたりの歩幅で

【Part 1:はじまりの春、ふたりの再出発】


季節は再び、春を迎えようとしていた。

病院を退院した紬は、陽向と並んで、桜並木を歩いていた。

ゆっくりと、でも確かに、一歩一歩。


「ほんとに、退院おめでとう」


「うん……ありがとう。待っててくれて」


陽向は、笑って首を振った。


「待ってたっていうより……一緒に春を迎えたかったからさ」


手術後の経過も順調で、医師からは「もう普通の生活に戻って大丈夫」と太鼓判を押された。


「でも……怖かったよ。手術も、未来も。

 また陽向に会えなくなるんじゃないかって」


「それは俺も同じだよ。

 ……でも、怖いって思えるのは、君と一緒にいたいからなんだよな」


紬は少しだけ照れたように笑って、小さくうなずいた。


ふたりの歩幅はまだ少しだけ違っていたけれど──

その心は、もう完全に並んでいた。



【Part 2:約束のその先へ】

放課後、ふたりは中学の裏庭に向かった。

あの桜の木の下。幼いころにタイムカプセルを埋めた場所。


「ここに戻ってくるの、何年ぶりだろう」


「6年ぶり、かな。……俺、実は掘り返したんだよ。ひとりで」


「えっ、ずるい」


「でも、紬が書いた手紙……入ってなかったんだよな」


紬は、くすっと笑って首をかしげた。


「だって……最後まで、書けなかったんだもん」


「え?」


「“陽向がいなくなるなんて嫌だ”って気持ちと、“また会えるって信じたい”って気持ちが、

 ぐちゃぐちゃになっちゃって……どうしても書けなかったの」


陽向はしばらく黙って、その場にしゃがみ込んだ。

そして、小さなシャベルで、もう一度地面を掘る。


すると、紙に包まれた小さなメモが出てきた。


──『未来の私へ』


中を開くと、そこにはたったひとことだけ、こう書かれていた。


「陽向とまた会えますように」


陽向は笑いながら、静かに涙をこぼした。


「……もう会えたよ。しかも、これからはずっと一緒だ」


紬も泣いていた。

でも、その涙は、誰かを想う強さが生んだ、やさしい光だった。


「おじいちゃん、おばあちゃんになっても、一緒だよ」

「うん。ずっと、ずっと一緒だよ」


春の光の中、ふたりの手はまた、しっかりと重なっていた。



■■■■■■■■■■


第5章:"一緒に"があたりまえになる日々

【Part 1:ふたり暮らし、はじまりの景色】


それから数年後。

陽向と紬は社会人になり、小さな街のマンションでふたり暮らしを始めていた。


朝は、どちらかがコーヒーをいれて。

夜は、並んでテレビを観ながら、じゃれ合うように笑い合う。


特別なことは何もない。

だけど、そんな“ふつう”が愛おしくて、胸がぎゅっとするような毎日だった。


ある日曜日の午後。

陽向は、ふと昔のアルバムを取り出した。


「……これ、中学の卒業式の写真だ」


「懐かしいねぇ。陽向、まだちょっと幼い顔してる」


「それ紬もだろ。ていうか、このときから可愛かったわ」


「うるさいなぁ、もう……」


紬は照れながらも笑って、隣にぴったりくっついた。


「……私、ね」


「うん?」


「“あの約束”、ほんとに叶えられそうな気がする」


「……ってか、もう叶ってるようなもんじゃない?」


「ふふっ、まだちょっと早いけどね」


そして紬は、そっと陽向の手を握った。



【Part 2:未来への、もうひとつの約束】

それから数十年後のある日…

春の陽だまりが差し込む、古びた木造の縁側。

庭の桜は、花びらをゆるやかに舞わせながら、今年もふたりの肩に静かに降り積もっていた。


「ひなた、お茶、ぬるくなっちゃったよ」


湯のみを手にした女性──つむぎは、白く柔らかな髪を揺らしながら微笑む。

その笑顔は、あの頃と何一つ変わっていない。いや、変わらずにいてくれた。

陽向ひなたは、かすかに目を細めて、彼女の隣に腰を下ろした。


「……紬。覚えてるか?」


「うん」


ふたりは、まるで口に出すより先に心が通じ合うように、そろって前を見つめた。


幼い頃、空き地の草の上で指切りした。

泥だらけの手で、お互いに「絶対だよ」と笑い合った。


「おじいちゃん、おばあちゃんになっても、一緒だよ」って。


その言葉は、子どもの他愛ない夢のようで。

だけど──

陽向も紬も、本気で信じていた。


時が流れ、大人になって、すれ違って、離れて、泣いて、それでもまた出会って──

そして今。

あの指切りは、ほんとうに叶っていた。


ふたりは静かに見つめ合う。

目尻のシワに、歳月が刻まれても、瞳の奥にはあの日のぬくもりが宿っている。


「おじいちゃん、おばあちゃんになっても──」


「……一緒だったね」


桜がまた、ふたりの肩にやさしく降りてきた。

あの約束は、もう、夢じゃない。


陽向は、優しく笑って、うなずいた。


「うん……あのときの約束、ちゃんと守れた」


「じゃあ──次の約束、しよっか」


紬はそっと手を差し出した。


「何度生まれ変わっても、ずっと一緒だよ」


陽向もその手を握り返す。


「うん。“何度生まれ変わっても、君がいい”」


ふたりの指が、静かに絡み合った。

春の風が、約束をそっと運んでいく。


■■■■■■■■■■


エピローグ【小さな約束】


風がやさしく吹く、ある春の日。

新しい小学校の入学式。


ふたつの小さなランドセルが、並んで歩いていた。


「ねぇねぇ、君の名前、なんていうの?」


「こむぎ、だよ。君は?」


「おれは……ようた!」


ふたりは目を見合わせて、ぱっと笑った。

その笑顔は、どこか懐かしくて、でも今は“はじめまして”の表情だった。



数日後。ふたりは、学校の裏山に小さな秘密基地を作った。

段ボールを重ねた簡単な基地。でもそこは、世界でいちばん大切な場所だった。


「ねぇ、ようた」


「ん?」


「ずっと一緒にいようね。……おじいちゃん、おばあちゃんになっても」


「うん!じゃあ、指きりしよ」


ふたりは小指を重ね、にこっと笑い合った。


「おじいちゃん、おばあちゃんになっても、一緒だよ!」



その言葉は、空の向こうに消えていく──けれど。

ほんの少しだけ、風の中で桜が揺れた気がした。


「ようた」「こむぎ」──

きみたちはまた、巡り逢えたんだね。


Fin.

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