おじいちゃん おばあちゃんになっても 一緒だよ
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『目次』
プロローグ:春の日の約束
第1章:幼き日の約束
第2章:秘密の嘘と心のひだ
第3章:心が覚えてた、君のぬくもり
第4章:君と描く未来、ふたりの歩幅で
第5章:何度生まれ変わっても
エピローグ:春風と小さな約束
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【プロローグ:春の日の約束】
春の陽だまりが差し込む、古びた木造の縁側。
庭の桜は、花びらをゆるやかに舞わせながら、今年もふたりの肩に静かに降り積もっていた。
「ひなた、お茶、ぬるくなっちゃったよ」
湯のみを手にした女性──紬は、白く柔らかな髪を揺らしながら微笑む。
その笑顔は、あの頃と何一つ変わっていない。いや、変わらずにいてくれた。
陽向は、かすかに目を細めて、彼女の隣に腰を下ろした。
「……紬。覚えてるか?」
「うん」
ふたりは、まるで口に出すより先に心が通じ合うように、そろって前を見つめた。
幼い頃、空き地の草の上で指切りした。
泥だらけの手で、お互いに「絶対だよ」と笑い合った。
「おじいちゃん、おばあちゃんになっても、一緒だよ」って。
その言葉は、子どもの他愛ない夢のようで。
だけど──
陽向も紬も、本気で信じていた。
時が流れ、大人になって、すれ違って、離れて、泣いて、それでもまた出会って──
そして今。
あの指切りは、ほんとうに叶っていた。
ふたりは静かに見つめ合う。
目尻のシワに、歳月が刻まれても、瞳の奥にはあの日のぬくもりが宿っている。
「おじいちゃん、おばあちゃんになっても──」
「……一緒だったね」
桜がまた、ふたりの肩にやさしく降りてきた。
あの約束は、もう、夢じゃない。
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第1章:おじいちゃん、おばあちゃんになっても、一緒だよ。
【Part 1:出会いの空と、秘密基地の約束】
「ひなちゃーん、ここここ!」
空き地の向こうから、風に乗って転がるような声が聞こえた。
小学校の帰り道。ランドセルを背負った陽向は、その声に反応して駆け出した。
声の主は、隣の家に住む幼なじみ、紬だった。
ふたりがよく遊ぶ空き地には、古びたブランコと錆びた鉄棒がある。
だけど、今日の目的地は、もう少し先──
木の根元をくぐった先にある“ふたりだけの秘密基地”。
手作りの旗、拾ってきた木の板で組んだベンチ、そして「立ち入り禁止」と書かれた謎の段ボール。
ここは、世界でいちばん大切な場所。
「じゃーん、見て見て!おばあちゃんからもらったクッキー、持ってきたよ!」
紬は、布の包みをパッと広げて、得意げに笑った。
ひまわりみたいなその笑顔を見て、陽向は小さく頷いた。
「クッキー食べながら、お茶会でもする?」
「ちがうよ、今日はね──大事なこと言おうと思ってたの」
紬は、クッキーの包みをベンチに置いて、陽向の正面に座る。
その瞳は、さっきまでの無邪気さとは少し違って、真剣だった。
「ねぇ、ひなちゃんは、大きくなってもあたしのこと、忘れない?」
「忘れないよ。だって毎日会ってるし」
「でもさ、大人になったら、別の人と結婚とかしちゃうかもしれないじゃん?」
「しないよ」
即答だった。
陽向は、真っ直ぐに言い切った。
「紬が一緒にいてくれるなら、他の人なんかいらない」
小さな沈黙。
紬の頬が、夕日に照らされてほんのり赤く染まる。
「……じゃあ、約束しよっか」
紬は、指を一本、陽向の前に差し出した。
「おじいちゃん、おばあちゃんになっても、一緒だよ──って」
その言葉に、陽向もすぐ指を出す。
ふたりの小指がからまり、指切りげんまんの歌を、ちょっと照れながら歌った。
「……ゆびきーりげんまん、うそついたら──」
「はりせんぼん、のーます!」
笑って、誓った。
まだ幼いふたりの、何気ない──でも、世界でいちばん純粋で強い約束。
【Part 2:別れ道と、こっそり書いた手紙】
「……ひなた、小学校卒業したら、引っ越すって本当?」
紬の声が、小さく震えていた。
風が吹く校舎の裏。誰もいない放課後、陽向はただうつむいていた。
「ごめん。急に決まったんだ。お父さんの仕事で……」
「やだ。行かないでよ」
紬は、ランドセルを握りしめて、下唇を噛んでいた。
「行かないでよ……だって、約束したじゃん。ずっと一緒って……」
陽向は何も言えなかった。
本当は、行きたくなかった。
ずっとこのまま、秘密基地でクッキー食べて笑ってたかった。
でも──
「……ぜったい、また会えるよ」
それだけが、やっと絞り出せた言葉だった。
その夜。
陽向は、家でこっそり手紙を書いた。便箋に、ふたりで描いた秘密基地の絵を添えて。
『ぼくは、ずっと紬のことが好きです。
大人になっても、きっとまた会いにいく。
だから、約束は消えないよ。』
手紙は、小学校の裏庭、いつもふたりで話した桜の木の下に、そっと埋めた。
きっと、いつか、またふたりでここに戻ってくる。
そう信じて──
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第2章:すれ違いの季節と、遠ざかる心
【Part 1:すれ違いのまま、高校最後の春】
高校3年の春。
風の匂いが少しずつ大人びてきた頃、陽向は地元の高校へ戻ってきた。
あの日、紬と別れた街へ。
引っ越し先ではずっと心が落ち着かず、何かを忘れているような、ずっと足りないような感覚だった。
それでも、日々は過ぎていく。
だけど、進路の都合で地元に戻れることになったとき──
最初に思い出したのは、あの小さな指切りだった。
教室の窓から見える桜並木。
どこかに紬がいるかもしれない。
そう思うだけで、心が少しだけ温かくなった。
そんなある日、偶然、紬と再会した。
駅前のコンビニ。制服姿の彼女は、すこし背が伸びて、髪も伸びて、大人っぽくなっていた。
「……ひなた?」
目が合った瞬間、時間が止まったような気がした。
陽向はゆっくり頷いた。
「ひさしぶり、紬」
「うん……」
ぎこちない間。
けれど、ふたりの間には確かに、あの約束の記憶が流れていた。
「地元の高校に編入してきたんだ。……また、同じ町にいられるかもって」
紬はうなずいた。でも──
その瞳は、どこか遠くを見ていた。
「……わたし、彼氏いるんだ」
胸の奥が、ズキリと痛んだ。
でも、陽向は何も言えなかった。
“また会える”と信じていた自分と、“時間を重ねた”紬との違い。
きっとその間に、無数の出来事があったんだ。
すれ違いの時間が、ふたりの距離をつくっていた。
【Part 2:知らなかった想い、見えなかった涙】
「ひなたくん、紬のこと……まだ好きなの?」
放課後の教室。窓際に座っていた陽向に、紬の友達・千春が声をかけてきた。
「……なんで、そんなこと聞くの?」
千春は少しだけ目を伏せて、机にそっと肘をついた。
「紬、“彼氏がいる”って言ってたけど……最近、ちょっと変なんだよね」
「変?」
「わたしには“何でもない”って言うけど……なんか無理してる感じっていうか。
陽向くんに再会してから、ずっと──自分を押し込めてるような」
陽向は胸の奥がざわつくのを感じていた。
「でも……今は、紬なりに考えてることがあるんだと思う」
千春は、窓の外を見ながら、ぽつりと呟いた。
「彼氏のこと、考えてるみたいだった。だから……そっとしておいてあげて」
「……そう、なんだ」
そう言いながらも、陽向の心は何かを引っかけられたようにざわついていた。
そのとき──
千春がふと、陽向に背を向けて歩き出す。
その横顔には、ほんの少しだけ、悲しそうな色が浮かんでいた。
まるで“本当は、全部を言いたくて、でも言えなかった”みたいな表情だった。
陽向は、拳を握りしめた。
自分は、まだ何も知らない。でも、もう黙っていられなかった。
「……たとえ全部が分からなくても、今度こそ、ちゃんと向き合うよ」
夜風がカーテンを揺らす中、陽向の瞳はまっすぐに、強く前を見ていた。
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第3章:心が覚えてた、君のぬくもり
【Part 1:再会の記憶、揺れる気持ち】
雨が降り出す直前の空は、どこか切なげで、でもどこか期待を含んでいる。
陽向は、傘を持たずに放課後のグラウンドを歩いていた。
そのとき、目の前に現れたのは──紬だった。
「……びしょ濡れになっちゃうよ」
その声は、どこか懐かしくて、心の奥にまっすぐ響いた。
陽向が顔を上げると、紬は自分の傘を差し出していた。
「いいの?」
「……うん。ちょっとだけ、話せるかなって思って」
ふたりは、屋根のある図書室前のベンチへと移動した。
雨の音が静かに響く中、陽向は息を整えながら、口を開いた。
「紬……この前、“彼氏がいる”って言ったけど、嘘だよね」
紬の肩が、わずかに震えた。
「……なんで、そう思うの?」
「わからない。でも……君の目が、あのとき、泣きそうだったから」
しばらく沈黙が流れた。
そして紬は、ゆっくりと小さな声で答えた。
「……本当は、持病があるの。心臓に、生まれつきの病気があって……高校に入ってから悪化しちゃった」
陽向の心臓が、ドクンと大きく打った。
「陽向に再会したとき、本当は……すごくうれしかった。
だけど、これからどうなるか分からない自分が、一番好きな人に迷惑をかけるのが怖くて……」
紬の声が震える。
「だから、“彼氏がいる”って言った。そしたら、陽向がまた傷つかなくてすむって……」
陽向は、その言葉を聞きながら、ゆっくりと手を伸ばした。
震える紬の手に、そっと触れる。
「……紬がどんな状態でも、俺は君と一緒にいたいよ」
「でも……!」
「“おじいちゃん、おばあちゃんになっても一緒”って、約束したでしょ?」
紬の瞳に、涙があふれた。
「……覚えてて、くれたんだ」
「忘れるわけないよ。あれは、俺の人生で一番大切な約束だから」
ふたりの手が、そっと重なり合う。
雨の音が、ふたりだけの世界を包んでいた。
【Part 2:心が覚えていた、指先の記憶】
病院の廊下。
数週間後、陽向はひとり、紬の手術の日を待っていた。
医師から「完治の可能性が高い」と告げられた時、心から安堵した。
けれど同時に、どこかで祈るような想いで待ち続けた。
時間が止まったように長く感じるなか──
手術室のランプが、赤から青に変わった。
「陽向くん……手術、成功したって」
そう伝えてきた千春の声は、どこか泣いているようだった。
陽向は、胸いっぱいに空気を吸い込んだ。
泣きたいほど、うれしかった。
数日後、ベッドの上で目を覚ました紬は、笑っていた。
少しだけ顔色は青ざめていたけど、あの頃と同じ、陽向だけに見せる笑顔だった。
「……言いたいことがあるの」
そう言って、紬は小さな指を、陽向の方へ差し出す。
「もう一度、約束しよう?──“おじいちゃん、おばあちゃんになっても、一緒だよ”」
陽向は、涙をこらえながら、小指を重ねた。
「……今度は、ぜったい、ずっと隣にいるから」
指切りげんまん。
この約束が、ふたりを再びひとつに結んだ。
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第4章:君と描く未来、ふたりの歩幅で
【Part 1:はじまりの春、ふたりの再出発】
季節は再び、春を迎えようとしていた。
病院を退院した紬は、陽向と並んで、桜並木を歩いていた。
ゆっくりと、でも確かに、一歩一歩。
「ほんとに、退院おめでとう」
「うん……ありがとう。待っててくれて」
陽向は、笑って首を振った。
「待ってたっていうより……一緒に春を迎えたかったからさ」
手術後の経過も順調で、医師からは「もう普通の生活に戻って大丈夫」と太鼓判を押された。
「でも……怖かったよ。手術も、未来も。
また陽向に会えなくなるんじゃないかって」
「それは俺も同じだよ。
……でも、怖いって思えるのは、君と一緒にいたいからなんだよな」
紬は少しだけ照れたように笑って、小さくうなずいた。
ふたりの歩幅はまだ少しだけ違っていたけれど──
その心は、もう完全に並んでいた。
【Part 2:約束のその先へ】
放課後、ふたりは中学の裏庭に向かった。
あの桜の木の下。幼いころにタイムカプセルを埋めた場所。
「ここに戻ってくるの、何年ぶりだろう」
「6年ぶり、かな。……俺、実は掘り返したんだよ。ひとりで」
「えっ、ずるい」
「でも、紬が書いた手紙……入ってなかったんだよな」
紬は、くすっと笑って首をかしげた。
「だって……最後まで、書けなかったんだもん」
「え?」
「“陽向がいなくなるなんて嫌だ”って気持ちと、“また会えるって信じたい”って気持ちが、
ぐちゃぐちゃになっちゃって……どうしても書けなかったの」
陽向はしばらく黙って、その場にしゃがみ込んだ。
そして、小さなシャベルで、もう一度地面を掘る。
すると、紙に包まれた小さなメモが出てきた。
──『未来の私へ』
中を開くと、そこにはたったひとことだけ、こう書かれていた。
「陽向とまた会えますように」
陽向は笑いながら、静かに涙をこぼした。
「……もう会えたよ。しかも、これからはずっと一緒だ」
紬も泣いていた。
でも、その涙は、誰かを想う強さが生んだ、やさしい光だった。
「おじいちゃん、おばあちゃんになっても、一緒だよ」
「うん。ずっと、ずっと一緒だよ」
春の光の中、ふたりの手はまた、しっかりと重なっていた。
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第5章:"一緒に"があたりまえになる日々
【Part 1:ふたり暮らし、はじまりの景色】
それから数年後。
陽向と紬は社会人になり、小さな街のマンションでふたり暮らしを始めていた。
朝は、どちらかがコーヒーをいれて。
夜は、並んでテレビを観ながら、じゃれ合うように笑い合う。
特別なことは何もない。
だけど、そんな“ふつう”が愛おしくて、胸がぎゅっとするような毎日だった。
ある日曜日の午後。
陽向は、ふと昔のアルバムを取り出した。
「……これ、中学の卒業式の写真だ」
「懐かしいねぇ。陽向、まだちょっと幼い顔してる」
「それ紬もだろ。ていうか、このときから可愛かったわ」
「うるさいなぁ、もう……」
紬は照れながらも笑って、隣にぴったりくっついた。
「……私、ね」
「うん?」
「“あの約束”、ほんとに叶えられそうな気がする」
「……ってか、もう叶ってるようなもんじゃない?」
「ふふっ、まだちょっと早いけどね」
そして紬は、そっと陽向の手を握った。
【Part 2:未来への、もうひとつの約束】
それから数十年後のある日…
春の陽だまりが差し込む、古びた木造の縁側。
庭の桜は、花びらをゆるやかに舞わせながら、今年もふたりの肩に静かに降り積もっていた。
「ひなた、お茶、ぬるくなっちゃったよ」
湯のみを手にした女性──紬は、白く柔らかな髪を揺らしながら微笑む。
その笑顔は、あの頃と何一つ変わっていない。いや、変わらずにいてくれた。
陽向は、かすかに目を細めて、彼女の隣に腰を下ろした。
「……紬。覚えてるか?」
「うん」
ふたりは、まるで口に出すより先に心が通じ合うように、そろって前を見つめた。
幼い頃、空き地の草の上で指切りした。
泥だらけの手で、お互いに「絶対だよ」と笑い合った。
「おじいちゃん、おばあちゃんになっても、一緒だよ」って。
その言葉は、子どもの他愛ない夢のようで。
だけど──
陽向も紬も、本気で信じていた。
時が流れ、大人になって、すれ違って、離れて、泣いて、それでもまた出会って──
そして今。
あの指切りは、ほんとうに叶っていた。
ふたりは静かに見つめ合う。
目尻のシワに、歳月が刻まれても、瞳の奥にはあの日のぬくもりが宿っている。
「おじいちゃん、おばあちゃんになっても──」
「……一緒だったね」
桜がまた、ふたりの肩にやさしく降りてきた。
あの約束は、もう、夢じゃない。
陽向は、優しく笑って、うなずいた。
「うん……あのときの約束、ちゃんと守れた」
「じゃあ──次の約束、しよっか」
紬はそっと手を差し出した。
「何度生まれ変わっても、ずっと一緒だよ」
陽向もその手を握り返す。
「うん。“何度生まれ変わっても、君がいい”」
ふたりの指が、静かに絡み合った。
春の風が、約束をそっと運んでいく。
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エピローグ【小さな約束】
風がやさしく吹く、ある春の日。
新しい小学校の入学式。
ふたつの小さなランドセルが、並んで歩いていた。
「ねぇねぇ、君の名前、なんていうの?」
「こむぎ、だよ。君は?」
「おれは……ようた!」
ふたりは目を見合わせて、ぱっと笑った。
その笑顔は、どこか懐かしくて、でも今は“はじめまして”の表情だった。
—
数日後。ふたりは、学校の裏山に小さな秘密基地を作った。
段ボールを重ねた簡単な基地。でもそこは、世界でいちばん大切な場所だった。
「ねぇ、ようた」
「ん?」
「ずっと一緒にいようね。……おじいちゃん、おばあちゃんになっても」
「うん!じゃあ、指きりしよ」
ふたりは小指を重ね、にこっと笑い合った。
「おじいちゃん、おばあちゃんになっても、一緒だよ!」
—
その言葉は、空の向こうに消えていく──けれど。
ほんの少しだけ、風の中で桜が揺れた気がした。
「ようた」「こむぎ」──
きみたちはまた、巡り逢えたんだね。
Fin.




