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ジェマはジャスパーとジェット、アトラスとリゲルと三人のボアレット支部の騎士、シヴァリーたちファスフォリア支部の16人の騎士たちはボアレットの中心部にある湖に辿り着いた。湧き水が絶えず溢れるこの場所からボアレット中に水が供給されている。
「ジェマ、依頼を受けてくれてありがとう」
「いえ。無理を言ってごめんなさい」
「いや。討伐や処理までお願いするんだ。妥当な報酬を得て当然だ。道具師ギルドも大変な状態だからあのような依頼を出しているのだと思ったが、そうではないと分かればこちらも相応の対応はさせてもらう。ジェマはこの街を助けてくれているわけだからな」
アトラスは真面目な顔で言う。ジェマはアトラスから、というより、騎士団からの依頼を受けてこの湖にやってきた。依頼内容は道具師ギルドからの依頼と変わらないが、報酬としてオアシスバトイデアの素材を3分の1と、討伐及び処理数に応じた報奨金を得ることができることになった。
アトラスの生真面目さに助けられた。リゲルは騎士団からわざわざ報奨金を出すことに不服そうな顔をしているが、アトラスに提言することはしない。ただジェマの腕を疑って睨みつけて入るけれど。
湖は黒い影が水面をうねらせていた。つるつるとした身体が水面に浮かび上がる度に黒い波が揺れているように見えるほど、黒い生き物が狭い湖にひしめき合っていた。
「ジェマ、あれが?」
「はい、オアシスバトイデアです。予想以上の大量発生ですね。尾には毒針がついていますから、刺されないように気を付けてください」
シヴァリーはジェマの答えにゴクリと唾を飲んだ。ナンとカポックは湖とその周辺を探索して戻ってきた。
「周囲に人影はない。戦闘になっても一般人の怪我人は出ないだろう」
「そうか。ありがとう」
ナンの報告にシヴァリーがアトラスと視線を交わした。この場で指揮権を持つのはアトラスだ。ジェマもアトラスの指示を待つ。
「ジェマ、どれくらいなら切っても大丈夫だ?」
「可能な限り傷がない方が望ましいです。魔法を中心に、剣で援護するような形にはできますか?」
ジェマの提案にアトラスは片眉を持ち上げた。騎士たちは魔法を主力とすると言うと、大抵こんな反応だ。ただし、シヴァリーたちファスフォリア支部の騎士たちはジェマの言葉にすぐに一歩引いたけれど。
「魔法を使える騎士はどれくらいいる?」
アトラスの質問に、誰も手を挙げない。リゲルは嘲笑うようにジェマを見た。
「魔法が使える者はいないようですが? 貴方の契約精霊と契約魔獣だけで戦えると?」
リゲルの言葉にファスフォリア支部の騎士たちはピリッと空気を張り詰めさせた。その様子にリゲルは吐き捨てるように笑った。
「……それでも良いかもしれませんね」
ジェマはリゲルの挑発的な物言いにも営業用の笑顔を見せた。リゲルが一瞬呆気に取られて、すぐにふんっと湖に向き直る。
「できるならやってみてください?」
「ええ。私も参戦しますが、よろしいですか?」
「ふっ、たかが道具師風情が1人戦闘に加わるくらいで何が変わるというのですか。お好きにどうぞ?」
リゲルが言うと、ジェマは微笑んでシヴァリーを見た。シヴァリーはその微笑みに苦々しく笑いながら頷いた。
「ジェマの身の安全の保障は王子からの勅命だ。私たちにはジェマを守る義務がある。万が一にもジェマの身に危険が迫れば、俺たちが防御する。良いな?」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
ジェマはシヴァリーの言葉に素直に頷いて湖に身体を向けた。ジャスパーはジェマの肩から飛び上って蹄を湖に向ける。入れ替わるようにジェットがジェマの肩に飛び乗ると、ジェマは【マジックペンダント】と【マジックリング】を構えた。
「ジャスパーは湖から水路の方にオアシスバトイデアが行かないように土壁で塞いで。ジェットは土壁に糸を混ぜて。それが終わったら私が風と水で攻撃するから、ジャスパーは土壁の維持、ジェットは援護をお願い。なるべく傷を付けないようにね」
「分かった」
「ピッ!」
ジャスパーは返事をするとすぐに蹄に魔力を集中させ始めた。その間にジェットが水路に向かって糸を吐いた。
「アースウォール!」
ジャスパーの呪文と共に水路がせき止められる。土壁には無数のジェットの糸が含まれている。ジェットの糸が触れた土を削ることで土壁に小さな穴が開いた。オアシスバトイデアや他の魔物、動物は通れないけれど、水だけが通る穴。これで街中の断水は避けられた。
異常事態に気が付いたオアシスバトイデアたちがうねりを増す。オアシスバトイデアの戦意がジェマたちの方に向く前にジェマは【マジックペンダント】と【マジックリング】に魔力を込めた。
「風よ、我が呼びかけに応え、具現化せよ。水よ、我が呼びかけに応え、具現化せよ」
ジェマが2つの魔石付与魔道具に魔力を込める姿に、リゲルの目が見開かれた。その間に形成された無数のウインドシールドとウォーターボール。ジェマが手を振り下ろすと、それらがオアシスバトイデアに狙いを定めて一気に飛んでいった。