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ボアレット支部の騎士たちと共に微妙な空気の中での食事を終えると、ジェマは用意された部屋に戻った。そして椅子に座ると再び【次元袋】を漁った。
「んー、良い素材がない……」
ジェマがぼやくと、ジャスパーが机にふわふわと着地した。そして一緒になって【次元袋】を覗き込む。
「何が欲しいんだ?」
「頑丈な糸か、革が欲しいの。作業用の手袋が作りたくて。硬さと伸縮性が兼ね備えられている素材が欲しいの」
「【アラクネ種の糸】では駄目なのか?」
「ピッ!」
ジャスパーの言葉にジェットが自信満々に脚を上げる。ジェマは癒されたように微笑んでジェットのふわふわと産毛が生えた頭を撫でた。
「災害の後片づけに使いたいから、【アラクネ種の糸】だと切れてしまうから」
「ピィ……」
ジェットがしゅんと落ち込むと、ジャスパーはジェットの背中をポンポンと蹄で叩いた。
「ジェマは何の素材が欲しいんだ?」
「うーん……硬さを求めるなら、硬い素材を細くして編み込むのが一般的なんだけど……」
「硬い素材か……」
ジェットは【次元袋】を覗き込むけれど、【アラクネ種の糸】以上に強い素材は見つけられなかった。
「確かに、ないな」
「うん。だからね……この土地特有の素材を使おうと思って」
「特有の素材?」
「うん。硬さと伸縮性を備えていて、さらに水にも強い。このボアレットのオアシスに生息しているオアシスバトイデアっていうバトイデアの仲間の皮が欲しいの」
ジェマの言葉に、ジャスパーは【次元袋】から素材について書き留められた図鑑を取り出す。それをパラパラと捲ると、確かにそこにはオアシスバトイデアの記載があった。ジェマの言う通り、硬さと伸縮性、耐水性に長けている。さらに尾の針は正しく扱えば毒針として活用できる。
「しかし……このオアシスバトイデアはこの土地固有の生物であるために権利がなければ捕獲はできないぞ?」
「そうなんだよね……でも、今は災害の直後だよ? 可能性はある」
「どういうことだ?」
ジェマの何やら自信ありげな様子にジャスパーが首を傾げた瞬間、騎士団詰め所がバタバタと騒がしくなった。隣の部屋から誰かが走って行く音が聞こえて、しばらく。ジェマの部屋のカーテンの外に大柄の男の影が揺らいだ。
「ジェマ。良いか?」
「はい、アトラスさん」
ジェマが返事をすると、カーテンを開けてアトラスが入ってきた。その表情は深刻さを物語っている。そしてアトラスの背後に立っていたシヴァリーとリゲルが入ってきた。リゲルの表情は不満気だ。
「ジェマに特別依頼だ。さっき道具師ギルドの方にも話を通してもらったから、正式な依頼だ」
シヴァリーがジェマに依頼書を手渡す。そこには素材の討伐、採取、解体、提供を依頼する内容が書かれていた。対象となる素材はオアシスバトイデア。ジェマはニンマリと笑った。
「おい、ジェマ。これを予見していたのか?」
依頼書を覗き込んだジャスパーは頬を引き攣らせた。ナイスタイミング、なんて言葉で片付けて良いのか分からないほどタイミングが良すぎる。ジェマはニッと笑ってみせた。
「確実にこうなるとは思っていなかったけど、地震の後だからね。可能性はあると思っていたの。地震に伴う魔物や動物の大量発生は根拠はないけれど統計的には発生する確率が高いとは思っていたよ。ちょうどオアシスバトイデアが動いてくれるとは思わなかったけど」
ジェマはじっくりと依頼書を読む。そして報酬の欄を見ると眉間に皺を寄せた。
「……受けません」
「え?」
シヴァリーはジェマの言葉に耳を疑った。ジェマならば珍しい素材の採取に目を輝かせないわけがないと思っていたからだ。
「ど、どうしてだ?」
「これ。討伐や採取をしたところで、オアシスバトイデアの素材を貰えない。報奨金も危険度に見合わない。こんな依頼を受ける道具師なんて、ただの馬鹿」
ジェマらしくない厳しい物言い。けれど、道具師として、店舗経営者として必要な目や考え方はスレートからしっかり教わってきた。優しすぎて無茶な依頼も受けてしまいがちな親子だけれど、相手がギルドであるならば話は別だ。
ギルドからの無茶な依頼を受け続ければ、ギルドや他の道具師から舐められる。それは道具師としての威信も店舗への信頼も失うことに繋がってしまう。ギルドは道具師たちの味方だが、時に道具師たちを組織の目的のために道具師たちを使い潰すこともある。
道具師たちは常にギルドに寄りかかることはできない。状況を見て敵か味方か判断しなければならない。
「だがしかし……この依頼をこなせる道具師が他にいないんだ。この街のために、頼む」
アトラスが頭を下げると、リゲルは目を見開いた。そしてジェマを睨みつける。
「ガキが粋がるな。アトラスが頭を下げているのに、お前はっ!」
リゲルがいつもの爽やかさを忘れて叫ぶと、ジェマは真っ直ぐにリゲルを見据えて微笑んだ。
「何もしないとは言ってませんよ。私は条件さえ良ければやります。アトラスさん、お願いできますか?」
ジェマが二ッと笑ってアトラスを見つめると、アトラスはたじろいだ。しかしすぐに意味を理解すると、深く頷いた。