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ジェマが見た紙には、噴水の絵が描かれていた。5柱の大精霊の彫刻があしらわれた荘厳な造り。ジェマはその絵にほうっとため息を吐いた。アトラスはその音に顔を上げて、ジェマの視線を追った。
「それはこの街のシンボルだったものだ」
「シンボルだった……それはつまり、今回の災害で崩壊した、ということで良いんでしょうか?」
「ああ。全てが崩壊した。噴水装置も、彫刻も。全てだ」
アトラスは悔しさを滲ませながら言葉を紡ぐ。
「精霊は我々を守ってくれるものだと信じている。日々信仰してきた。それなのに、どうして我々にこんな風に牙を剥くんだ? 我々が何をしたというんだ?」
アトラスの体格からは想像しづらい弱々しい声に、ジェマは不安げに瞳を揺らした。ジェマは事の顛末を理解していた。けれどそれをアトラスに説明するべきか悩んだ。
災害が精霊の怒りではなく隣国との戦争が原因だったと分かれば新たな戦争の種になるかもしれない。ジャスパーが太古の精霊だと分かって、この国の人たちがジャスパーを傷つけるかもしれない。連れ去ってしまうかもしれない。
「分からないですけど、精霊は、人々を害そうとすることはないと思います」
ジェマの言葉にアトラスの眉間に皺が寄る。その圧の強さにジェマは内心ビクッとしたけれど、ぐっと堪えて営業スマイルを浮かべる。
「精霊は人間に関係なく、宿主を守るものです。私の契約精霊は、自らの身を挺してでも守ろうとしました。災害は宿主である地面が傷つくことになりますから、精霊が望んで破壊することはあり得ません」
「では何故だ! 何故こんな大規模な災害が起こったんだ!」
バンッと激しく机を叩いたアトラスはその勢いのままに立ち上がるとジェマを鋭く睨みつける。そのグレーの瞳には力強く荒々しい炎が燃え滾っていた。ジェマはその熱さにグッと胸を掴まれるような気がした。けれど懸命に言葉を止める。ゆっくりと深呼吸をすると、冷静にアトラスを見据えた。
「今考えるべきは、何故災害が起きたかではなく街の人々のために何ができるかではありませんか?」
「……分かっている。しかし、災害の原因の究明も我々騎士団の任務だ」
「そうですね。しかし、もしも本当に精霊の機嫌を損ねたことで今回の地震が発生していたとしたら、今のように精霊を粗末に扱うことが解決策になるとお思いですか?」
ジェマの言葉にアトラスの顔が歪んだ。怒りと憎しみを凝縮したような表情だ。
「我々は仲間や家族を奪われたんだぞ? それでも精霊を大切にしろと言うのか!」
アトラスの声に空気が激しく震える。その衝撃の大きさにジェマも身を震わせた。けれど真っ直ぐにアトラスを見つめた。
「また同じ規模の地震が発生して、同じように仲間や家族を失うかもしれなくてもですか?」
ジェマは睨みつける勢いでアトラスに視線を固定する。決して引かない。ジェマにとって精霊は、守ってくれる存在で、守るべき存在だから。
アトラスはジェマの瞳に狼狽した。相手は小さく、まだ成人したてで幼さが残っている。アトラスとジェマは2回りも年が離れている。それでもジェマの力強い眼差しに息を飲んだ。
「……同じ悲劇を繰り返さないため。そのための行動であるということに変わりはないな」
アトラスは答えを求めるようにジェマを見つめる。ジェマはその瞳に大きく頷き返した。
「私はこの街の復興のために尽力しようと思います。微力ですが」
「……いや、助かる。ご要人……いや、ジェマ、君の技量は分からないが、きっと良いものを生み出す道具師であろうからな」
アトラスはそう言うと小さく口角を持ち上げた。不器用な笑みだが、優しさが滲み出ているようだった。
「私は仕事に向かう。君は朝まで休むと良い。食事は食堂に行けばもらえるはずだ」
「分かりました。ありがとうございます」
ジェマはアトラスの部屋を出てシヴァリーたちの元に向かうと、アトラスとの会話について説明した。話を聞いたシヴァリーとハナナ、ナンは苦笑いを浮かべるしかなかった。
「ジェマさん、あのアトラスと言い合うとは……只者ではないと思っていましたけど、想像以上でした」
ナンの言葉にジェマが首を傾げると、ハナナがそっとジェマの肩に手を置いた。
「彼はとても真面目な騎士なんです。任されたこの街のことを何よりも大切にしていて、この街を害するものは全て排除しようとするほどです。仲間と認めた者以外には心を許さず、客人の相手もほとんど副団長のリゲルに任せて顔を合わせることは滅多にありません」
「アトラスのリゲルへの信頼は厚いからな。それにしても、コミュニケーション能力のなさと固執した考え方になっているところは気になるな。街のことばかり考えているようで、盲点が多すぎる」
シヴァリーがため息を吐く。ジェマもアトラスと話してみてそれを感じていた。この街にかける熱意は本物だ。けれどそれが本当に街のためになる行動に繋がっているかは別問題だ。
「とりあえず、ご飯に行きましょうか。俺たちも明日からは街の復興の支援に人手を回しましょう」
「ああ、そうだな。よし、行くぞ」
ナンの提案にシヴァリーが頷いて、他の騎士たちにも声を掛ける。ジェマもジャスパーとジェットを呼んで、騎士たちと共に食堂へ向かった。