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しかし、道具師ギルドボアレット支部に向かおうとした瞬間、後ろから引き留められた。引き留めたのは他でもないアトラスだった。
「ご要人、今は道具師ギルドには行かない方が良い」
「え、どうしてですか?」
ジェマが不安げに聞き返すと、ジェマの両サイドに守るようにシヴァリーとハナナが立った。その警戒態勢にアトラスはピクリと眉を動かしたが、ただジッとジェマを見据えた。
「道具師ギルドは今少々荒れているんだ。最近この辺りは干ばつが酷くて、素材回収が上手くいっていないらしい。そのせいでこの辺りの道具師たちの作成する道具の質が悪いと悪評が回って、他の街からの商人の買い付けの手が遠退いているんだ」
「なるほど……流通が停止してギルドの資金繰りも悪化していると?」
「……そういうことだ」
「ふふ、幼い見た目でもしっかり店主さんですね」
リゲルがにこやかに笑うと、ジェマは微笑んでペコリと頭を下げた。警戒心を解かないジェマにリゲルは顔色1つ変えずに聞こえないような音で舌打ちをした。
「ご要人、先に騎士団詰め所に行くと良い」
「ジェマ、宿屋でなくても良い?」
「私は道具の作成ができればどこでも大丈夫です」
「それなら詰め所で良いだろう。うちの街の騎士団でも似たような設備を備えている」
アトラスの言葉にシヴァリーが興味深そうに目を見開いた。けれどアトラスはそれ以上言葉を紡ぐことはなかった。それに肩を竦めたリゲルが言葉を繋ぐ。
「ボアレットの街では階級だけではなくて職業も専業性に欠けるんです。騎士団でもアイデアを出して注文をしたり、簡単なものであれば自力で直すこともありますから」
どんどん歩いていくアトラスについていきながら、リゲルの街紹介を聞く。そうしているうちに、騎士団詰め所に到着した。
「騎士団の詰め所もレンガ造りなんですね」
「降水量が少ないからね。オレゴスの街よりも砂っぽいだろう?」
「そうですね。この砂地の建物……この地だからこそという感じがしてとてもワクワクします」
ジェマはリゲルへの警戒心をすっかり忘れて目の前の珍しい建物に夢中になる。ジャスパーやシヴァリーはそんな姿に苦笑いを浮かべる。ジェマらしい好奇心旺盛な姿に呆れながらも安心する。
「リゲル。部屋へ案内してやれ」
「はい。それでは皆さん、こちらへどうぞ」
アトラスはどこかへ消え、リゲルが先導する。すれ違う騎士たちはナンに挨拶をしつつ、見慣れぬ騎士とジェマを興味深そうに見る。ジェマは肩を竦めて小さくなりたい気持ちを堪えて堂々と歩いた。
「第8小隊の皆さんはこちらの大部屋を。ジェマさんはご要人ですし、こちらの部屋をどうぞ」
ジェマは第8小隊の面々が通された部屋の隣の小部屋に案内された。無駄のないさっぱりした部屋。内装も土づくりだ。ジェマはそれを興味津々に見つめると、ペタペタと触って質感を楽しむ。
気になることと言えば入口が鉄格子に布をかけられただけなこと。第8小隊の面々の大部屋の入口は木戸であることから、普通ではないことは分かる。ジェマはそれを見てみぬふりをしたけれど、ジャスパーは眉間に皺を寄せた。
「どうしましたか? 精霊さん?」
「何でもないさ。ああ、我とジェット用の布団の用意も頼むぞ」
「かしこまりました」
ジャスパーがいつもよりも横柄な態度を取ることにジェマは驚いたけれど、何も言わない。ジャスパーの行動には1つ1つ意味がある。ジェマはそれを理解していた。
「では、ご用意ができ次第お持ちしますね」
そう言ってリゲルは立ち去った。ジャスパーはリゲルがいなくなると、シヴァリーの肩に飛び乗った。
「シヴァリー、この部屋は元々牢獄だな?」
「はい、そのようです。恐らく移動中の騎士団がボアレットの周辺で捉えた罪人を隣室で監視するためのものかと」
「ふんっ、何が要人だ。あの男たち、信用ならん」
ジャスパーが憤ると、シヴァリーは何も言うことができなかった。ボアレットでは精霊に対する信仰心は高いはずだった。それは天の恵みに感謝して生きてきた歴史があるからだ。オアシスが枯れればこの街は簡単に消えてなくなる。
そんな中でジャスパーに対するこの対応。シヴァリーは道具師ギルドの話を含め、この街に何かが起きていると判断した。
「ハナナ、調査を」
「はい。もちろん」
ハナナはそう返事をするとすぐに詰め所を出て行った。街の図書館や詰め所の書庫、街の人々など。多様な情報源から情報を集めに向かう。
「ひとまず、ここでの警護は安心して良い。道具師ギルドへは明日向かうことにしよう。今夜はゆっくり休んでくれ」
「はい」
「ユウはこちらの部屋で生活させても良いか?」
「頼む。あいつら、ジェマに何をするか分からん。腹の底が見えるまでは騎士といえど警戒させてもらうぞ」
ジャスパーが断固とした態度を見せると、シヴァリーは悲し気に、けれど納得した様子で頷いた。
「はい。騎士は街に根付きます。騎士といえど全員を信用しないというのは正しい判断とも言えますよ」
シヴァリーの言葉の重みにジェマはドキリとした。騎士同士の対立の中に身を置いてきたシヴァリーの、普段は見せない苦労が滲み出た瞬間だった。