7
誤解が解けてから、ツガルの案内で近くの森に入ることになった。ビスタベラとフジは〈アッポリオン〉でお留守番。やけに仲が良さそうな2人の様子にジェマは首を傾げたけれど、何も言わずにツガルについてきた。
「この近くでしか取れないものといえば、果物が多いだろうな。ソルトでは大きく分けて5種類を特産品として広く果樹園を展開している。だが、この土壌では自生している植物の種類も豊富でな。自生する植物の内3分の2が果実の木だ」
ツガルが言う通り、アッポ村の周囲の木々は大抵果物が実るものばかり。変異種や希少種も多く生えていて、ジェマは夜の森の中でも懐中電灯がいらないのではないかと思われるほどに目を輝かせていた。
「楽しそうだな」
「あっ、すみません。つい。この果物や木々を使ったらどんな道具ができるかと考えたり、図鑑でしか見たことがない植物を前にしたりと、楽しくて仕方がなくて」
ジェマは照れ臭そうに頭を掻く。そして、再び周囲を見回して口角を上げる。
スレートの手描きの図鑑に記載があった、この地にしか生えていない植物たちが目の前にある。つまり、スレートもこの地を訪れたということ。ジェマはスレートの背中を追うことが出来ている今が誇らしくて、照れ臭かった。
「ファスフォリアの人なのにここの植物に詳しいってのは不思議だったけど、そんな図鑑なんてものがあるんだな。ジェマさんは貴族なのかい?」
ツガルが首を傾げると、ハナナの眉だけがピクリと動いた。ジェマは屈託なく笑う。
「いえ、平民ですよ。養父が道具師で、森の中にお店を構えていたので植物にも多少は詳しくて。それに、その養父が仕事というか、ほとんど趣味で描いていた図鑑があって。幼少のころから父の手書きの書物ばかり読んでいたので、そこに記されていたこの辺りの植物のことも多少は分かります」
ジェマの言葉に、ツガルはなるほど、と頷いた。
「その養父さんが道具師ってことは、うちの宿にも泊まったことがあるかもな。うちは代々宿屋で、この村で唯一の宿屋でもあるからな」
「もう15年以上前のことだと思いますが、そうかもしれません」
ジェマは不思議な気分になった。ジェマが生まれるよりも前の、ジェマより少し年上のスレートが同じようにここにいた。その背を追いかけながらも、その背を追い抜きたいというプロとしての意地。スレートから全てを受け継いだがゆえに、スレートよりももっと凄い道具師になりたかった。
そのために目指しているのが、所有者固定魔道具師。道具師として最高峰の高み。スレートと同格の称号。
スレートよりも圧倒的に多い魔力を利用すれば、スレートを超える所有者固定魔道具師になれるかもしれない。その夢への強い想いがジェマを突き動かす。
「あ、これって」
「ああ、それかい? ヒルマニスって植物だ。カッタシアの1種で真っ直ぐに伸びている姿が特徴的なんだ。最近砂漠地帯の方から種が飛んできたみたいでね。比較的乾燥しているこの辺りに定植しているらしい」
ジェマはヒルマニスと呼ばれた植物をジッと見つめる。その背丈はジェマどころかツガルやハナナたちよりもずっと大きい。
もしもこの植物を道具に加工できるなら。そんなことを考えるとワクワクする。この植物のことがもっと知りたい。
「ヒルマニスの特性について教えてもらえますか?」
「ん? ああ、中心には水分を溜め込んでいて、それが甘くて美味しいから冒険者たちの非常用の補給場所にもなってる。この辺りは水場がないからな。それで切られることもよくあるわけだが、身はあまり美味しくないから、その辺に切られたまま放置されていることが多いな。ほら、あんな感じで」
ツガルが指さした方を見ると、ご丁寧にも冒険者たちは1ヵ所に切り倒したヒルマニスを集めて置いているようだった。
「カラッカラに乾いても、火がつかないから薪にも使えなくてな。腐敗も遅いから溜まる一方で困ってるんだ」
ツガルはそう言って頭を掻く。ジェマは落ちているヒルマニスを拾い上げる。片手で軽々と持ち上げられるほど軽い。その割にコンコンと叩いてみると乾燥しきっているものはかなりの硬度。水分を溜めている中央以外には空洞が少ないらしい。これだけしっかり乾いていても防火性が高いというのだから不思議だ。
試しに【クレンズキャンティーン】の水を垂らしてみる。けれど乾燥しきっているものは水を吸収することはない。ただ水がそのまま流れていく。
次に【次元袋】から鑿と木槌を取り出す。穴を開けようと叩いてみると、かなり頑張らなければ傷すらつかない。
「【クレンズキャンティーン】の素材にすることもできなくはないけど、この軽さでこの丈夫さか。うーん」
ジェマはすっかり1人の世界に入り込んで楽しそうに悩み始める。その姿をハナナたちは微笑ましそうに見つめる。ジェマは道具師が天職なのだと伝わるその姿は人を惹きつける力がある。
「ピピッ?」
ジェットの鳴き声にハッとしたジェマは、ジェットのふわふわした頭をそっと撫でる。
「そうだね。ツガルさん、少し回収していっても良いですか?」
「あ、ああ。構わないよ」
「ありがとうございます」
もしもこのヒルマニスが道具の素材として活用できれば。放置されて困る廃棄物ではなくなる。ジェマの好奇心とアッポ村の手助けになる有意義な研究。ジェマはジェットと共にヒルマニスを回収してほくほくとした表情で森の探索を再開した。




