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ジェマとジェットはハナナとユウ、ナンを連れて宿屋へ向かった。その一方で、ジャスパーはシヴァリーと共に騎士団詰め所の部屋で第二王子ヒュプノスから届いた勅命の書類に目を通していた。
「やっぱり、この旅が終わったらすぐに面会がしたいと書いてありますね」
「そうか」
ジャスパーは小さくため息を漏らす。ジェマになるべく長く旅をしてもらいたい理由はそこにあった。ヒュプノスの真意が分からない限りは引き合わせることに慎重にならざるを得ない。さらに言えば、ジェマと王家との繋がりが露呈することも怖かった。
「第二王子がジェマを王家に戻そうとしている、なんてことはないよな?」
ジャスパーの不安げな声に、シヴァリーは首を横に振った。
「分かりません。王家に戻す、もしくは、自身が王家の中核に入り込むために使おうとしているのかもしれません」
ジャスパーはその言葉に唸る。
ヒュプノスは闇属性魔法の使い手であるために恐れられ、森の中の別荘に隔離されている。けれど恐れられるだけのことはあって、公式にもヒュプノスに勝てる魔法を使うことができるのは国王だけだった。
闇属性の優位属性である光属性を持っているにも関わらず、王妃と第一王子、第一王女はヒュプノスに敵うだけの力を有していない。だからこそ、ヒュプノスを隔離することで自身の安定を確保していた。
「その可能性はあるな。ただ、ジェマは魔法の使い方を知らない。ジェマを連れていったとして、王家の人間に二人揃って幽閉される可能性もなくはないよな」
時々暴発することもあるが、意識して魔法を使う方法は学んだことがなかった。それは当然のこと。この国では王家の人間以外、魔力にそれぞれ属性の適性があっても魔法を発動させることはできない。知っている人がいないのだ。
「その可能性も考えられます。ただ、必要なのはジェマの力ではなく、ジェマの存在自体だと思います」
「なるほど」
ジェマの存在が露呈すれば、勝手に慣例を破った王妃は排斥される。さらに実は妹だった第一王女は処刑される。そして、ジェマが第一王女として君臨することになる。
「もしも王妃と第一王女がいなくなれば、王家の中のヒエラルキーは崩壊します。国王が第一王子と第二王子に格差をつけさせようとすることは今までもこれからもないでしょう。そして、きっと王家で庇護されるべきだった自分の娘であるジェマを邪険に扱うこともないはずです」
シヴァリーはそう語る。この国では、誰もが国王を崇拝し、王妃を嫌悪していた。それだけ王妃の我儘な政策や行動に振り回されている国民が多いということの表れでもある。一方で、王妃のその暴走を止められない国王への責任の追及はない。
国王は王妃の自由裁量を認める代わりに、国王による王命に王妃の口出しを禁じている。それくらいのことをしなければ、王妃は止められない。王妃の自由を奪えば、さらに死者が増える。国王はそれを見越して王妃の自由を認めていた。
国王の力は王妃を上回る。それでも王妃派の人間はいる。どれだけ聡明であっても、聡明だからこそ国王に対する反感を抱く者がいる。その抑圧のためにも、我儘王妃は必要だった。
「この国の王家のバランスが崩れることになれば、国政は確実に崩壊するだろうな」
「はい。もしかすると、その隙に第一王子すら廃するつもりかもしれませんね。そうすれば、第二王子がこの国の皇太子の位につくことができますから」
「その上で、自分を助けようとしなかった国王を廃する、なんてことを考えているかもしれないな」
ジャスパーの言葉に、シヴァリーはヒュッと息を飲んだ。王妃を廃するだけでもこの国を崩壊させる可能性がある。それなのに国王が廃され、ヒュプノスが国王に君臨したらどうなるか。
闇属性の国王も歴史を見れば存在する。けれどその国政を安定させることは難しかった。とはいえ、光と闇が交互に君臨することは国の統治を安定させる作戦でもあった。
光属性への崇拝を集めること。それは分かりやすく国を安定させる方法だった。光属性の国王が良い、闇属性の国王が悪い。その認識を植え付けることで、光属性の国王の下には国力が調う。一方で闇属性の国王に対しては反逆心が募り、反国王派の下に国力が集う。
崇拝と反逆。そのバランスを調整することによって、国を維持している。国民の心すら手のひらの上で転がす国政。王家の内部が乱れれば、その安定は崩壊する。
「ジェマのことを守るためにも、他の国民を守るためにも。どうにかしてヒュプノスの思惑を探る必要がありますね」
「騎士団の方でそういうのが得意なやつはいないのか?」
「ハナナか、もしくは」
シヴァリーは言葉を切ると、小さく息を吐いた。
「彼女に頼ってみましょうか」
「彼女?」
「はい。〈ロースト食堂〉のシュレッドさんです」
シュレッド。この旅の発端となった、〈チェリッシュ〉を破壊した張本人。〈ロースト食堂〉のホール担当を務め、裏の顔は暗殺者。
「あいつは殺しが専門ではないのか?」
「いえ、諜報専門です」
「なるほど。だから殺しがあんなにお粗末だったのか」
ジャスパーはあの日のことを思い出してため息を吐く。
「諜報の腕だけは信用できるので。頼んでみます」
シヴァリーは手紙を書き始める。ジャスパーは窓の外を見て、見えない暗雲にふんっと鼻を鳴らした。




