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シヴァリーたちが3方からサラスティーズを囲んで構えると、サラスティーズはチロチロと舌を出してシューシューと威嚇する。
「アースニードル!」
ジャスパーが蹄を翳して詠唱すると、サラスティーズの周囲の地面から土でできた硬い針が飛び出した。サラスティーズはそれに身体をかすったけれど、鱗が固い。サラスティーズはすり抜けるように針の間を縫ってジェマたちの元に向かう。
「行きます」
今度はジェマが【マジックペンダント】を翳した。
「風よ、我が呼びかけに応え、具現化せよ」
ジェマの呼びかけに反応して、風の壁が出現する。それがジェマのイメージ通りにサラスティーズを囲うと、そこにシヴァリーが切りかかって、風の壁に阻まれて甲高い音が響いた。
「おっと、攻撃を弾かれちまう」
「あ、ごめんなさい。強度弱めますね」
ジェマが魔力の出力を下げると、今度はナンが軽やかに切りかかる。すると風の壁ごとサラスティーズが真っ二つになった。サラスティーズの目が白くなって、討伐完了。
「……そういえば、こんな切り方をしてしまって大丈夫だっただろうか」
切ってしまってから、ナンは不安げにジェマを見る。ジェマはジッとサラスティーズを見つめてすぐににっこりと笑いかけた。
「大丈夫です。ナンさんの剣の手入れが丁寧なおかげで、綺麗な断面ですよ!」
「そうか、それなら良かった……」
素材を無駄にしてしまったのではと焦ったナンに、シヴァリーは討伐の先のことを考える余裕ができていることを喜んだ。シヴァリーにとっては仲間の成長がなにより嬉しい。
「それじゃあ、この素材を回収したら戻りましょうか」
ジェマとジェットがサラスティーズを【次元袋】に収納すると、カポックとジェットが周囲を警戒しつつ再び野営地に戻った。
そこからまたキャメルスに乗ってボアレットへの歩みを進める。そして夕方近く。一行はボアレットの門前に到着した。高くそびえる土づくりの塀の向こうには水分を感じさせる空気が流れ、木々がざわめいていた。
「ここがボアレットですか」
「ああ。砂漠地帯の唯一のオアシスだ」
シヴァリーはそう言いながら門番が立つ場所に向かう。そこには騎士団ボアレット支部の騎士が立っていた。浅黒い肌に黒髪短髪の大男。
「おお、ナン」
「ああ、アトラス。久しぶりだな」
後方のキャメルスに乗っていたナンが前に出ていって門番の騎士に挨拶をした。ジェマが不思議そうに見ていると、シヴァリーがジェマに耳打ちした。
「ナンはボアレットの出身なんだ。それで俺と出会うまではボアレット支部に所属していたこともあってな」
「なるほど」
ナンとアトラスは堅く会話を交わす。そこに、金髪に太陽のような黄金色の瞳のキラキラ系の爽やかイケメンが現れた。
「団長、交代の時間ですよ……って、あれ、ナン?」
「リゲルか。副騎士団長就任おめでとう」
「随分と前の話だがな」
ジェマは軽快な口ぶりに驚いた。騎士たちは階級に厳しい人が多い。けれど彼らは平民出身のナンの態度に眉1つ動かすことがない。
「ボアレットは貴族だろうと領主以外は平民と扱いが変わらないことが多い。領主でも子爵位止まりだからな。ボアレット支部の騎士団長たちも男爵位や准男爵位だ」
「つまり、第8小隊の皆さんにとっても居心地が良い場所なんですか?」
「ああ。ここほど落ち着く場所はないな」
シヴァリーはニヤリと笑う。そして身分証を出してアトラスに提示した。
「ファスフォリア支部第8小隊長シヴァリー・ケリーです。勅命を受けたため数日間護衛任務でボアレットに滞在することになりました」
「勅命か」
「第2王子より要人の警護を仰せつかっています」
シヴァリーがジェマを示すと、アトラスは驚いたようにジェマを見つめた。そして頷くとジェマに手を差し出した。
「身分証の提示を」
「は、はい」
ジェマは道具師ギルドのギルド証を提示する。そこに記されているため契約精霊であるジャスパーと契約魔獣であるジェットにも通行の許可が下りた。
「契約精霊さんは黒豚さんなんですね」
興味深そうにジェマい近づいてきたリゲル。ジェマはジャスパーが見える相手だと分かるとジャスパーに目配せをした。ジャスパーはジェマの肩の上で蹄を挙げた。
「ジャスパーだ。よろしく」
「私はリゲル・ミンタカ。ボアレット支部の副騎士団長を務めています。どうぞよろしく」
にこやかに微笑むその腹の底には黒いものが燻っている。ジェマは暗殺者ギルドの面々と対峙したときのような悪寒を感じたが、店や住居がめちゃくちゃにされるようなことはもう懲り懲りだと、営業スマイルを浮かべて誤魔化した。
「ファスフォリアの【チェリッシュ】という道具屋を営んでいます、ジェマ・ファーニストです。こちらは契約魔獣のジェットです。しばらくお世話になります」
「はい。この街はフルーツが美味しいんです。どうぞ楽しんで行ってくださいね」
爽やかな笑みに見送られると、今度はアトラスが立ち上がった。
「ご要人。私はボアレット支部騎士団長、アトラス・プレイオネだ。よろしく頼む」
「はい、よろしくお願いします」
ジェマはアトラスとも握手を交わして、ようやく街の中へ足を踏み入れた。ジェマはどっと疲れを感じながら、道具師ギルドボアレット支部を目指した。