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それからジェマはメンカルに持てるだけの知識を話して聞かせた。シヴァリーとハナナはジェマの警護、ナンは店の外の警護を務める。ジャスパーとジェットは暇を持て余して店内を徘徊していた。
日が沈む前まで会話を交わした二人。シヴァリーはちらりと窓の外を見る。そろそろ出発の時間が近づいてきている。ジェマはその様子に気が付くと、にっこりと笑った。
「申し訳ありませんが、ここまでのようです。私はこれからソルトの街へ向かう予定がありまして。日暮れまでにこの街を出ようと考えています」
「そうか……」
「今日は気になったものを買い付けていきます。またこの街で必要な素材があるときにはお手紙を出させていただきます」
「ふむ……」
メンカルは考え込む。そして他に買いたいものを探して店内を見回しているジェマの前に、バンッと、というつもりでぷにっと手をついた。肉球が柔らかすぎる。
「まだまだ知識が欲しい。ソルトまでの道中だけ付いて行こう。それまでの間に採取できる素材を教えてくれ。もちろん実地でもだ」
「なるほど。そのときに採取した素材の分配については?」
「討伐した者がもらうことにしよう。騎士たちが討伐すればジェマが分け前を得る、これでどうだ?」
ジェマはメンカルの提案に頷いた。通常冒険者たちが採取に向かうときに交わす条件も似たようなものだ。ジェマとメンカルは握手を交わした。そしてジェマは1度騎士団詰め所に戻ることになった。
「彼も一緒に移動するとなると……キャメルスはもう1匹用意するか」
シヴァリーは準備をしながら頭を悩ませる。隣の部屋で自分の荷物を纏めながら、正確には【次元袋】に詰め込みながら、ひょこっと騎士たちの部屋に顔を覗かせた。
「大丈夫ですよ。道具師や商人というのは、基本的には自前で移動手段を用意しますから」
「そういうものなのか?」
「はい。ラルドさんも自分の荷馬車でいつも移動しているでしょう?」
「なるほどな」
シヴァリーはふむふむと頷いた。そしてふと顔を上げる。
「ジェマは普段、どうやって移動するんだ?」
「私ですか?」
シヴァリーは思い出す。ジェマはシヴァリーたちが迎えに行く前、ジェマは何も移動用の道具を持っていなかった。【次元袋】を肩に担いでいただけだった。
「私は、リアカーを引きます。今回のように山越えがあるとリアカーは不便なので、徒歩になりますね」
「……徒歩?」
シヴァリーは口をあんぐりと開けた。ジェマはシヴァリー達の同行があるにしろないにしろ、3週間の旅程を予定していた。馬車と徒歩。その差を埋めるものは何か。
「錬金魔石で身体強化をした上で風属性魔法を利用して走ればすぐですよ? 例えば風属性魔法で空を飛んだり、ウインドシールドに乗って移動したり。やり方はいろいろありますね」
シヴァリーは言葉を失った。傍で聞いていた騎士たちも手が止まり、目を見開いてジェマを見つめたまま固まった。ジェマはそんな騎士たちに首を傾げる。ジェマの常識はみんなの非常識、みんなの常識はジェマの非常識だ。
「ジェマ、それを人に見られないように気を付けてね」
シヴァリーがなんとか言葉を絞り出すと、ジェマはにっこりと笑った。
「大丈夫です! 常人には見えません!」
「そういう問題なんですか?」
ハナナがガクッとずっこけながら言う。ジェマはそれを聞いて楽しそうにケラケラと笑った。
「見えなければないのと同じです!」
その自信満々な表情にハナナは苦笑いを浮かべて、それが次第に優しい笑みに変わった。愛おしいものを見つめる視線にジャスパーは不満げにふんっと鼻を鳴らした。
一方シヴァリーはジェマの言葉にジッと考え込んだ。見えなければないのと同じ。知らなければ、それはそこに存在しない。
メンカルやこの街の人々は知らなかったから、素材を無駄にしてきた。ジェマは王家について詳しく教えられていないから、自身の出生をスレートの子だと信じて疑わない。全て、そこに無いのと同じだ。
「ジェマ、それでも気を付けろよ? 見えてしまったら、きっとスレートさんと同じように国に狙われるようになってしまう。スレートさんも、ジャスパーも。そんな未来は望んでいないだろうから」
シヴァリーの言葉にジャスパーがうんうんと何度も頷く。ジェマはそれを見て、無邪気に笑っていた表情から、大人びた静かな笑みに表情を変えた。
「大丈夫です。分かっていますよ」
大人は心配する。成人しているとはいえ、まだ10歳の少女だ。どこまで未来を見据え、先人たちの言葉や親の気持ちを理解しているのかと。つい口酸っぱく言ってしまう。
けれど彼女は。彼女のようにまだ子どもだと思われている世代の人たちは。分かっているのだ。真っ直ぐ見つめ返したり、真面目な顔をしたりはできない思春期だけど。それでも心の奥ではきちんと受け止めて理解している。理解しているから、大丈夫。
年上を軽んじてはいけない。自分たちが知らないことを経験した人たちだから。年下を軽んじてはいけない。自分がその年齢だったとき、自分が馬鹿ではなかったなら。
シヴァリーとジャスパーはジェマの大人びた笑みに頷いて、もう何も言わなかった。