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 ジェマはジェットの姿に微笑むと、近づこうとするシヴァリーを手で制した。ジェットが蹄に意識を集中させると、カタカタと瓦礫が揺らぎ始めた。


 街の人々はその動きにざわめいて、足を止める。その人たちが見ている先が気になったのか、どんどん人が集まってくる。カタカタと小さく揺らいでいた瓦礫が浮き上がり、パズルのように組み上げられていく。その様子にどよめく人々。


 精霊が見える少数の人々が、そこにいるジャスパーの存在を指摘する。見えない人たちの表情に不安と憤りが湧き上がる。精霊たちは味方である、というお触れはアトラスとリゲルが街中に広めた。けれど人々の中にはそれを信じ切れない者も当然いた。


 ジャスパーの方へ石を投げようと構える人が、1人。咄嗟にナンが止めに入った。けれどその隙に石を握る人が無数に現れる。ジェマは咄嗟に【マジックペンダント】を構えた。



「風よ、我が呼びかけに応え、具現化せよ」



 ジェマの詠唱とともにジャスパーと噴水を囲むように風の障壁が現れた。投げつけられた石は風の障壁に妨害されて跳ね返される。人々はさらに憤慨する。



「人殺し!」


「精霊を追い出せ!」



 人々の怒号。風の障壁はそれすら阻害して、ジャスパーを無音の中に閉じ込める。ジェマとジャスパーはそれぞれ魔力を込め続ける。2人の魔力が空気を揺るがし、地面が揺らぐ。


 積み上げられた瓦礫は元の形に戻っていく。五大精霊の姿もはっきりと認識できるようになったころ、人々の投石の手が止まる。ジャスパーは最後のひと仕上げに入る。瓦礫の隙間を土で溶かす。そして隙間が埋まっていくと、元の噴水がそこに立った。まるで、時間が巻き戻されたかのように。


 人々は唖然とし、硬直する。ジャスパーがジェマの元に向かうと、ジェマは風の障壁を解除した。そしてジャスパーを抱き締める。



「お疲れ様」


「ありがとな。助かった。ジェマ、行こう。荷作りだ」


「うん。買い出しもしないとね」


「ああ」



 ジェマとジャスパーが笑い合うと、シヴァリーは大きく息を吐いた。



「行こう。街の人たちが動き出す前に」


「はい」



 ジェマたちはそそくさとその場を離れて市場に向かった。そのとき、後ろから走って追いかけてくる足音がした。シヴァリーとハナナが警戒してジェマを背に庇う。けれど息を切らして駆け寄ってきたのはムジカだった。



「ジェマ、さん……報酬の、件……」



 ゼェハァと息をしながら話すムジカの手にはお財布。ジェマは婚約指輪の代金を明記した紙を手渡す。ムジカはそれの通りに代金を支払った。



「でも、これ、結構お安くしていただいていますよね……?」


「ええ。これからの良いご縁を期待して、です。私はこの後もいくつか街を回ってからお店に帰ります。その後、お手紙を送りますので、ハプカムシロップを注文させていただきたいんです」


「もちろんです! こちらも割引価格で提供させていただきますよ。その代わり、必要な道具があればこちらからも注文させてもらいますね」


「はい、ありがとうございます」



 2人は固く握手を交わした。そして別れると、ムジナは噴水広場へ戻っていく。ジェマたちはハナナが調べておいてくれた街の特産品を扱う店へと向かった。その道中、歩きながらナンがシヴァリーを呼んだ。



「なんだ?」


「さっきは、すみませんでした。俺はこの街の人たちが元気になればって思いました。でも、まだ心の傷が癒えるには、早いんですよね」



 ナンの言葉に、シヴァリーは弟を見るような優しい目で小さく笑った。シヴァリーの方が年下でも、ナンにとってシヴァリーは頼れる兄貴分だ。



「ナンもそうだったよな。私と出会ったころのナンは心を閉ざしているようだった。日々目的もなく、剣を振ることばかり考えていた」


「はい。私は戦災孤児となってファスフォリアに移住してから、10年近く生きる目的が見つけられませんでした。シヴァリーに出会わなければ、きっと今も」



 ナンは足を止めてしまった。大切な人と場所を同時に失う辛さは知っていた。けれど忘れかけていた。ナンは唇を噛む。自分と同じ苦しみを知る人の心に寄り添うことができると思っていたのに、それができなかった。



「ナン、良かったと私は思う」



 シヴァリーはそう言うと、ナンの背中に手を当てた。



「過去の苦しみが色褪せるほど、今が幸せということだろう? 過去を忘れないことも大切だが、それだけでは心が壊れてしまう。思い出したいときに思い出すだけで良い。生き残ったんだ。生きている限り、幸せでいて良いんだ」


「シヴァリー……」



 ナンは視線を彷徨わせた。本当にそれで良いのか、飲み込めないでいた。ハナナはシヴァリーの背中を軽く叩くと、シヴァリーの耳元に口を寄せた。



「心が変わるには時間がかかるものでしょう?」


「そう、だな……よし、とりあえず買い物だ。行くぞ!」



 シヴァリーはナンの背中を押して歩き出す。いつもの少年のような笑顔を浮かべたシヴァリーに、ナンは昔を思い出すように眉を寄せて笑った。



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