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 皮を乾燥させて革にしているころ。ジェマはその日の作業分を手に道具師ギルドに向かった。付き添いにはハナナとリゲル。ハナナはリゲルを警戒していたが、街の人々がリゲルを信頼して話しかける姿を見て小さく微笑んだ。


 道具師ギルドでも、シヴァリーとハナナが付き添ったときよりも愛想良く対応された。ハナナは内心不快に感じたけれど、ジェマの道具が長々とした交渉をしなくても正当な評価を得られたことに安堵した。


 道具師ギルドを後にして、3人は騎士団詰め所に戻ろうとした。その途中、リゲルに声を掛けて男がいた。ハナナは咄嗟にジェマは庇う。その様子に男は困惑したようだったが、すぐにリゲルに視線を戻した。



「あの、リゲルさん、さっき、道具師ギルドから出てきましたよね?」


「ええ、そうですよ? 道具師ギルドと何かありましたか?」



 リゲルが爽やかに微笑むと、男は小さく深呼吸をした。



「道具師ギルドに、宝飾品の作成をしてくれる道具師の仲介をお願いしたんですけど、この災害時にそんな余裕はないと一蹴されてしまって」



 リゲルは男の言葉に怪訝そうにピクリと眉が動いた。この災害時に宝飾品を求める人はなかなかいない。その目的が読めなかった。



「宝飾品は、何のために?」


「……結婚指輪、なんです」


「結婚指輪?」



 リゲルが聞き返すと、ジェマとハナナも顔を見合わせた。ただの宝飾品ではなく、結婚指輪と言われれば話の重大さが変わったように思えた。



「僕はちょうど今日、結婚式をする予定だったんです。幸い婚約者も僕も無事だったんですけど、自宅が倒壊して、結婚指輪も見つからなくて」


「結婚式を、するんですか? こんなときに?」



 リゲルが信じられないと言いたげに目を見開くと、男は決意に満ちた顔で頷いた。



「こんなとき、だからです。暗い顔をしている家族たちに、少しでも気晴らしをしてもらって、明るい気持ちになって欲しいんです」



 リゲルはその真剣な眼差しに怯んだ。この有事の中で浮かれたことをすれば、非難する人がいるのは当然だ。けれど男からはその非難すら受け止める覚悟が滲み出ていた。



「あの。私が作りましょうか?」



 ジェマが堪らず声を上げた。男はその言葉に希望に満ちた顔を向けたけれど、ジェマが少女であることに眉間に皺を寄せた。



「貴女が?」


「はい。宝飾品の取り扱いは得意ですから」



 ジェマはそう言うと【次元袋】を漁って、指輪を1つ見せた。男はその指輪を見ると目を見開いた。ジェマにとっては最高傑作とも言える指輪だった。


ボアレットに到着した日の夜。ジェマがターコイズのブレスレットを参考にしながら作成したものだった。他のものとは違い、揺れに左右されてしまうような精巧な彫刻がされている。



「これは、ヘスカデュラタですか? こんなに、細かな装飾を施した指輪が作れるなんて」



 男は言葉を失った。目の前にいる少女の技術力はこのたった1つの指輪を見るだけで分かった。バリがなく、曲線も滑らか。高度な技術を必要とする彫刻だった。



「はい。ボアレットに来るまでの間に砂漠で見かけたんです。その美しさを指輪に閉じ込めてみたいと思って作ってみたのです。お好きなデザインをご依頼いただければ、明日の朝までには完成させてみせましょう」


「で、では……ハプカム構造の指輪をお願いできませんか?」


「ハプカム構造というと、ハプテ(はち)が作り出すという、あの?」



 ハプテは花の蜜を集める習性のある動物だ。花の蜜を巣に持ち帰り、それを食事として卵を産み、幼虫を育てるという。種類によっては毒を持ち、ブンブンという音を立てて飛び回るのが特徴だ。


 そのハプテが作る巣の構造を、一般的にパプカム(ハニカム)構造と呼んでいる。六角形を繋ぎ合わせた形をしていて、軽く強度が高い。1度欠けるとバランスが崩れてしまうところが難点ではあるが、デザインとしてはオシャレと言える。



「はい。あ、自己紹介が遅くなりました。僕はムジカ・アルドゥルフィンです。この街でハプテの養殖をしていて、ハプテシロップ(はちみつ)の販売を生業としています」



 ハプテが食事にするために作り出すのがハプテシロップだ。栄養価が高く、強いとろみとねっとりとした甘さがある。飲み物に溶かしたりお菓子の材料にしたりと、活用の方法も幅広い。


 このボアレット以外にも各都市でハプテを養殖している場所はあるが、その土地の特産の花の蜜を集めているハプテのハプテシロップほど希少性があって人気がある。



「私はファスフォリアの〈チェリッシュ〉という道具屋の店主をしています。ジェマ・ファーニストです。よろしくお願いします。ハプカム構造のペアリングを明日の朝までに作成してお持ちしますね」


「はい、よろしくお願いします! あ、これが僕と婚約者の指のサイズです」


「ありがとうございます」



 ジェマはメモを受け取ると、それを大切にポケットに仕舞った。ジェマにとっては結婚指輪のような一生物の作品とも言える道具を作ることは初めてだ。ジェマは気合を入れてゆっくり深呼吸をした。



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