養蜂家ムジカ
ジェマは騎士たちと手分けをして素材を騎士団詰め所に運び込んだ。それから簡単に素材を分配してしまうと、ジェマとジェットは皮を手にさっさと部屋に籠った。ジャスパーはジェマとは別行動。リゲルにキッチンを使う許可を出してもらって、オアシスバトイデアの肉を運び込んだ。
ジェマは部屋になめし用の薬品を大きな大きな桶に入れる。桶には大きな錬金魔石が埋め込まれている。ジェマの自作の魔道具で、【早漬けくん】という。時間経過を早める錬金魔石の効果で、通常5ヵ月は掛かるなめしの作業が半日で終わる。
オアシスバトイデアの皮と、ついでにサラスティーズの皮も全てその中に漬け込む。薬品を少しずつ増やしながら漬けていく。ジェマは漬けている間にも追加分の簡易テントや簡易トイレを作り始めた。ジェットも隣で大きな【次元袋】を量産していく。
けれど2セット作ったところで簡易テントや簡易トイレを作るための材料がなくなった。ジェマは少し考えると、手を止めることなく今度は組み立て式のベッドを作っていく。材料がなくて布団は作れないけれど、ベッドのフレームを金属や鉱石、木などの手元にある素材で作り始めた。
簡易テントや簡易トイレに比べれば時間が掛かる。ベッドとして使わなくなれば棚として使えるように、コの字型のフレームを繋ぎ合わせていく。その1つ1つを作るため、大きなフレームを作るより時間が掛かった。
その日の昼食の時間まで忘れて、ジェマは作業に没頭する。心配そうにちらちらとジェマの部屋を覗く騎士たちの間を抜けて、ジャスパーが皿を手にジェマの部屋に入った。
「ジェマ、昼食だ」
「え? もうそんな時間?」
「ああ。なめしもそろそろ終わりそうか?」
「今日の夕方には乾燥させて手袋も作り始められると思う」
「そうか。他の作成は?」
ジャスパーはジェマに聞きながらその手元を見る。木や金属、鉱石が散らばっているのを見て、それを蹄をひと振りするだけで大きさごとに並べ替えた。
「ありがとう、やりやすくなったよ」
「棚を作っているのか?」
「うん。手を入れる方を下にして置けばベッドとして使える頑丈な棚だよ。これなら、ベッドとしての役割が終わっても使い回せるでしょ? 反対に普段は棚として使っていて、災害時だけベッドにすることもできる」
ジェマの説明にジャスパーは苦笑いを浮かべた。目先のことで精一杯な人が多いこの状況でも先のことを見据えるだけの冷静さを失わないことも、ジェマの才能の1つだ。簡易テントや簡易ベッドも、折り畳みすると壁と棚の隙間に差し込めるほど薄くなる。災害後に備品として常備するためにも邪魔にならないサイズ感を意識している。
ジャスパーはジェマのその思考力と視野の広さに感服する他なかった。スレートの道具も素材も無駄にしない、必要なときに使われるだけでなくいつでも必要とされるものを作る、という考えを若干10歳で継承しているのだから。
スレートですら頭を悩ませていたその手法。けれどジェマはぽんぽんと、面白いほどアイデアが湧き出てくる。それは生まれてから毎日目の前に最高の道具師がいる環境にあった上に、毎日道具のことを考えていたからだった。
「ジェマ、頑張るのは、というか楽しんでいるのは結構だが、腹が減ったら力が出ないだろう?」
ジャスパーはテーブルに3人分の昼食を置く。硬いパンに挟まれている切り身からはほくほくと湯気が立っている。甘辛い香りにジェマはサッと道具を片付けて椅子に座った。ジャスパーはジェマと同じサンドイッチ、ジェットは刺身のようだった。
「これ、なに?」
「オアシスバトイデアの切り身の煮つけだ。ジェットは刺身な。超レア食材だから心して食えよ?」
ジャスパーの言葉に、ジェマはごくりと喉を鳴らして唾を飲んだ。ジェットは気にすることなく刺身にかぶりついた。その瞬間、ジェットの動きが止まる。そして首を傾げるように頭をぐりんと回した。
「ど、どうしたの?」
「ピッ!」
ジェットは2本の脚を上げるとガツガツと食べ進める。ジェマにはこりこりしていて美味しい、というジェットの感動の想いが伝わってくる。
「美味しいって」
「そうか。リゲルが新鮮なものなら刺身でも食べられると教えてくれたからな。ジェットは生の方が好きだろう?」
ジャスパーは我が子を見るような温かな眼差しをジェットに向ける。精霊と魔物。種族も違う2匹だけど、しっかり家族としてお互いを想い合っている姿を見てジェマはほっこりした顔になった。そして自分もサンドイッチを食べてみる。
「え、美味しい」
甘辛なタレがほくほくな切り身に絡みついている。ジャスパーが浮遊魔法を駆使して骨を全て抜き取ってあるため、かぶりついてしまっても問題ない。ジェマはジャスパーの気遣いに感謝しながらどんどん食べ進める。甘い、辛いが交互にきて手が止まらない。
「ジャスパー、これ、また食べられる?」
「ボアレットに滞在している間くらいはな」
「……大事に食べる」
「ははっ、いつも大事に食べてくれるだろ?」
ジャスパーはジェマの頭を優しく撫でた。ほんのひと時の温かな家族の時間。それをしっかり堪能して、それぞれの作業に戻っていく。その表情はどこか力が抜けて、旅先でも安心感に包まれていた。