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騎士団長アトラス


 オレゴスから北上していくと、すぐに砂漠地帯が見えてきた。ここからは馬車での進行が難しくなるため、道の途中に配された騎士団の合宿所で貸し出しているキャメルス(らくだ)に乗り換える。次にソルトに向かうことを告げると、馬車はボアレットとソルトの間にある合宿所へ運んでおいてくれることとなった。


 合宿所を出発する。そして砂漠地帯に突入すると、ジリジリと焼けるような陽射しが一同を攻撃する。ジェマ、ジャスパー、ジェットを抱え乗せてキャメルスを御者するシヴァリーは汗を拭いながら周囲を確認した。シヴァリーがホッと息を吐くと、ジェマはシヴァリーを振り向く。



「ああ、もう話して良いぞ」


「分かりました」



 シヴァリーが許可するまで話してはならない。それが合宿所に近づいたころにシヴァリーとした約束だった。ジェマたちはよく分からないまま頷き、ここまでひと言も話すことなく移動した。



「カポック、ナン、周囲の警戒を頼む。次の休憩で交代だ」



 シヴァリーは指示を出し終わるとジェマの頭をそっと撫でた。



「密偵がいてもカポックとナンなら気が付くことができるはずだからな。ちょっと話そうか」



 ジェマが頷くと、シヴァリーは微笑んだ。そのすぐ傍を警護するようにハナナとユウが寄ってきた。



「騎士団の合宿所は遠征時のポイント地点も兼ねているんだ。そして合宿所同士の連携も他の街の様子を知るために重要だからな。新人や志願者、それから出世前の騎士が体力づくりの基礎訓練も兼ねて各合宿所を行き来しているんだ」


「出世前に、ですか?」


「ああ。出世するための最後の試験みたいなものだ。情報管理ができるか、現場の苦労を理解しているか、とかな」



 ジェマはなるほどと頷く。それを確認したシヴァリーは話を続けた。



「あそこが情報の要所であることと、出世前の騎士が集まっていること。これが厄介なんだ」


「厄介、というと……身内でも情報が洩れるとマズい、ということでしょうか」


「そういうこと。護衛の情報が他支部の騎士に洩れてしまったとする。その支部とうちの支部が不仲だったり、なんらかの原因で妬まれていた場合、任務を邪魔される可能性がある」



 身内同士でそんなことをするのか、とジェマは目を見開いた。けれどすぐ、それもそうかと納得した。道具師も情報戦が基本。試作品の情報が洩れようものなら、他の道具師に先に完成されて商品登録をされてしまうかもしれない。


 商品登録をしていると、開発費として他の道具師が同じ商品を複製したときにお金が入るのだ。ジェマの発明で言うと、【カーブフィットピーラー】や【クレンズキャンティーン】、【ムッシーバイバイ】のような忌避剤などの商品が該当する。


 多少の加工をしても、道具師ギルドが販売している登録情報と比較して同じ商品だと判断すれば複製品として判断される。ジェマの場合は作っているものが特殊過ぎて開発費が収入になることはあまりない。現状では【クレンズキャンティーン】や忌避剤くらいだ。


 【シワ伸ばし機】はまだ作り方を理解して作成、販売している道具師が少ない。そもそも魔石の扱いがややこしいものだから作れない道具師が多いのだが。【伸縮財布】の方は素材の入手が難しすぎて量産には至っていない。


 ジェマは天才と呼ばれてしかるべき才能を持っているにも関わらず、スレートのように若手の内から有名になることはない。それは1人1人に寄り添うような開発や、自分しか作れないような難度の高い道具ばかり開発するため収入も名声も遠ざかっている。


 現在のジェマのファスフォリアの街での評価は、細かな意匠を凝らしたアクセサリーを作ることができる道具師。それだけに過ぎなかった。いや、そのイメージを得ただけでも凄いのだが。ジェマの目指す背中が大きすぎる。


 ジェマがなるほどと納得したのを確認して、シヴァリーが話を続ける。



「情報漏洩以外にも、出世する予定の人に目を付けられるとその人の出世後に退団か左遷になるからね。まったく厄介な話だ。だからあそこにいる間は波風立てずに品行方正にニコニコしなきゃならねぇ」


「まあ、我々に対する印象はもう既に良くはありませんから。神経を逆撫でするようなことは避けなければ全員退団になりそうなんですよ」



 ハナナも会話に参入する。ハナナの話を聞いても、ジェマはなんとなくそんな気がしていたためあまり驚かなかった。第8小隊に対する扱いは、オレゴス支部やマグネサイト領にいたときでも目に余ることがあった。


 けれど合宿所ではその比ではない扱いがされていた。平民と話すつもりはない、と無視され、さらには人としても扱われなかった。ハナナが間に入って難を逃れたけれど、ハナナに対しても下位貴族だと馬鹿にする者もいた。


 ジェマはその姿に何度も怒りたくなった。けれど根強い嫌悪を打開するにはジェマは力不足で、結局何もできないまま我慢していた。



「ジェマさんはパーティーへの参加経験は先日の祝勝パーティーが初めてだったのですよね?」


「はい」


「それはきっと、お父様がジェマさんを守ろうとしていたんだと、私は思います」



 ハナナの言葉にジェマは頷いた。名誉男爵としてスレートだけがパーティーへ向かうことはあった。そして帰ってくると、自分もパーティーで美味しいものを食べたいと駄々を捏ねるジェマにスレートは必ず言った。



「あんなところにジェマを連れて行ったら、きっとパパはジェマの耳から手を離せないよ」



 ジェマはその言葉の意味を今になって理解した。そしてジェマは手の甲でグイッと汗を拭った。



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