第5話 出来た侍女、そして御召替え
予定より早い帰宅になったが、
侍女のマリアが誰よりも早く馬車に向かって走ってくるのが見える。
「おかえりなさいませ、お嬢様。
お迎えが遅くなりまして申し訳ございません」
馬車を降りてきた私を、いつものように優しく出迎えてくれた。
よほど慌てて走ってきたのだろう、息を弾ませている。
私が降りるのを確認したセバスチャンは
その後、すぐにマリアに話しかける。
「わたしは、これからまた出掛けますが、
戻ってくるまでに使用人の服を一着用意しておいていただけますか?
事情は帰ってきてから話しますので」
マリアは状況を確認するように視線を馬車に移す。
その中に見知らぬ人物が座っているのを見付け
全てを察したかのように
「承知いたしました」
と余計なことを聞かずに答える。
さすが私の自慢の侍女ね。
優秀すぎて鼻が高いわ。
そしてセバスチャンはそれだけ伝えると
他の使用人が集まってきてしまう前に馬車に戻り、
彼を乗せてギルドへと向かっていった。
「マリア、わたくしは少々疲れました。すぐに部屋で休むことにしますわ」
マリアには嘘をついて悪いとは思う。
けど、初めてのしっかりとした配信は
ゆっくりと誰にも邪魔をされずにしてみたいの。
「かしこまりました。
では、すぐにお部屋に参りましょう」
疑う様子もなく返事が返ってくる。
本当に頼りになる侍女ね。
エントランスまで来ると
マリアからだいぶ遅れ
それでも急いで出迎えにきた他の使用人たちの姿が見える。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
相当急いで来たようで
全員が肩で息をしている。
「急な帰宅で驚かせたかしら。ごめんなさいね。
でも大丈夫よ。
少し気分がすぐれないだけですから。
落ち着きたいので誰も部屋に近付かないように。お願いね。
さぁ仕事に戻って」
急いで出てきてくれた使用人たちに謝罪をし
人払いをする。
「かしこまりました」
使用人たちにそう伝えた後、階段を登り部屋へ向かう。
本当は階段を駆け登り、今すぐにでも配信したいところだが
後ろからマリアがついて来ているので
昂る気持ちを抑えながら進む。
「マリア、いきなり帰って来たけど、
部屋に戻ったらすぐに着替えられるかしら?
雨に降られて汚れてしまったの」
部屋に続く廊下の途中で
私はマリアに確認をした。
いくら楽しみでも
さすがに濡れたまま配信なんてしていたら
風邪をひいてしまう。
「すぐにご用意いたします」
「ありがとう」
すぐに了承の返事が返ってくる。
感謝を伝えたタイミングで部屋に着く。
中に入ると、カーテンを閉め
すぐに着替えの用意を始める。
その後いつも通り、丁寧に着替えを手伝ってくれる。
でも、今の私はそうじゃないのよ!
早く配信したくてうずうずしているの!
雨水で汚れたドレスを脱ぎ
コルセット姿になった私は心の中で叫んでいた。
早く、早く!
そんな心を見透かしたかのように
マリアは疑問を投げかけてくる。
「お嬢様、大丈夫ですか?
落ち着かないご様子ですが、御手洗いですか?」
さすがね。
よく見ているわ。
でもお手洗いではないですわ。
「え?そんなことありませんわ。
そうそう、コルセットが緩んできてるみたい。
もっときつくしてくれる?」
その言葉にマリアはコルセットを改めてきつく締め直す。
「そんなに緩んではいないようでしたが、
これでよろしいでしょうか?」
「うっ!きつっ!」
私が締め付けに苦しんでいると
先ほどまでの優しい雰囲気とは違い
表情を暗くしたマリアが申し訳なさそうに口を開く。
「……わたくしはお嬢様に隠し事をしておりました。」
マリアが隠し事なんて珍しいわね。
なんなら私が幼い頃から仕えてくれていたけど
初めてじゃないかしら?
「実は、同僚のセシリアから
『今日のガーデンパーティは何か良くないことが起こるかもしれない』と聞いておりましたが、
お嬢様を不安にさせるだけだと思い、その情報をお伝えせずにおりました。
申し訳ございません。
こんなに早くお帰りになるとは、よほど悪いことが起きたのでしょうか?」
マリアが言う同僚セシリアとは、テーゼの侍女。
なるほどね。
セシリア経由で従者も侍女も全てではないにしろ
何かが起こるかもしれないということを知っていたということね。
でも、今更そんなことを言ってもしょうがないわ。
むしろ、その後に運命的な出会いがあったのだから
あなたたちには感謝したいくらいなのよ?
「その話は、いずれお父様から各方面へ発表があるでしょう。
それはさておいて、早く着替えてメイクして……
あ、髪は……巻きなおさなくていいわ。
クシで解くのだけお願い」
こんな気持ちは初めてだわ。
もうすぐ配信ができるというワクワク感が
先ほどよりも滲み出ていたのかもしれない。
そんな様子に気付いたマリアが
「お嬢様がそんなに楽しそうにしてらっしゃる姿を初めて目にします」
幼い頃から一緒のマリアが初めて目にすると言ったのだ。
私はその頃からつまらない現実を生きていたのだろう。
マリアの噓も私の楽しそうな姿も初めて見るのが
こんなことがあった時なんて皮肉なものね。
そんなことを考えながら
「そうだったかしら?
あら…この口紅は、ちょっと赤すぎかしら?もう少し抑えた色がいいわね」
私は少し気恥ずかしくなりとぼけて返す。
良くない事が起きた後なのに、こんなにワクワクしている私を見て
マリアは逆に心配のようだ。
「お嬢様、どうか心を穏やかに保ってください」
もしかして自暴自棄になっているとでも思われているのかしら?
「あら、わたくしは至って穏やかよ。大丈夫です。
セバスチャンから後で話があるはずですから、
それを聞けば、きっとあなたもわかるわ」
マリアの手際よい着替えのおかげで、
時間もかからず綺麗なドレスに身を包んだ私に戻ることが出来た。
「マリア、お願いがありますの。
みんなに誰も部屋に近付かないようにとは言いましたが
念のため、部屋の前で見張っていてくださる?」
マリアはなぜだかわからないといった様子で
キョトンとした顔をしている。
「あ、はい。
かしこまりました、お嬢様」
と返事はする。
しかし、頭の上には
まだ、はてなマークが浮かんでいるように見える。
まぁ、ここまで念入りに人除けすることなんて
今までなかったことですから当然の反応よね。
「よくって?絶対に誰も入れてはなりません。
頼みますわね」
と念を押して、私は部屋の扉を閉めた。
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