第56話 生徒会長、そして勇者
——生徒会室に着いた俺は、扉を開けられずにいた。
昔からこういう時に度胸がない。
扉の前で立ち尽くしている姿は
傍から見たら、明らかに不審者に映るだろう。
そんなことを考えていると、中から声が聞こえてくる。
俺は静かに扉に近付き、聞き耳を立てた。
べ、別にビビアンのことが心配で
盗み聞きするわけじゃ……ないんだからね!!
……今ならストー狩野の気持ちがわかる気がしたが
都合が悪いので、奴の存在を記憶の彼方に追いやった。
「ビビアンさん、この資料を作って欲しいんだけど」
ビビアンに頼みごとをする女性の声、この声は副会長だな。
なんだ、普通に手伝いをしているだけで、
生徒会長と二人きりでもないし、何も心配ないじゃないか。
俺はここで何やってんだか。ストーカーかよ。
その時、ストーカーという言葉で、再び誰かを思い出しかけて
考えるのをやめた。
「ビビアンくん、無理せず
わからないことがあったら何でも僕に聞いていいからね」
この声は瀬橋。
うっわ…甘ったるい声。
お前、普段からそんな声してんの?
胸焼けするわ。
「あー、この資料を作るには、副会長が読んでいたあの本があると良さそうだな。
副会長、悪いけど図書室まで行ってくれないか?」
いやいや、それくらい自分で取りに行けよ。
俺は焦りながら副会長に行かないでくれと念を送り続けた。
「はい、わかりました。
行ってくるので、帰ってくるまでサボらないように」
副会長のその言葉に、瀬橋が答える。
「おいおい、ビビアンくんがサボるわけないじゃないか」
瀬橋の一言に
大きな溜め息と、呆れたような副会長の声が続く
「会長。
あなたのことです。
それではいってきます」
え?副会長、生徒会室からいなくなるの?
俺は鉢合わせしないように、急いで隣の空き教室に隠れた。
いやいやいやいや、ダメだろ、二人きりにしちゃ。
まさかわざと副会長に席を外させた?
図書室へ向かう副会長の後ろ姿を見送り、
俺は再び生徒会室の扉の前へ戻る。
「……の噂はよく聞こえてくるよ。
二年B組に転校してきた女の子は可愛くて頭脳明晰。
何もしなくても才色兼備な人って本当にいるんだなと思ったよ」
瀬橋の声が聞こえてきた。
早速仕事外の話かよ!
「いやですわ。
そんなことございません」
ビビアンがそう答えると
すぐに瀬橋が興奮気味に続ける。
「僕はそんな完璧な女性などいるわけがないと、噂を聞き流していたが
君を一目見た時に、その噂は本当なのだと僕は確信した。
君こそ僕の理想の女性だ!」
確かにビビアンは成績優秀だ。
でも、最初からそうだったわけじゃない。
こっちの世界のことを少しでも知ろうとして
目に見えないところで努力しているからだ。
それを俺は知っている。
「そ、そうかしら」
褒められ少し嬉しそうなビビアン。
おい!
何まんざらでもないような返事してんだよ!
「君は、僕にとって舞い降りてきた天使。
生まれて初めて一目惚れをしたんだ。
僕と付き合ってくれないか」
は?お前、このタイミングで告白!?
「くそっ……!」
盗み聞きしていたことがバレるし
完全に入るタイミングを逃しているが仕方ない!
俺は扉に手をかけ、部屋に入ろうとした。
「あなたの天使……ですか」
ビビアンの声に動きを止める。
俺は君に何を期待していたんだろう。
相手は生徒会長、眉目秀麗、頭脳明晰のモテ男、
それに比べて俺は、ただの陰キャモブだ。
この場にいる意味はあるのか?
元から勝てる勝負じゃなかったんだよな……
そんなことが頭を駆け巡り、
生徒会室に背を向け、帰ろうとした時だった。
「ごめんなさい」
は?断った?
俺は驚き三度聞き耳を立てる。
「わたくしには心に決めた人がいるのです」
ビビアンの強く、決意のこもった声。
「え、そうなのかい?
それは誰か聞いても?」
瀬橋はフラれると思っていなかったのだろう。
声は震え、だいぶ動揺しているようだった。
「その方は……わたくしを真っ暗闇の人生から救い出してくれた勇者なんです」
それって……俺?
「まぁ、女の子の気持ちなんか一ミリもわからなくて、
優しい言葉もかけてくれないし、
内気どころか、はっきり言って陰キャで、
引き籠ってゲームばかりしてるし、
面倒くさがり屋で、いつだって腹ペコな野良犬みたいな勇者なんですけどね?」
いや、それは言いすぎだろ。
俺じゃないな、うんうん。
「そうか、そいつはヒドい奴だね。
そんなの見限って僕に乗り換えないかい?」
瀬橋……諦め悪いな。
「それでも、一緒にゴブリンを倒してくれました。
そして何よりも、ドラゴンから守ってくれたあの勇姿は、
今でも忘れられませんわ」
おい!
何口走ってんだ!!
突然の異世界の話に俺は焦った。
「ゴブリン?ドラゴン?
ゲームの話か何かかい?」
俺はほっと胸を撫で下ろす。
まぁ普通はそう思うよな。
「あなたにとっては、ゲームとしか思えない世界でしょう?
でも、わたくしにとっては現実で
彼は永遠の勇者なのです」
おいおい、こんな話して
頭のおかしい奴とか思われないだろうな?
「はぁ……」
ほら、なんか瀬橋引いてねぇか?
「そういうことですので、お気持ちには応えられませんわ。
今日はこれで失礼させていただきます」
ビビアンの足音が扉に近付いてくる。
ヤバい!見つかる!
俺は猛ダッシュでその場を後にし、昇降口まで走った。
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