第43話 踊るパパロッソもどき、そして茂木家に馴染むビビアン一家
俺は、家の玄関を開けた。
「ただいまー」
廊下からリビングを覗くが誰もいない。
母さんは買い物にでも行ったのか?
階段を上って、自分の部屋のドアを開けた。
「あら、おかえりなさい」
ビビアンが俺のベッドに寝そべりながらスマホをいじっていた。
「なんだ、来てたのか。母さんは?」
「お母様はお買い物ですわ。
『ちょっと買い物に行ってくるから、ビビアンちゃん部屋で待ってて』と
言われましたの」
この光景を狩野が見たら、卒倒するだろうな。
「部屋って、俺の部屋とは限らないだろ。
リビングでもいいんだぞ?」
とビビアンに溜め息混じりに伝える。
「あ、そうそう。お母様、お弁当間違えてらしたわね。
わたくしはもうお弁当箱洗ったので、あとはあなたの分だけですわ。
出しておいていただければ、あとで洗っておきます」
俺の話は、お前の頭の中で洗われて原型無くなったのか?
はぁ、と今度は大きく溜め息を吐く。
「いいよ、自分で洗うから。
ってか、ビビアンには俺の弁当の量だと多かっただろ?」
話を聞かないのはいつものこと、と諦め、話題を変える。
「あ、お友達と分けたので大丈夫ですわ」
意外な言葉に驚く。
「友達って……できたのか?」
ずいぶんと変わり者だから
打ち解けるまで時間がかかるんじゃないかと思っていたが
杞憂だったみたいだな。
まぁ『人前では』お淑やかで人当たりが良い、可愛らしいお嬢様をやってるから
当然っちゃ当然か。
『人前では』な。
「あら、気になります?
女の友達ですから安心なさって」
ビビアンさんが、また都合よく勘違いされておられる。
これもいつものこと。
相変わらず自意識過剰なことで……
別に安心なんて……してないんだからね!
「別に気にしてねーよ」
相手に悟られないように
素っ気なく返す。
いや、本当は悟られてもいいんだよ?何もないからね?
でもほら…何か…うん!あれだよあれ!……わかるだろ?
「あ、今日、廊下歩いてましたわね」
一人で言い訳をしていると
また話を変えられた。
「廊下ぐらい歩くよ」
ビビアンも狩野みたいなことを言うな。
「お母様、お弁当を間違えてたわねって言いたくって、うずうずしちゃいましたわ」
そんなうずくことでもないだろうに。
まぁ、俺は量が足りなくて、何か食わせろってお腹がうずうずしてたけどな!
「気をつけろよ?
学校では他人のふりって約束だからな」
俺の話を聞いているのかいないのか、ビビアンはずっとスマホを見ている。
「お前、生徒会に入るのか?」
ベッドでゴロゴロしているビビアンを見つめ、ふと聞いてみる。
「あら、よくご存じですこと。
情報が早いですわね」
入ることは決定したのか?
「もし入るなら、学校にはお前のファンが結構いるから、
いろいろと情報は拡散されやすい。
気をつけろ」
俺はストー狩野を思い浮かべる。
「はーい」
この返事。
絶対聞いていないな。
「そんなことより、今度修学旅行に行く場所を検索してたんですけど
ユニオンランドって素敵なところですわね」
ほら、俺の話を軽く聞き流した。
そんなことってなんだよ、まったく。
しかし、いつものことだと思えてしまう。
慣れとは恐ろしいものだ。
ちなみにビビアンの言う修学旅行は一週間後に控えている。
一日目が奈良で歴史のお勉強……興味ない。
二日目は京都で歴史のお勉強と自由行動、しかし自由行動の時間は短め。
三日目に大阪で終日、話題のテーマパーク・ユニオンランドを楽しむという超嬉しい予定。
四日目に大阪を軽く観光して帰宅。
修学旅行はグループ行動が主で、
まだ友達がいないビビアンは、不安になるのではないかと心配していた。
が、コミュ力お化けのお嬢様は、
そんな俺の心配なんかどこ吹く風と、
すでに友達も作り、
今はユニオンランドの動画に夢中になっている。
「この建物は、わたくしのお屋敷と似ていますわ」
ビビアンが動画を見ながら呟く。
「あぁ、そうだな」
後ろから動画を覗き、軽く相槌を打った。
「それから、このパレードの後ろの方で踊っている方……
お父様にそっくりなんです」
ビビアンがスマホを、俺の顔の前に持ってきて指を差す。
指の先を見ると、
ヴァンパイアのボスらしき男が、中世ヨーロッパ風の服装でマントを羽織り、
キレッキレのダンスを披露していた。
「俺は、伯爵に会う機会が少なかったから、よくわからないな。
まぁ言われてみれば、後ろ姿とかそうかも」
何度か見かけた程度の記憶を思い出す。
「わたくしもこんな風に踊ってみたいわ。
それに、ここに行けばこのお父様みたいな方に会えるのね」
ビビアンは目をキラキラさせて動画を眺めている。
「……あー、会うのは無理だな。
そのパレードは夜だから、その前に集合時間になって無理」
パレードの時間を検索して、そう伝える。
「あら…そうですの……残念ですわ」
心底、残念そうにしているビビアン。
可哀そうだが、学校の団体行動ってやつは
特に時間厳守だからしょうがない。
何とかしてやりたいが、こればっかりは難しすぎる。
そんなことを考えていると
下から母さんの声がした。
「ビビアンちゃん、ただいまー。
マナブもいるの?」
ドサッと荷物を置く音がした。
どんだけ買い込んできたんだよ。
「わーい、お姉ちゃんだー」
どうやら弟も買い物について行ってたようだ。
帰ってくるなり階段をダダダダッと駆けのぼってきて、いきなりドアを開けた。
「ビビ姉ちゃん、こんちわー」
俺におかえり、はないのか?
「おい、部屋に入るときはノックをする!」
元気よく飛び込んできた弟を注意する。
「はーい」
弟はよくビビアンに懐いていて、
母さんもビビアンを娘のように可愛がっている。
「今日はコロッケ作るから、ビビアンちゃん手伝ってくれる?」
当然のように手伝いを頼む母さん。
「母さん、ビビアンは家政婦じゃないんだぞ。
お向かいのセバスさんにちゃんと断りを入れてだな……」
と言っている途中でビビアンに割り込まれる。
「はい、喜んでお母様。
ついでと言っては何ですが、
マリアも一緒にコロッケ作りを手伝わせていただいてよろしいかしら?
レパートリーをいろいろ増やしたいそうで」
みんなして俺の扱いひどくない?
「マナブ、ほらね。
ビビアンちゃんはわかってるのよ。
家政婦じゃなくて嫁よね!」
母さんの突然の一言に
「違っ……!」
と全力で焦ってしまう俺。
「兄ちゃん、顔赤いよ。お熱あるの?」
弟よ……
こういう時だけ真っ先に拾わなくていいんだぞ?
こんなやりとりをして、
結局、夕飯は父さんも帰ってきて
マリアさんだけでなくセバスさんも合流し、にぎやかな食卓になった。
「茂木さま、お招きいただきありがとうございます。
今日はちょっと上物を手に入れまして」
セバスさんは手に持ったボトルを少し上げてみせる。
「これはずいぶん良いワインを手に入れましたね!
僕も今日はつまみを仕入れたんですよ!
さぁさぁ、こちらへ!」
酒飲みコンビがいつものように
仲良く席に着く。
「マリアさん、お料理上手だわぁ。
さすがメイドさんね!
手際もいいし、セバスさんも幸せ者ね」
少しするとそんな話をしながら
料理を持った母さんとマリアさんが
台所から料理を運んでくる。
「あ、いえ、まぁ……」
母さんのストレートな物言いに
マリアさんは恥ずかしそうにしている。
そんな中、先ほどのビビアンとのやり取りを思い出す。
こんな賑やかな家族と一緒に過ごしているからか、
俺はビビアンの家族のことなんて考えもしなかった。
散々いろいろ言ってきた父親なのは確かだ。
しかし、そんなんでも父親は父親。
家を出たとはいえ、向こうにいればどこかで会う機会もあったかもしれない。
しかし突然、こちらに転移させられ、別れの挨拶も出来ず今生の別れとなったのだ。
今でも思わない日はないのかもしれない。
寂しそうな、悲しそうな、そんな複雑な表情をしていたビビアン。
だが彼女は、そんな気持ちを決して言葉にはしない。
強がりは相変わらずだ。
なんとか会わせてやりたいが……
などと考えている俺の思いも知らずに、今のビビアンときたら、
「よろしくって、ここでこうやって回って、
右、右、右、左、左、左、ジャンプ!」
ネット動画で見たゾンビ・デ・ダンスを弟に教えている。
もう覚えたのか。
さすが才女、覚えが早い。
……寂しそうとか俺の気のせいだったか?
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