第40話 大切な人、そしてラスボス
俺は自慢じゃないが、立派な帰宅部だ。
だから、わりと早く帰ることができるのだが、
留守中のビビアンに何かあるのではないかと気が気でなく、いつも走って帰る。
そして、走ってきたことがバレないよう息を軽く整えてから玄関を開け
靴を脱ぎながら何事もなかったかのように
「ただいまー」
と声を発する。
その言葉に、いつもの返事はなく、
居間には誰もいなかった。
階段をトットットットッと軽快に登り、部屋のドアを開けた。
そこにもビビアンはいなかった。
鞄をベッドに放り投げ、家の中を探していく。
台所か?
……いない。
洗面所?
……いない。
……もしかしたら母さんと買い物に行っているのか?
と、そこへタイミングよく母さんが帰ってきた。
「ただいまー、よいこらしょっと」
玄関に両手に持ったビニール袋を下ろしている。
「あれ、ビビアンは?」
母さんと一緒でもない?
遅れて入って来るのか?
「何よ、一緒じゃないわよ?
一人で荷物を持つのってこんなに大変だったかしら?
ビビアンちゃんがいたから忘れてたわ
いないといろいろ困るわね」
母さんは肩を回しながら台所へ入っていった。
あいつ…いったいどこに……
もう一度、自分の部屋に戻りベッドに腰かけると、
足元にキラリと輝くものが目に映る。
拾ってみると、それは向こうの世界で見かけたことのある金貨だった。
まさか、家賃代わりに金貨を置いて向こうの世界に帰ったのか?
嫌な想像が膨らんでいく。
冗談じゃない!
俺に黙って出ていくなんて、
相変わらず礼儀知らずなお嬢様だ!
あれだけ……
あれだけ、もう離れないとか言っておきながら、
勝手に帰るなんて詐欺じゃないか。
オレオレ詐欺ならぬ、
離れない離れない詐欺だ!
……言いづらいし、語呂わりぃな。
でもまさか、そんなことはないだろう。
と、思いながらも嫌な想像を打ち消せないまま、俺は窓を開ける。
落ち着け、俺。
そのまま向かい側のマンションに目をやる。
このマンションのバルコニーにビビアンを見付けたのは、ついこの間だったな。
当時のことを思い出し、気を紛らわせる。
その思い出の部屋に明かりがついた。
もう誰かが引っ越しちゃったのか。
少し残念に思いながらも、そのままぼんやり眺めていると、
バルコニーに年配の男性が出てくる。
もしかしたら、またビビアンが出てくるかもしれないという淡い期待は、
この男性に打ち砕かれた。
その男性はしばらくバルコニーから周りを見回していたが
俺と目が合い、丁寧におじぎをしてきた。
こんな爺に知り合いいたかな?
いや、お向かいさんだから挨拶しただけか。
その後、男性は部屋の中に向かって何か言っているようだった。
すると、部屋の奥から今度は女性が出てくる。
それは、もう毎日のように見ていた姿だ、見間違えるはずがない
……ビビアン!
「あらー、おかえりなさいませ。
セバスチャンもマリアも
こちらの世界に来たので思い切ってお部屋を買ってみましたの!
あなたもこちらにいらっしゃいな」
近所に響くだろうが、
そんな大声出すなよ。
恥ずかしくてうるうるしてきたわ。
ウルトラソウルだわ……HEY。
何言ってんだ俺?
「なんだビビアン。
いたのか。
っていうか、なんで人数増えてるんだ?」
精一杯強がって見せる。
今だけは隣にいなくてよかったと思う。
「例のドジな神様からのサービスですって!」
あの神……またミスって転移させたんじゃないだろうな?
もうミスりすぎて信用ないからなぁ。
「意味不明だが……
とりあえずよかった……ちゃんといてくれて」
俺は呟く。
「え?
今何かおっしゃいました?
遠くてよく聞こえませんわ。
あっそれと!お願いがありますの。
今から配信したいんですけど、また手を貸してくださるかしら?」
全く……人使いの荒いお嬢様だ。
前から何も変わらないな。
「待ってろ。今行く」
そう伝えてゆっくりと部屋を出ようとする。
「待てませんわ。早くいらして!」
背中から聞こえる好きな人の急かす声を浴びて
しょうがないなと俺は部屋を飛び出した。
この世界にモンスターはいない。
しかし、俺の心をかき乱して、平気な顔しているお嬢様。
ビビアンは俺にとって、最推しで最強のラスボスなのだ。
さて、どうやって射止めてやろうか。
……俺、弓使えないけど。
————To be continued.
「わたくしたちの冒険はまだ始まったばかりだー!ですわ!」
「おい。フラグを立てるな」
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