第36話 ビビアン、そしてモブ
「ところで、どうやってここに来た?」
ようやく少し落ち着いたので、質問をしてみる。
「あら、来てはいけませんでした?
わたくしの前にも神様が現れましたの。
それで送ってもらったんですわ。
あの霊峰ヘブンズ・ドアに、夜一人取り残されて無事に帰れるわけないでしょう?
まぁ……ここに来たのは、きっといつものミスでしょうけど」
確かに、お互いに下山のことは考えていなかったな、と反省する。
それにしてもまぁたミスったのか!
「ビビアンが帰る時のことまで、気が利かなくて悪かったな。
そうか、あの後そんなことになってたのか」
俺は少し恥ずかしくなりながら話をぼかす。
「あの後?」
ビビアンはキョトンとした顔をしながら質問を投げかけてくる。
何だ?もう一回言わせようとでもしてるのか?
一回しか言わないって言ったのに?
「……あの呪文の後だよ」
まさか、聞いてないとか忘れたとかじゃないよな?
俺は不安になり始めた。
「え?なんの呪文ですって?」
ビビアンは不安になる俺に目もくれず、
部屋の中をキョロキョロと見まわし始めた。
こちらの世界の物が珍しいんだとは思うが
お前が聞いてきたことだからな!?
少しは興味持てよ!
「物がごちゃごちゃして狭い部屋ですが、
見たこともない変な物がいっぱいありますわね。
あ、見つけましたわーーー!スマホ!!」
俺の思いは届かぬまま
ビビアンは、机の上に置いてあったスマホを見つけて手に取った。
「だめだ。
それはもう俺の手に戻ってきた、っていうか、もともと俺の物だ」
と、俺が止めるより早く、配信アプリを開いてしまった。
素早い。さすがに手慣れている。
「えっと、ここに立てかけて…っと。
じゃ、配信はじめるわよ、よろしくって?」
と俺のほうを振り返り、笑顔を向けてくる。
しかし、固定が不十分でスマホが滑り落ち、画面が上を向く。
「あら?上手く固定できていなかったようですわね」
スマホを拾い上げようと背中を向けたビビアン。
俺は彼女を後ろからぎゅっと抱きしめた。
「今回だけは神様に感謝……だな」
リスナーさんが来る前に、伝えたいことがあった。
「……ちょ、何ですの?」
ビビアンが少し照れているのが顔を見なくてもわかった。
「ここには、ゴブリンもドラゴンもいない。俺も討伐に行かないぞ?
それでもいいのか?」
もう俺には配信のネタになるようなものはない。
この世界も平和そのもの。
ビビアンにとっては退屈かもしれない。
そう思ってしまう。
「えっと……?」
ビビアンは意味がよくわかっていないようで
困惑しているように見えた。
「君はそれでもここにいたいと思うのか?
俺はどんな世界でも君を守りたいと思ってる。」
俺はビビアンの気持ちが知りたかった。
ビビアンが拾おうとしたスマホが目に入る。
コメント欄が流れていく。
「あなたにわたくしが守れますの?」
久々の配信だし、ビビアンは人気者だ。
でも俺にはそんなこと関係ない。
どんなにファンが増えようと、ビビアンは俺のだからだ。
それをここで公言しておきたい。
「大丈夫。
俺、最強だから」
まさかこんなこと言えるようになるとは……
ドラゴン討伐のおかげで自信がついたかな??
それにしても……どっかで聞いたような気がするセリフだな。
(やったー、一番乗り!めっちゃ久々!!ビビアン、来たよー!無事だったんだね)
(……?ずっと天井映ってるだけじゃん)
(この天井、和風建築か?俺の実家に似てるww)
(木目の天井……?)
(蛍光灯に紐ついてるよ?ここワンチャン日本じゃない?)
(え?どこにいるのビビアン?)
(ドラゴンがどうのって言った?これはモブの声じゃないか?)
(まさかまさかの愛の告白?)
(モブ……ビビアンのこと遊びじゃないだろうな?)
失礼だな、純愛だよ。
……これもどっかで聞いたようなセリフ……まぁ、気にしないでおこう。
抱きしめているビビアンの身体が、少しずつ熱くなっていくのがわかる。
「わ、わたくしはあなたがいてくれればそれでいいんです。
そこまで言うんですから、今度わたくしから離れたら許しませんからね。
覚悟はよろしくって?」
抱きしめられながらもこちらを振り向き、
真っ赤な顔で言ってくる。
「ああ、上等だ。君こそ後悔するなよ?」
(あーーー天井しか見えないぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃい!!!!)
(ゴブリンの時と同じパターンじゃん)
(このアングルを、ゴブリンアングルと名付けよう!みんな使っていいんやで?)
(そう呼ぶのはきっとお前だけだ。許可なんて出さなくていい安心しろ)
(モブとビビアンがどうなってるかは、想像しろってか?)
その時、部屋のドアが開いて、母親がお茶を持って入ってきた。
「マナブー、お茶持って……あ…お邪魔だったわねぇ。
ここに置いとくからどうぞごゆっくりー」
俺は慌てて母親に言った。
「誤解だーー!!!」
と叫ぶ俺に、
「ここ二階ですわよ?」
というビビアンからの天然ボケが飛んでくる。
「そういうことじゃないんだよ」
冷静なツッコミをする俺の言葉など無視して、
彼女は落ちたスマホを拾い上げ、立てかけ直す
「これでようやくまた配信が出来ますわね!
さぁ、今日はわたくしたち二人で配信しますわよ!!」
と、ビビアンはウィンクして言った。
なんだ、その破壊力のある攻撃は。
ハートをぶち抜くどころか爆散させるつもりか?
ってか俺も配信に参加決定!?
「じゃ、仕切り直しますわ。
皆さま、ごきげんよう。ようこそ【ビビアンの部屋】……
改め、【モブの部屋】でーす!」
ピースをしながら少し首を傾げるビビアン。
まったく…
どこにいても相変わらずのワガママお嬢様だ。
俺は大きく、はぁ…と大きく溜め息を吐いた。
相手は『あの』ビビアンだ。
もう諦めるしかないか。
でもな…言っておくが……
「俺はモブじゃねー!」
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