第33話 これからの自分、そしてドジ発動
目の前から忽然と居なくなった彼。
「……本当におバカさんね!
大切なことなら、そんな小さな声じゃなくて
もっと大きい声で言ってくれなきゃ
ちゃんと聞こえないじゃない!
おまけに逆光だってことも気付かないで……
表情すら読めなかったわ。
百歩譲って、今のが告白のつもりだったとしても……
何で居なくなる前なのよ。
ついでに言わせてもらうと、剣じゃなくて指輪くらい置いていきなさいよ。
ほんっと…バカ……」
覚悟していたはずなのに……
こんな時でも私は憎まれ口しかたたけない。
素直に……なれない。
もう泣くものですか。
こんなことで泣くわけないでしょ。
私を誰だと思っているの?
伯爵家の令嬢ビビアンですのよ?
もう家を出ますけど。
……そうだったわ。
私はもう何でもないただのビビアンでしたわね。
彼がいなくなり、家を出て、配信も出来ない、
私に何が残っているの……?
そう考えると自分が惨めに思えてくる。
瞳に溜まった涙が少しずつ溢れ出す。
スマホも三脚も、細かい光に包まれ、さらさらと風に舞う砂のように
散り散りになって消えていった。
「彼にもリスナーさんにも…最後にお別れの挨拶ができませんでしたわ……」
もうこの世界には彼もスマホもない。
その事実がまだ受け止められず私は動けずにいた。
すでに太陽は沈み、辺りは闇に染まり始める。
オレンジ色と藍色の美しいグラデーションを織りなす空は
彼との大切な思い出と、全てを失ったかのような絶望の狭間にいる
私の心を表しているかのようだ
暗くなり始めた山に、一番星が輝いているのが見える。
気温が下り、肌寒い岩山で私は一人佇んでいる。
こんな苦しい時はいつも、セバスチャンやマリアが居てくれて、
リスナーさんが勇気づけてくれて
彼も心配してくれていたのに、今ここには助けてくれる人はいない。
もう帰れそうにないわね。
『困ったときは神のご加護を願うといいですよ。きっと神様が助けてくれます』
と子供の頃にセバスチャンがよく言っていたことを思い出す。
それが本当なら、神様が助けてくれるのかしら?
いいえ、彼を間違えて召喚するような神様ですもの、
まともなことができるわけないわ。
「ねぇ?神様。
あなたはドジな神様ですもの。
わたくしを救うなんて出来るはずがないですわよね?
期待するだけ無駄ですわ……」
私はここでドラゴンの餌になって死んでいくのね。
これから先の人生をもっと楽しんでみたかったわ。
いえ……私にはもう何もないもの。
そんな最後がお似合いかもしれませんね。
すっかり闇に染まった空に瞬く星が涙でゆらゆらと歪んで見える。
その時、誰かが肩をポンと叩いた。
「お嬢さん、そこまで言わなくてもいいのでは?
わしはずっと気にかけていたのに」
突然のことに身体をビクッと震わせ、恐る恐る振り向く。
絶望と恐怖から、瞳に溜めていた涙がポロっと零れてしまう。
涙越しに映ったのは
袖元が金色で縁取られた白い服を着た変なお爺さん。
このお爺さん…前に彼が言ってた神様の特徴と同じ……
「ま、確かにわしは、ちょっと抜けたところもあるがの。
そんなところがチャームポイントなんじゃが……
何度もドジ呼ばわりされるなら出てくるしかあるまい?
これでも申し訳ないと思って、
少年にはいろいろしたつもりなんじゃよ?
サービスサービスぅ♪
太っ腹じゃろ?」
とても軽いノリで話してくるお爺さん。
「あなたが彼の言っていたドジな神様ですの?」
あまりに威厳も何もないので疑いの目を向ける。
「ドジな神様ではない。転移と転生を司る神じゃ!」
神様は威厳を示すかのように、長い杖を天にむけて大きな声でそう言い、偉そうなポーズをとった。
「まぁ最近、老眼が進んで、6だか9だかよくわからなくなって
転移者の座標を間違えてしまったのが発端ではあるが。」
そう言いながら頬の辺りをポリポリと掻く神様。
「しかし、この世界で楽しく暮らしていけるようなら、
このままいても良い、とは言ったんじゃよ?
それでも少年は、帰ると言うからしょうがない」
……?
そろそろ帰りたいじゃろって話を持ち掛けたのは
神様じゃありませんでしたの?
私の頭は混乱し始める。
「お嬢さんにも大変迷惑をかけてしまったようだしの。
ふむ、このまま夜の山でお嬢さん一人にするのは危険じゃな。
それにドジの神様と思われ続けては、わしの面目が立たんからのぉ。
出血大サービスで特別にお嬢さんを送ってしんぜよう」
そう言うと神様は、長い杖をくるりと一回転させた後、
足元をトンッと軽く突いた
すると、一瞬で地面に魔法陣が出来上がる。
そしてそのまま、混乱する私をよそに神様は話を進めていく。
「ほれ、魔法陣の真ん中に立ちなされ」
私は、思考も回らず、涙もそのままに魔法陣の真ん中に立った。
これでとりあえず山からは帰ることができる。
落ち着こう、考えるのはそれからにしようと深呼吸を繰り返す。
でも、どこへ送るのかしら?
ロッソ邸はこのまま出る予定でしたし、セバスチャンの待つ宿屋かしら?
「待って、神様。
わたくしだけではなくここまで協力してくれたセバスチャンや、マリアにも
何かしてあげられないかしら?
わたくしだけではこんなに上手くは行きませんでしたから」
二人にも感謝を伝えたい。
何者でもない私には、何もできないから。
「うむ、あの男も娘も良き働きをしておったのぉ。
お前さんたち二人を守ってくれた。その願い聞き入れよう」
その言葉にほっと胸を撫で下ろす。
「ありがとうございます。では、お願いします」
神様は呪文を唱え、杖を振った。
私は、ものすごい光と風の渦に飲まれていった。
彼もこんな感じで転移していったのかしら?
そんなことを考えていると遠くの方で神様が呟いた言葉が
耳に入ってきた。
「あっ!またやっちゃったかの?
……まぁ、大丈夫じゃろ」
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