第32話 素直な気持ち、そして本当の気持ち
え?この流れで?
急すぎませんか?
リスナーさんとのやり取りで何かあったのかしら?
彼は魔法陣が描かれた羊皮紙を広げ、地面に描き始めた。
その彼に気付かれないよう、私はそっと画面をのぞき込む。
(あ!ビビアン!なんかさっきのは内緒らしい)
(モブの本当の気持ちを聞いた方がいいよ?)
(俺の歌……じゃなくてモブの気持ちを聞けぇ!)
(あいつも大概ツンデレみたいだからなw)
彼のほうに視線を戻すと、何も言わず作業に集中している背中が見える。
こんな時に言う言葉じゃないとは思いますけど、
急いで帰りたがる理由を知りたい。
「出会った頃、俺杖ー系になるとおっしゃてたわよね?
帰ってしまうということは、もう杖になったってことかしら?
でも、あなたがいなくなったら……」
そこまで言うと
私の言葉を遮り彼が答える。
「杖?つえぇ系な?
いなくなったら寂しいとか言うんじゃないぞ」
その言葉に私はつい強がってしまう。
「……スマホがなくて、とんでもなく不便になるわ」
私ったら何を言っているの?
お別れが迫っているというのに、
こんな言い方したら彼よりスマホが命みたいじゃない。
そうじゃないの。
聞きたいこともたくさんあるの。
何で帰りたいの?
もう二度と会えなくなるの?
この世界は楽しかったですか?
私との時間はどうでした?
私のこと……どう思ってましたの?
何も聞けないまま時間は過ぎ、魔法陣は完成してしまう。
彼はクリスタルを持ってその真ん中に立ち、神様に言われた通り自分の気持ちを口にした。
「日本に帰りたい」
…………………………?
何も変化がない。
「あれ?ダメだな。
言い方が悪いのか?
えっと、元の世界に戻りたいです」
…………………………
これも変化がない。
日はかなり傾き、もうすぐ日が暮れる。
「あのぅ、すみませんが、まだお時間かかるのかしら?」
痺れを切らした私は声をかける。
「俺にわかるわけがないだろ?」
まぁそれもそうですわね。
……どうせこれで会えなくなるのなら、
思い切って言ってみようかしら?
「最後に一つだけ質問してもよろしいかしら」
私は意を決して話し始めた。
「何だ?」
描いた魔法陣と羊皮紙を見比べ
ミスはないかと確認している。
難しい顔をしつつも、ちゃんと返事をしてくれた。
「あなたがそんなに元の世界に帰りたい理由は何ですの?
リスナーさんの話では、
普通は異世界に転移したら、その世界で強くなって成り上がりたいものだと聞きましたわ。
でもあなたは、即答で神様に帰りたいと言ったのでしょ?
その理由はなんですの?」
これくらいは知っておきたい。
まぁ、向こうの世界に待ってる人がいるとか言われたら、絶望したぁ!!ってなりますが。
ドキドキしながら
なぜか少し困っている彼の返事を待つ。
「そ、それはな……、間違って転移したんだから、それを正すのは当然だろ?」
彼はしどろもどろな返事を返してきた。
なんか顔が赤くありません?
これは嘘だ、と私は直感した。
「おバカさんですわね。
そんな演技でわたくしを騙せるとお思いですの?
本当のことをおっしゃって」
私の追及に彼は、
「じ、実は、推しのライブチケットが当たってたのを思い出したんだ。
だからそれに間に合うように帰りたいんだよ」
と答える。
推し?
この言葉はリスナーさんも、私に対して使ってた言葉だわ。
確か、お気に入りや憧れの人物とかいう意味だったはず。
「推しですって?
あなたは、元の世界に推しがいると言うの?
その方とはお付き合いされているの?
なんてことですの!
わたくし以外に女がいたなんて!
この女たらし!!」
私は泣きそうになりながら言葉を並べる。
そんな姿を見たからか何なのかわからないが
彼はさらに焦り始める。
「あ、相変わらずうるさいな。
残念、今のも嘘だ。
こんな演技でも君は簡単に騙せるみたいだな」
嘘だとわかってほっとしたような、バカにされたような複雑な気持ちの私。
ここは喜ぶところなのかしら?
「も、もちろん、そうだと思っていましたわ。
騙されたフリをしただけですの。」
溢れそうな涙を無理矢理こらえ、精一杯強がる私。
あなたがこの世界からいなくなっても、絶対に泣くものですか。
「本当に最後の質問のつもりなんですから、
お願い、あなたの本当の気持ちを教えて?
もう二度と会えなくなるのでしょ?
でしたら、あなたが帰る本当の理由くらい教えてほしいのです。
わたくしはもう弱いビビアンじゃなくってよ。
どんな答えでも覚悟はできているつもりですわ」
彼は少し考え、唸っていたが
突然ハッとしたように話し出す。
「俺が帰る本当の理由……
それだ!神様が言っていた呪文。
『俺の純粋な気持ち』!」
私が覚悟を決めて話しているのに、突然大声出して……
帰ることに頭がいっぱいで私の話なんて聞いてくれないのかしら?
「呪文が何かとか、わたくしには全然わかりません。
そもそも!
神様に間違いで転移させられたか何だか知りませんが、
わたくしの前に突然現れて
心の中をいっぱいに埋めて、かき乱して……
このまま何も解決せずにいなくなったら許さないから……
あなたと過ごした素敵な日々……
その思い出だけを残していくなんて、
絶対に嫌!!
こうなったのは全部、神様のせいよ!
……神様なんて大っ嫌い!!」
私は大きな声で泣きながら叫ぶ。
もう涙を止められなかった。
「しっ、静かに!」
彼は泣きじゃくる私の口元に指を添える。
ビックリした私はしゃっくりだけを残し黙り込む。
そして彼は、黒髪の隙間から見える澄んだ瞳で、こちらをじっと見て言った。
「いいか?
これから大切なことを言う。
一回しか言わないからよく聞いてろよ?」
ふーっと息を吐き、クリスタルを持って再び魔法陣の中心に立つ彼。
彼の背中越しに見える、沈んでいく太陽。
逆光のせいか、彼はいつもより輝いて映る。
少し間をおいて振り向き、私を見つめながら彼の唇が動き始める。
「俺はお前のことが…………」
突然、まばゆい光が彼を包み込み、私は思わず目を閉じてしまった。
——カラン
次に目を開けた時には、彼の姿は消え、
剣だけが地面に残されていた。
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