第2話 拾った彼に餌付け、そしてスマホ配信
彼はどこの国の人かしら。
雨水と服の汚れを落としきった彼へ視線を向ける。
湿った黒い髪、吸い込まれそうな黒い瞳
不思議な服装に身を包んだ彼は
神秘的な雰囲気を醸し出している。
目が離せなくなりそうになるのを堪え
私は馬車に乗り込む。
その後、彼に馬車に入るよう促した。
「どうぞこちらへ。遠慮はいりませんわ。
ちょっと不思議な服装をしてらっしゃるけど、
例えどこの国の方であってもわたくしは気にしませんわ、ご安心くださいませ」
緊張しているのか、彼はぎこちなく同じ方の手足を同時に前に出して歩き始めた。
追い掛けられていたとはいえ、さっきまで疾風のように走っていた少年とは別人のようだ。
そんな元・疾風の彼は、馬車の乗り口の階段でつまずいて盛大に転んだ。
その瞬間、彼の胸ポケットからカードのようなものが勢いよく飛んで私の足元に落ちた。
「あら、大変。大丈夫?
せっかく助けたのにお怪我をされたら意味ありませんのよ?」
飛んできたものを拾い上げながら、彼を気遣う。
それはタロットカードのような大きさだが絵柄はなく
全体が滑らかで光沢がある中
片面だけ黒い鏡面のようになっている。
今までに触ったことのないほどツルツルとしていて
意外と重さもあった。
危険物と思ったのか、セバスチャンは馬車の外から、入口に転がる彼を踏み越え
慌ててそれを私の手から取り上げようとする。
転んだ上に踏まれた彼が、ゆっくりと身体を起こしながら言う。
「それは危ない物じゃない……ありません」
その言葉を聞き、セバスチャンは手を離す。
さらに、彼は続ける。
「ひとつ聞きたい。どんな人物かもわからないのに、どうして俺を助けたんだ……ですか?」
私は、彼が落としたカードのようなものを見つめながら言った。
「何故かしらね。わたくしにもわからないわ」
あなたの神秘的なオーラに惹かれてなどとは言えるわけがなく、
とぼけながらカードの汚れを拭き取る。
「どうせ、貴族様の気まぐれで、憐れな平民を救ってやった、とかだろ?
いいから、スマホを返してくれ」
起き上がり私の向かい側に座った彼の口から出た言葉は
人を信用しない、警戒している
トゲのある言葉だった。
まぁ、衛兵に何も話を聞いてもらえず、追い掛け回されたらそうなりますわね。
でも、その言い方は許せませんわ。
「助けてもらって、ずいぶんと失礼な言い方しますのね。
いいんですのよ。今すぐあなたを馬車から放り出しても。
そしたら、また衛兵に追いかけられるかもしれないわね。
それも面白いわ」
追い掛けられていたのは可哀そうですが
私に八つ当たりするのはお門違いですの。
馬車に乗り込んだセバスチャンも、
彼のその言葉に警戒してか私の隣へ座り、
鋭い視線を彼へ向けている
「くっ……」
彼が反論してこないところを見ると、
また衛兵に追い掛けられるのは避けたいようね。
「このカードは、すまほ?といいますの?」
その滑らかな光沢のある黒い面を見て、私は好奇心を刺激された。
「このスマホという物、私が預かってもよろしくって?」
「なんで!?嫌だ…。それは俺のだろ」
なるほど、確かにそうよね。
これは、ちょっと方法を変えた方がいいかもしれないわ。
「セバスチャン、屋敷にどこか空いている部屋はなかったかしら。
彼をしばらく住まわすことはできない?」
「使用人部屋なら、先日、ちょうどひとつベッドが空きました」
その言葉に、私は両手をパンっと打ち、
「ちょうどいいわ。あなた運がいいわね!
ロッソ家に住むのと引き換えに、このスマホとやらをわたくしに預けません?
見たところ住む場所もないんじゃなくて?」
荷物はスマホのみ、服装や身なり的にもここら辺の人ではないと予測し提案する。
案の定、彼は「うっ……」と悩み言葉に詰まっている様子。
その反応を見て、上機嫌でスマホを触っていると、今まで黒かった面が光り、
きれいな色とりどりの四角いマークがたくさん並んでいるのが映し出された。
その中に、私の名前のアルファベット『 B 』がデザインされたものを見つけ、気になり触れてみる。
すると突然、画面が切り替わり、違う画面が表示される。
彼は驚いて
「電波入ってる!?」
でんぱ?
その聞きなれない言葉も気になったが
映し出されているモノも私の興味を引く。
「あら!いろんな方の顔が映っていますわ!!!」
そこの画面に映し出された人は
どの人も楽しそうにしているのが見えた。
それに惹かれ、さらに触ろうとすると、
「ちょっ……!?」
いきなり、スマホを奪い取られた。
あっ、元々は彼のでしたわね。
「なんですの!?」
「何って、これは配信アプリだ。勝手に配信に入らないでくれ」
はいしん? あぷり? 入る?
馬車の中で何に入るんですの?
でも、その慌てっぷりを見ると、もっとすごいことが起きるということね。
俄然、私はこのスマホについてもっと知りたくなった。
「セバスチャン、使用人たちの今夜のメニューは何かしら?」
私はとある作戦を思いつき
セバスチャンに問い掛ける。
「確か、カボチャのクリームシチューと黒パンだったかと……」
あれだけ走っていたんだもの
彼は絶対お腹が空いているはず。
彼の食欲を刺激すれば、
はいしん?とやらを教えてくれるはずだわ。
「このはいしん?もう少しだけ見せてくださるかしら?
見せてくれたら、あなたのシチューだけ大盛にしてさしあげましてよ」
私が予想した通り、彼はゴクリと生唾を飲んだ。
そして、そのまま静かにスマホを渡してきた。
作戦通り!ですわ。
私はきっと意地の悪い顔をしていたことだろう。
そしてもう一度じっくりスマホを見てみると、配信をしている人が何人かいた。
いくつか見て回ったがみんな楽しそうにおしゃべりしたり
歌っていたり、見たこともないダンスを披露している人もいる。
そのひとつひとつの配信は『 枠 』と呼ばれ、いろんな人と『 コメント 』というやり取りが出来るそう。
枠を見に行くことを『 入室 』、見るのをやめることを『 退室 』と呼ぶ、
言わば自分の部屋のようなものだと彼は教えてくれた。
何て楽しそうなんでしょう!
この中には、自分らしさを発揮して輝いている人たちがたくさんいる。
そこは、今まで見たこともない生き生きとした世界が広がっていた。
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