第28話 戦闘開始、そして恐れていた出来事
横に並ぶ彼は、すでに鞘から剣を抜き、構え
臨戦態勢をとっていた。
「済んだのか?」
隣に並んで剣を構えた私に、彼は声をかけてくる。
「えぇ」
私は短く答えた。
…………
濃霧の中、姿が確認できる位置まで近付いても
ドラゴンは寝たまま目を覚ます気配はない。
今一度、深く息を吸ってゆっくりと吐き出し
冷静にドラゴンを観察する。
全身は漆黒の鱗で覆われ、白い爪がよく目立つ。
翼は折り畳まれ、寝ているだけなのに
ゴブリンとは比べ物にならないほどの威圧感を放っている。
ドラゴンは時折、呻き声にも似たいびきをかいていた。
剣を構えたまま、じりじりと距離を詰める私と彼。
モンスターとは言え、寝込みを襲うだなんて何だか気が引けますわね。
私が躊躇していると、先手を打って出たのは彼だった。
走り出しドラゴンとの距離を一気に詰めて行く。
「でやぁぁぁっ!!」
彼は跳躍し、大きく振りかぶった剣がドラゴンの首を目掛け、振り下ろされる。
——しかし、
カキンッ!!
「コイツ……硬すぎる!」
堅い鱗に弾かれ、体勢を崩しつつも着地した彼。
よろめきながらも何とか剣を構え直していた。
突然の攻撃を受け、異変に気付きドラゴンは目を覚ます。
グルルル……と重低音の怒りとも取れる唸り声を上げながら、鋭い眼光で私たちの方を見ていた。
「わたくしも加勢しますわ!」
剣を握る手に力を込め、私は走り出す。
ここで彼の足を引っ張るわけにはいきませんわ。
「ま、待て!」
彼が呼び止めるとほぼ同時、ドラゴンは折り畳んでいた大きな翼を広げ、咆哮した。
「グォォォォォォッーー!!!」
咆哮は体の芯まで浸透し、全身の筋肉が硬直する感覚に襲われる。
一瞬動けなくなった私に
翼を広げた時に発生した、弾丸のような風圧が直撃する。
「きゃっ!?」
防御をすることも出来ず、吹き飛ばされる。
「バカ!!!何やってんだ!!!!」
一瞬早く防御の体勢に入っていた彼はすぐさま私の前に立ち、庇うように低い姿勢で構える。
幸い、私は上手く着地でき、吹き飛ばされただけで怪我はなかった。
体勢を立て直すと、剣を握るのと反対の手が眩い光に包まれていることに気付く。
目をやると小瓶が収まっていた。
「皆さまに心配かけてしまったわね」
リスナーさんから送られた回復薬らしきそれには、
何やら鮮やかな青色の澄んだ液体が入っている。
しかし、何ですの?
このドラゴン、翼を広げただけであの威力だなんて……。
私は立ててあるスマホの無事を確認しつつ、
小瓶をアイテムポーチに入れて剣を構え直す。
ドラゴンは攻撃をしてくる訳でもなく、ただその場で威嚇するように唸り、こちらを凝視していた。
まるで私たちの出方を伺っているかのようですわね。
「行けるか?」
こちらを見ずに問いかける彼に
「誰に向かって言ってますの?行けるに決まってますわ。」
私は強気で返す。
一瞬のアイコンタクトでタイミングを計る。
そして今度は二人同時に走り出し、ドラゴンを左右から挟み込むように展開した。
ドラゴンはどちらの攻撃に対応するかに迷っているらしく、彼と私を交互に見やっていた。
その隙を彼は見逃していなかった。
一気に懐へと潜り込み、ドラゴンの腹部を切り上げる。
「はあぁっーー!」
不意を突かれたドラゴンは大きな雄叫びを上げ、彼に向って前足を薙いだ。
切り上げた剣の勢いのまま、
ドラゴンの攻撃範囲から離脱していた彼の目の前を鋭い爪が、空を切って通り過ぎる。
鱗のない唯一の弱点を突かれた悔しさからかドラゴンは、再びグルルル……と低く唸る。
「ドラゴンってお腹が弱いんですのね!」
私は弱点がわかり、目を輝かせる。
「なんか、違う意味に聞こえるな……下しやすい的な」
何か言われた気がしたが、スルースキルを発動させ、今度は私がドラゴンの懐に踏み込んだ。
その瞬間、剣が眩い光の粒子に包まれ姿を変える。
リスナーさんが私の攻撃に合わせて武器のギフトを投げたようですわ。
光が収まると、そこには柄と刀身の繋ぎ目に輪っかがついていて、
綺麗な刃文が目を惹く美しい曲剣?らしき物があった。
なんですのこれ、本当に剣ですの!?
でも信じるしかありませんわ!
「でやぁぁぁぁーーーーですわぁ!!」
重さは、いつも使っている剣よりも軽く、片刃ではあるが扱いやすかった。
その刃はドラゴンの腹部に当たると、するりと入っていき力をかけずとも切れていく。
切れ味に妖しさすら感じ、私自身も驚いた。
さすがにこの攻撃はドラゴンに効いたらしく、グギャァァ、と悲鳴のような声を上げる。
「ふふっ、これが必殺のドラゴン斬りですわ!」
剣の手柄を華麗に奪い取る私。
で、でも斬ったのは私ですもの……これくらいはいいですわよね?
そんな余計なことを考えながらも
きちんとドラゴンの攻撃が届かない間合いを取りつつ動く。
これなら行けそうですわ。
勝ちを確信したその時、私の頭に、あの言葉がよぎる。
(——ビビアンは本当にそれでいいの?)
時間にして一秒にも満たない、だが体感にして数秒にも感じる刹那の時間。
私の中の迷いが攻撃の手を緩ませる。
ドラゴンはその一瞬の隙を見逃さなかった。
気がついた時には、大木のように太く、しかし鞭のようにしなやかな長い尻尾が
私に向けて振るわれ、目の前まで迫って来ていた。
あぁ……私このまま死ぬんだわ、全てがゆっくりに見えますもの。
そう覚悟したその時。
——ドンッ!
尻尾ではない別の“何か”に、私は飛ばされた。
「えっ……?」
ドラゴンの尻尾が、私の頭上ギリギリをかすめていく。
ビュン……バシッ……
「カハッ……!!」
かすめると同時に別の“何か”に当たる鈍い音が聞こえた。
そのまま私は肩口から地面を滑るように倒れ込む。
いったい何が、起きたんですの……?
倒れた時に痛めた肩を押さえつつ、私は上体を起こして辺りを確認する。
そこに彼の姿はなく、ただそこに立つドラゴンだけが絶対的な存在感を示していた。
そいつはスマホを立ててある方向を見つめ、グルルル……とまた低い唸り声を立てる。
あの人は……?
彼はどこですの!?
立ち上がりながら周囲を見回すが、霧のせいでよく見えない。
まさか……そんなことっ!
嫌な予感が全身を駆け巡る感覚に襲われ、ドラゴンが見つめる先へ、落とした武器も拾わずに走り出す。
不思議なことにドラゴンは私を追い掛けては来なかった。
しかし、嫌な予感のせいか、焦りからか、足が縺れてうまく走れない。
必死の思いで、スマホを設置した場所まで来た。
リスナーさんが何か見ているかもしれない……
状況を確認するため三脚に固定していたスマホを毟り取るように外す。
(今のなに!?)
(なんか黒い塊みたいなのが飛んで来たけど)
(え、あれ人じゃなかった?)
(おいおい嘘だろ)
(どうなったんだ?)
(ビビアン、怪我してるじゃない!? 大丈夫!?)
(霧が濃すぎて、よく見えてないけど二人とも無事なんだよね?)
(さっきの大きな影はドラゴン??)
画面を流れるコメントを見ると、私の中でさらに嫌な予感が膨れ上がって行く。
リスナーさんには何も言わず、私はスマホを握ったまま登ってきた道を駆ける。
間もなく、抱いていた予感が的中し、その光景に目を見開いた。
「あぁっ……あぁぁぁぁ!!」
声にならない私の叫びが
虚しくこだましていた。
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