第26話 セバスチャン、そして別れは突然に ‐セバスチャン視点-
わたしはいつものように日が昇る前に起き、支度を始める。
今日はビビアン様がとうとうドラゴンとの戦いに出向かれるのだが、
正直わたしは心配で仕方がない。
ビビアン様がまだ幼い頃、マリアと共に仕え始めたが、
仕え始めの頃は主従など関係ない!と言い、
マリアとは姉妹のように過ごしていた。
わたしともまるで親子のように接してくれていたが、
さすがにそれではよろしくないと説得し、最近ではお家のために直してくださった。
そんな、何よりも周りをよく見て、考えているビビアン様を
わたしも娘のように思っていた。
「娘…か……」
そんなことを人前で口に出すことなど出来ないが、
仕事で忙しい旦那様の代わりになれれば…と接してきた。
「ふふっ…我ながらおこがましい考えだ」
しかし、実際に救われていたのは
わたしの方だったのかもしれない。
素敵な方に仕えられた。
こんなことが恩返しになるかはわからないが
戦いに関して何も出来ない分、
道中などで何があってもいいように
念入りに準備をしておかなければ。
——屋敷前
「いってらっしゃいませ。お嬢様方。
ご武運をお祈りしております」
マリアに見送られ、わたしとビビアン様、そして異世界の彼は
馬車に乗り込み霊峰ヘブンズ・ドアへ向かう
屋敷から馬車で一日かかるため
今日は麓の村まで行き
足を踏み入れるのは明日という話をビビアン様から聞いた。
「お嬢様。本当にドラゴンと戦いに行かれるのですか?」
わたしはビビアン様に確認をする。
「行かなければならない事情があるのは
きちんと説明しましたわ。
心配してくれるのはわかるけど、
これだけは譲れないの」
彼女の強い決意の言葉の裏に、少しの迷いを感じた。
わたしはその隣に座る彼に向き直り
「霊峰ヘブンズ・ドアはその名の通り、
天国まで続く扉でもあるかのように高くそびえ立つ霊峰。
麓の村では神聖な山として祀られている反面、
道は険しく、毎年事故が起きていると報告があるそうです」
ロッソ領では常識だが、
他国どころか異世界から来た彼がこんな知識を持つはずがない。
迷いのあるビビアン様を守るためにも
危険な山だ、と伝えておく必要があると思い説明する。
「なるほど。
そんな山なのか」
やはり知らなかったか。
いきなり決まった話だ。
調べる時間もなかったのだろう。
彼が使用人としてロッソ家に来てから
どのような人物か様子を伺っていた。
ギルドでの仕事もあるため朝の掃除のみの参加ではあるが
丁寧でやることはしっかりとこなす人物だということはわかった。
クエストへ行く前日も、行く場所やそこに出現するモンスターについて
下調べをする勤勉さ。
約束も守る。
そして何よりビビアン様が心を許し、
彼が来る以前よりも笑顔が増えた。
それだけで信用に足る人物、と判断するには十分だった。
そんな彼が今回だけ下調べもせずに来るはずがない。
ビビアン様を死なせないために、二人で特訓もしていたため
自分の時間など取れなかったのだろう。
「そうです。
しかし、モンスターはあまり出現せず
そういった面では安全なようですが」
ビビアン様の笑顔が増え、
そして今では、初めてご自分のために行動し
生き生きとした姿を見せてくれるようになった。
昔の彼女を知る者にとって
これ以上喜ばしいことはない。
わたしはそのきっかけとなった彼に感謝している。
彼は気に留めることもないだろうが
受けた恩に報いるために精一杯協力をしよう。
「モンスターが少ないなら、ドラゴンの索敵に専念できるな」
わたしと彼のやり取りの中
ビビアン様は窓の外を見つめ上の空だ。
「お嬢様」
そんな彼女にわたしは声をかける。
「どうしたの?セバスチャン」
ハッと気付きこちらに視線を向けるビビアン様に
「わたしとマリアはどこまでもあなた様について行きます。
ですので……無事にお戻りください。
そして……」
わたしは改めて彼に向き直り
「お嬢様をどうかよろしく願いいたします」
そう伝え、頭を下げる。
今まで散々警戒していた彼へのこの言葉に
二人は驚いた顔をしていたが、その後
彼は小さく頷く。
馬車は三人を乗せ
霊峰の麓の村へと向かう。
――翌朝
「お二人とも、いってらっしゃいませ。
お帰りをお待ちしております。
ご武運を」
天高くそびえる霊峰ヘブンズ・ドア。
その入り口でわたしは激励の言葉のつもりで贈る。
二人は緊張した面持ちで頷き、山の奥へと進んでいく。
姿が見えなくなったところで村の宿屋へと戻った。
わたしは宿屋のベッドに腰かけ自分を落ち着かせるように目を閉じる。
思い浮かべるのは
幼い頃のビビアン様。
奥様が亡くなってからとても大人びて、
周囲が驚くほどに周りを立て、才色兼備と謳われていた。
しかし、わたしは知った。
「周りが求める自分」を作り上げ、
小さな身体にのしかかる大きなプレッシャーに
必死で耐えていたことを。
それは私たちが使え始めて三年ほど経った、ビビアン様がまだ六歳の頃。
当時ロッソ領では死者を出すほどの流行り病が猛威を振るっていた。
ロッソ家では唯一ビビアン様がその病に侵されてしまい、
一人自室に隔離されていた。
旦那様の指示によりわたしとマリアがお世話役を命じられ、
夜通し交代しながら看病をしていたのだ。
もちろんこちらにも感染するリスクが当然あったが、そんなことはどうでもよかった。
仕事で忙しい旦那様の分、
これまで以上に彼女のために何かをしてあげたいと思った。
しかし、何日も高熱にうなされ、
夜も寝付けずにいる
ビビアン様を見守ることしかできない日々が続いた。
わたしたちは、ただただ神に祈るばかりだった。
そんなある日。
夜中に目を覚ました彼女は、
少しだけ話がしたいと言い、
わたしとマリアをそばに呼んだ。
ここ最近の外の様子や、屋敷内の出来事など、
他愛のない会話をする。
そんな会話の最中、ふとビビアン様の表情が暗くなるのがわかった。
「二人とも、いつもありがとう……」
視線を落とし、ぽつりと呟くのが聞こえた。
「侍女として当然のことをしているまでです」
弱々しくもハッキリと感謝を述べるビビアン様に、
マリアが優しい声色で返す。
ビビアン様は表情こそ変えずにいたが、
何かをこちらに悟られないよう下唇を噛んでいた。
視線を落としたままの彼女はゆっくりと口を開く。
「セバスチャン…、マリア……、
もしわたくしがお母様と同じところに行くことになったら
お父様とテーゼのことをどうか——」
「お嬢様‼」
決して涙を流さず、強がって見せるが、
恐怖からか身体と声を小さく震わせながら言う彼女に。
わたしは耐え切れなくなり、言葉を遮るように叫ぶ。
「どうか、そのようなことは口にしないでください。
こんな時にまで他人のことを考えて……
お嬢様は優しすぎるのです。
もっとわたし達に甘えてください。
もっと我が儘になってください。
怖くて不安なら、泣いてもいいのです。
大丈夫です、わたしたちはずっとお傍にいますから」
奥様が亡くなってから
彼女はどれだけのことを我慢してきたのだろう。
どれだけの重圧に耐えてきたのだろう。
強くあろうとし、
厳しい英才教育に耐え、周りの期待に応えようとして
弱音一つ溢さない。
しかし、辛くないはずがないのだ。
だから、こんな時くらい
ビビアン様には年相応のお姿でいてほしい。
そんな願いから、思いの丈を伝えてしまった。
従者として仕える主に口出しなどあってはならない。
ましてや説教など言語道断。
懲罰も覚悟の上だった。
わたしはビビアン様の反応を待った。
部屋は少しの間、静寂に包まれる。
それを破ったのは初めて見るビビアン様の涙だった。
「っう......うぅ......っ」
大粒の涙を目に浮かべ、
声が漏れないよう両手で口元を押さえ泣いていた。
マリアでさえ見たことがなかったのだろう。
彼女もとても驚いていたが、すぐに穏やかな表情を浮かべる。
ビビアン様に寄り添い、
大丈夫ですよ、と優しく背中を撫でていた。
わたしたちとビビアン様の信頼がより深まったような、そんな出来事だった。
その後、神にわたしたちの祈りが届いたのかビビアン様は奇跡的に完治した。
彼女は、これまで通りの振る舞いで周囲の感心を集めていた。
変わらず泣き言も、子供らしい素振りも見せず、
「周りが求める自分」を演じる。
わたしの心配は変わらない。
やはり彼女は優しすぎる。
「ビビアン様は、当時から本当に頑張っておられました」
ぽつりと呟く。
最近では子供の頃の時間を取り戻すかのように、よく笑うようになった。
彼がビビアン様を変えてくれたのだ、と気付くのに時間はかからなかった。
「本当に感謝しております。
お嬢様とともに無事にお帰りになられることを
心よりお待ちしております」
祈るように呟いた。
(セバスチャン……)
「お嬢様!!」
ビビアン様の声が聞こえたような気がして
わたしは立ち上がり声を上げる。
気付けば日は傾き、夜の帳が下りようとしていた。
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