第1話 異国の人、そしてその人が運命の人?
さっきまで小降りだった雨がだんだん強くなってきた。
馬車に揺られながら、窓に映る私の顔は流れる雨のせいかまるで泣いているようだ。
「とんだ猿芝居をさせられたものだわ」
どんな甘い言葉でテーゼがカルロをたぶらかしたのかはわからない。
知りたくもない。
でも婚約者を奪うなんてことをして、
私は純真無垢ですと言わんばかりのあの演技はなに?
たいした女優ですこと。
まぁそんなことを言ったら、茶番につきあって哀れな姉を演じた私も同じですけどね。
大ウソつき姉妹に振り回される、頭の悪い侯爵家ご子息カルロ様。
ご愁傷さまです。
テーゼは何でも私の物を欲しがっていたから……ドレスや本やぬいぐるみ……
カルロもテーゼにとっては、欲しいモノの一つですのよ。
婚約破棄させるのも、ガーデンパーティで私を貶めるように仕組むのも、
テーゼにとってはお茶の子さいさいなのよ。
「それにしても、何も公衆の面前であんな仕打ちをしなくても……」
向かいの席に座っていた従者セバスチャンが、私の言葉に反応した。
「お嬢様、今日のことはこの雨と一緒に流しましょう。
大丈夫ですよ、お嬢様には必ず運命の人が現れます。
このセバスチャンが言うことに、嘘偽りはございません」
「ありがとう……でも、セバスチャン。
ひょっとしてあなたは、全部知っていたんじゃなくって?」
セバスチャンの表情に一瞬焦りの色が見えたと思った次の瞬間、
突然、馬車が急停車した。
——キッ、ガタン!!
急な衝撃にわたしの体は前のめりになった。
「キャッ」
セバスチャンは私を支えながら、窓から外の様子をうかがった。
「どうした、何があった」
セバスチャンが御者に向かって叫ぶ。
「申し訳ありません。人だかりが出来ていて……
通ろうとしても避けられず……」
見ると、人だかりをかき分けて一人の少年が走っているのが見える。
少年のあとを数名の衛兵が追いかけていた。
この馬車のちょうど目の前で
少年は人だかりに阻まれ押すこともままならなくなり衛兵に捕まってしまった。
「はなせ!はなせよ!」
衛兵に抗いながら叫んでいる少年は、見たこともない不思議な服装をしている。
異国から逃げてきたのかもしれないわ。
雨の中を必死に逃げてきたのだろう。
服は泥にまみれ、黒い髪は濡れて額に張り付いている。
しかし濡れた髪の隙間から覗く黒い瞳は吸い込まれそうなほど澄んでおり、
気付くと私は不思議な魅力を放つその瞳に惹かれるように馬車を降りていた。
「何があったんですの?」
状況を把握すべく衛兵に問いかける。
「ビビアンお嬢様、降りては危険です!
それにお召し物も汚れてしまいます」
「セバスチャンは黙って」
私を案じてくれているのはわかります。
でも私は彼が気になって仕方ありませんの。
「申し訳ございません」
謝罪する従者に申し訳なさを感じながら
さらに近くへ寄る。
雨は再び小降りになり始めていた。
衛兵に詳しく話を聞くと
何もない所から突然現れて、荷台の野菜や果物をひっくり返して逃げ始めた、だの
誰かが泥棒と叫んだのを聞いたような気がする、だの
ハッキリしない上に意味の分からないことを言っている。
まったく呆れたわ。
そんな不確定な話でこの騒ぎですか。
仕方ありませんわね。
一芝居うちましょうか。
「あら、ごめんなさい、大変なことになってしまいましたわね。
この雨で迎えがすっかり遅れてしまいましたの。
あなたがうちで新しく雇い入れた使用人ね。
ね?セバスチャン」
セバスチャンは、名誉を挽回するように必死に助け舟を出してきた。
「左様でございます。最近人手が足りなく、新たに雇うことになったのです。
道が悪くお迎えが遅くなりました」
衛兵たちは、
「そ、そうでありましたか。失礼いたしましたビビアンお嬢様。」
「そんなこととはつゆ知らず申し訳ございません。お父様にはどうかご内密に……」
と都合悪そうにしている。
「しょうがないわね。セバスチャン、よろしくって?」
「かしこまりました、お嬢様」
帰る衛兵を見送りつつ
上手くいったと得意気になりながら
彼に視線を移す。
キョトンとした顔で不思議そうに私を見つめる少年。
やだ、ちょっとその顔ドキッとするじゃない。
「セバスチャン、泥を落として馬車に乗せてちょうだい」
彼はセバスチャンと御者によって、ゴッシゴシと乱暴に麻布で拭かれながら
「痛っ!痛っ!」
と、悲鳴を上げている。
周りを囲んでその光景を見ていた野次馬も
「なんだ、泥棒じゃないじゃん」
「ロッソ様の使用人なんだとよ」
などと口々に言いながら去って行った。
「あ、ありがとう……ございます」
少年は小さな声でぼそっとお礼を言った。
なに?この声、ちょっとイケてるかも……
子供かと思ったけど、私と同じくらいの年齢じゃないかしら?
もしかして彼がセバスチャンが言ってた運命の人?
……なーんて、こんな突然現れるわけないか。
私はニヤニヤしていたのかもしれない。
それに気付いた様子のセバスチャンが、ひとつ咳払いをする。
「そういえば、自己紹介がまだだったわね。
わたくしはビビアン・ロッソ。
ここ、ロッソ領の領主、ロッソ伯爵の娘ですわ」
私はスカートの裾をクイッと持ち上げ伝える。
すると彼はさっきよりも小さい声で
「俺の名前は……」
気付くとすっかり雨はあがり、雲間から光が差し込み始めていた。
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