であい
「バチバチバチッ」
小さな雷みたいな火花が散る。
「ぎゃー」
こんなに強力な武器がこの世にあったなんて…一応男の子なのに「ぎゃー」って言っちゃうくらいだから、相当効くんだろうなぁ。
駅に呼び出した後輩といつもの溜まり場に移った俺は、何も言わずに近づき相手のズボンの上からスタンガンを放った。あんまりにも痛がるのでズボンを下げさすと、相手の太ももが速攻でミミズ腫れになるほどの威力だった。「すげー、良いなぁ」と、友達も欲しがるほどのものであった。次の後輩を追っかけながらみんなではしゃいでいたら、電話が鳴った。携帯を手に取る。液晶にはさっきのヤクザの名前…
えー?なんですか?嫌な予感。
とりあえず鳴り終わるのを待つ。鳴り終わった瞬間、また同じ番号から着信が入る。
出るまで鳴らす気なのですね…はぁ。
「もしもし」
やっぱり相手はさっきの優しいヤクザさんだった。
「電話かけることはないと思うけど」ってさっき言ってたじゃん。一時間前に。
「今どこに居んの?」
「地元にいます。」
「上永谷のローソン分かる?」
もう知らないって言いたい。せっかく今日の溜まりに溜まった鬱憤を晴らしていたところなのに。
「分かります」
「じゃあ今すぐ来いよ、気をつけてな。」
何に気を付ければいいのかと思いながら、原チャリで上永谷に乗せてく様に後輩に言う。早く行かなければ、ヤクザは時間に厳しいと誰かから聞いたことがある。
原チャリの後ろに乗りながらこれから何が起こるのか予想してみたが、だいたい良いことでは無いということがわかるだけで、あとのことは何一つ思い浮かばなかった。
ローソンに着いた。いつもなら爽やかに青々と光るローソンの光が、とても不吉な色に見えて仕方なかった。
「じゃあまた連絡するわ、二度と帰れないかもしれないけど」と、後輩に伝え帰した。少しぐらい笑えよ。どうか笑顔を見せてくれ。俺の渾身の自虐ネタなのだから。
後輩はまだ来てないヤクザ屋さんに会わないように、真顔でその場を去って行った。あとで催涙スプレーでもかけてやろう。
何分くらい経ったのか。緊張のせいですごく待った気がする。1人でタバコをふかし、いつ来るとも知れぬ怖いヤクザさんを待った。
ぼーっとしてると、どう見ても止まれないスピードで駐車場に入ってくる黒いアリスト。
「避けきれない」と思ったギリギリのところで停まった。現れたのは笑顔の武蔵さん。笑顔なのが尚のこと怖い。
そのあとに、丁寧に駐車場に入ってくるセルシオ。
今の車で言えば、黒い方がレクサスGSクラス。もう一台の白い方はレクサスLSクラスだった。白い方からはやはりその運転にふさわしい優しいヤクザさんが降りてきた。
「もう帰りたい…」この時の率直な気持ちである。武蔵さんは言う。
「さっきのことは片付いたからよ、もう大丈夫だから気にすんな」何が大丈夫なのか分からないけど質問は控える。
「お前なんか面白い奴な気がすんだよなぁ、今から遊びに行こうぜ」と、シロセさんが言う。
(白いセルシオの人なのでシロセさんと呼ぶ)
もう1人のベビ皮のロングコートの熊さんは帰ったみたいでいなかった。のちに武蔵さん、シロセさんは同い年だということが分かった。
「どこに行くんですか?」
「お前が考えろよ」武蔵さん、あなたはなんて冷たい言葉を言うのですか。楽しいことはみんなで決めるのが良いとお母さんは言っていました。
「いやぁ、なんかありますかね?」
「お前暴走族なの?」シロセさんが訪ねてきた。
「いえ、暴走族には入ってません。」
「集会行きたくね?誰か後輩とかで今走ってる奴探せよ」
はーい。片っ端から電話をかける。1人の後輩と電話がつながり、今新横浜から環状2号線を走って、俺らがいる方に走ってくると言う。そのことを伝える。
「おー、やるじゃん。じゃあちょっと顔出しに行くか」
「お前俺の方乗れよ」シロセさんが誘ってくれた。武蔵さんの車よりは危険度は低い気がする。まー、あとでどっちもどっちだったって言うのが分かるのだけど。
車に乗って縦2台に環状2号に向かおうとした時、シロセさんの車がハザードを付けて路肩に止まった。ヤクザという稼業につきながらそんな時でもハザードをつけるマナーの良さ。本当はヤクザではなく、たまたま友達としてあの場に来ていただけで、優しい良い人なのかもしれない。そう思った。思いたかった。
「おい、トランクにモリがあるからお前取ってきて」モリ?何それ?はじめ全く『モリ』という言葉の意味が分からない。モリ、モリと思いながらトランクを見ると、素潜りとかの趣味があるのか、魚を捕まえるためのモリが入っていた。このモリか。そしてもしかしたら、草野球でもやっているのであろうか、金属バットも入っている。アウトドアの好きなスポーツマンなのだ、この人は。その証拠にスコップも入っていた。ケンスコと呼ばれる土をガツガツ掘る道具である。魚を取り、スコップで穴を作り、炭を炊いて、魚を食べる。それは夏の醍醐味。スポーツをした後はキャンプに行ってバーベキュー。なんてオシャレな心に余裕のある人なんだろう。
言われた通りモリを持って助手席に戻った。
「それ、後部座席に置いといてよ」
今から暴走族の集会を見物したら、きっと海に行って魚を取るのであろう。もしかしたら川かもしれない。その準備だ。それなら誘ってくれないかなぁ。再び車は走り出す。
後輩の言ってた通り、反対車線をたくさんの暴走族が走っている地点に着いた。Uターンをし、その最後尾に車をつける。
「自分久しぶりに見ましたー。見てるだけでなんとなく楽しいですね」
「見てるだけ?何言ってんの?」仏のような顔つきだったシロセさんの顔が、閻魔様みたいな顔になってますけど。違和感。と、その時武蔵さんの車が異常な動きを始めた。一緒に蛇行運転するなら参加してる気分を味わって、楽しんでるのだなぁっと思っていただろう。しかし武蔵さんは違う。車の車線を大幅にズレ、ハイビームをたいてものすごい勢いでその集団の中に突っ込んでいった。あたくしめの、後輩の集会って知ってますよね?覚えてますかー?とも思えないくらい驚いた。噂には聞いたことがある。その名は『タチ悪』と言う。暴走族を痛めつけるのが任務である。
相変わらずのハイビームと暴走車両のアクセルをふかす音の間に入るヤクザ仕様の鳴りっぱなしのクラクション。そして、最高速に向かおうとする、キックダウンを見せる3リットルツインターボが唸る。何台かは避け、その避けた拍子に他のバイクにあたり転倒。
「やっぱり武蔵やべー」っと思いながら、隣の閻魔を見た。もう閻魔様じゃなく、ただの閻魔だった。シロセさんは避けたバイクを、さらに壁に押し付けるかのように幅寄せをしていく。バイクを停車に追い込む。そしてひと睨みするとまた走り出して武蔵と閻魔は同じことを繰り返していく。後ろの方を走っていた暴走族は散り散りに逃げていく。ヤクザが来たことを彼らなりに察知しているのだろう。俺らがさっき出発した場所、上永谷の近くに来た時には、2台の車の前には、50台以上いたバイクは5台くらいになっていた。
さすがと言うか、先頭を走っている暴走族も暴走族である。気合いというものと根性というもの出来た、札付きのヤンキーである。気合いと根性以外の日本語を話せない独特の人種なのである。
負けてたまるかと、轢かれることを覚悟しながら蛇行運転を繰り返す。お前らを轢いて懲役に行くほどヤクザも暇ではない。しかしヤンキーにはヤンキーの意地がある。意地というのは本当に厄介なものだ。
俺は閻魔の横で、これまでの光景を思い浮かべながら、たった二回しか会ってないし、大した会話もしてないけど、それが大変な間違いだと言うことを深く感じていた。
バイクVS車。車を2人は傷つけたく無いから、当てるようなことはしない。ギリギリを攻める。クラクションの嵐にパッシングの攻撃。おまわりさんの赤色灯や、サイレンなんか蚊の飛んでる音のレベルであり、今聞いてる音は戦闘機にロックオンされてる戦闘機と同じ緊張感である。バイクはそのギリギリに命の危険を感じる。暴走族の限界がついに来た。残り5台くらいだったその暴走族達は散り散りに走り出したのだ。
武蔵さんは武蔵さんの前で頑張って意地を張ってしまったバカを追いかけて行った。彼は終わりであろう。 合掌
俺が横に乗ってる閻魔は、一番派手な一台を追うことに決めたらしい。3段シートと呼ばれる、単車のシートの背もたれの部分がとても長くなっているバイク。そこには『天下無敵』と書かれていた。
「あいつ無敵なんだなぁ」と言い、
「おい、後ろからモリ取って」と言った。
「明日海に行くんじゃないですか?」と言う質問は、もうこの時には愚問であった。
でもどう使うんだろう…
後部座席から指示通りモリを渡した。
余談になると思うが、モリというのはゴムの紐を引き絞って、モリ自体を離すと、ゴムが縮む力でモリが飛んでいく、と言う魚を取るための単純な道具であります。
運転席の窓を全開にし、シートをできるだけ倒し、器用に運転しながら右手にゴムをかけ引く。窓の外にモリを構えた姿勢で、左手はハンドルを握り走る。3段シートの暴走族は、最後ロウソクが消える前の灯火のように、今までより激しく蛇行する。もうヤケクソである。多分モリは見えてない。まぁ、そんなの用意してるとは誰も思いつかない。
車はスピードを上げ、バイクに当たるギリギリ左後ろにつけた。それと同時にモリが放たれた。
ズンっ!見事三段シートの天下無敵に命中。おめでとうございます!いやぁ、めでたい。
「おー、当たった」めちゃくちゃ無邪気に喜んでる、閻魔。少年のような心を持った良い人だ。3段シート上部に刺さったモリ。飛んできたものを確認した暴走族。三段シートに刺さったモリはバイクの揺れに合わせてビヨンビヨンしてる。かわいそうに。びっくりしたよね?魚だと思われてたんだから、君たち。
ビックリしたはずみで、運転操作を誤った。バイクは地面を火花を散らしながら滑っていく。乗っていた2人は地面へと叩きつけられた。
「あー、こいつどうなるんだろ」
と、思いながら車を一緒に降りていく。暴走くん達は道端で痛みを分かち合うように、地面を見つめていた。多分覚悟を決めていたのだろう。しかしシロセさんはそのまま、その場を歩いて通り過ぎる。そして事故ったホヤホヤのバイクの三段シートに足をかけ、『モリ』を引き抜き始めた。
「おい、手伝えよ。カエシがあって抜けねー。」あの子達に刺さっていたら、体からなかなか抜けなかっただろうな。三段シートに足をかけ、モリを引っ張るシロセさん。そんなにそのモリが大切なんだな。きっとこの人の母は海女さんであるのだろう。2人でシートをガツガツ蹴りながらなんとかモリを回収。
「これ買ったばかりでさ、良くね?この飛び道具。」
ヤクザも銃刀法とか暴対法とかで、テッポーがあまり公に持てなくなった今、飛び道具はモリへと進化を遂げていた。退化なのかわからないけど。
モリを引き抜き車へと戻る最中、分をわきまえられないおバカな暴走族はこう言った。
「ヤクザがなんだか知らねーけど、てめーら2人のツラは覚えたからな。」本当バカなのね、君。
「これ貸してやるよ」モリを渡された。
「あざす。」とりあえず、腕が一番安全そうだったから一突き。意外に人だとすぐ抜けた。俺の後輩よりもうるさい声を出して、ギャーギャー騒いでる。一生懸命謝ってるから許そう。じゃあイキがって何か言わなきゃ良かったのに。もう1人は、土下座をしてるのかわからないけど、ずっとうずくまってて刺すところがない。車に向かって歩き出した。
「汚ぇから、トランクに入れとけ、置いて行って指紋とかで足つくのやだから。」
トランクにモリを納め、車に乗った。
「いやぁ、今日楽しかったな」
「なんか俺も楽しかったっす。」
同じ罪を犯したことで生まれる連帯感。仲間意識。不思議な感覚だった。
ごく稀に短期間にして、旧知の仲になるような人がこの世には居るという。特に、初対面の時の印象や、その記憶の鮮明さを覚えている人。この人は間違いなく、その中の1人になって行った。
武蔵さんに電話をかけるシロセさん。
「どこにいんの?うん、うん。やめとけよー。まぁいいや、今こっちも終わったからそっちにいくわ。」もう近くになった上永谷へ向かい車は進み始めた。
「やめとけよー」が気になる俺。そして武蔵さん合流。
もう誰もいなくなってて、ニコニコしてる武蔵さんがコンビニの前の駐車場にいた。
もう真夜中。尾崎豊でさえも、もう盗んだバイクを置いて、寝てる頃だったはずだ。そろそろ帰りたい。眠い。当然2人も眠い時間だろうし帰るのかなぁっと思いながら車を出た。
「お疲れ様です。」挨拶は大事。
「お前らあの三段シートの天下無敵追ったの?」
「あいつが一番頑張ってたからなぁ。」
お互いの別れて追い始めた時の話で盛り上がる。
「コイツにモリ渡したら腕刺してたぞ笑」
2人とも大爆笑。あー笑いが取れて良かった。まだ芽の出ない芸人のような心で心地よい笑い声を聞いていた。じゃあ帰ろう。
今日くらいはタクシーで帰って、携帯の電源を切って、誰とも話すこともなく、起きたら吉村家でも食べに行こう。
「すみません、今日は帰ろうと思うんですけど。また遊んでください。失礼します。」
「おー、たのしかったろ?また連絡するよ、マジお前もなかなか面白い奴だったな、やっぱ」もう暴走族の後輩とは縁を切ろう…仕方ない。集会とやらをめちゃくちゃにしちゃったのだから。何か言って来たら、モリで刺せばいいや。
褒められてるのか、オモチャにされてるのかよく分からないが、帰れそうなので急いで帰ろうとした時。
「送ってやるよ」と武蔵さん。
「いや、別に帰れるんで大丈夫です。」
「いや、コイツらも送って行ってやろうと思ってるから、ついでに乗ってけよ。特別に俺様の隣に座らせてやるから」コイツら?ん?と、不意にトランクが空いた。
あー、特攻服とかいうのを着てる奴が、トランクの中に2人も入ってる…こっちが後退さった。
「じゃあ乗れよ、また明日なシロセ!おつかれ!」
隣に乗って家の近くだけど、家がわからないところの場所を伝える。トランクは開いたままだし、なぜか2人は降りない。今降りればすぐに次の日にでも捕まると気づいているのか…
後ろを気にする俺を見て、武蔵さんが言った。
「あいつらの足、テープでぐるぐるにしてあるから心配するな、大丈夫だよ。しかも自分たちでコンビニで買って勝手に巻き付けてたから笑。それに俺そうしたら送って行くって約束してるし。」
なんて律儀な人なんだろう。遠い遠い所からバイクで来た少年たちを保護し、バイクはきっと壊したのだろうが、家まで送り届けてあげようとする心の広さ。なんて怖い人なんだろう。怖すぎる。
俺の家のだいたいバレなそうな場所を伝えて武蔵さんは走り出した。先ほども同じことを言ったが、この車は3リットルツインターボのアリスト。その車は高級車なのだから、余裕のある走りこそが貫禄である。パワーを持ってる意味でもある。トヨタもそう言うに違いない。しかしトヨタの思いも伝わらずアクセル全開。トランクボンボン言ってる。信号?そんなものはなんの意味もなさない。前を走る車、横からくる車、誰もこの車を止められない。クラクションとパッシングの嵐の中家に着いた。いや、正確には家がバレない程度の近くの場所。この日は警察庁あげての休みを取っていたのであろう。
「ありがとうございました。わざわざ送ってもらってすみません。」
車を降りる。開いたままのトランク。
ひとっこ一人いません。大体なんでいないかは分かるけど。
「あー、あいつら逃げやがった」
いやいや、振り落とされたんですよ。間違いなく。めっちゃテープでぐるぐる巻いてあったじゃないですか…死んでませんように。
「なんだよ、ちょっとした実験に付き合ってもらう予定だったのになぁ」実験って何?
聞くのはやめよう。
長い1日だった。初めてヤクザと遊んだ。その日は興奮して寝れなかった。1日を思い出し、こんなに面白い生き方があるんだ。地元の奴なんて、まじでつまらない奴ばっかだったんだなぁ。
俺は決めた。もっともっと、誰もやったことのないことをやっていこうと。今日は最高に刺激的な1日だった。
「次はあの人たちが想像もつかないことをしよう。」Dragon Ashを夜中に爆音でかけながら、色々なことを想像して、明日から変わるであろう自分を楽しみにワクワクしていた。