ヤンチャと反省の繰り返しの中で
すごい寒い夜だった。うす暗く人気のない閑静な住宅街。「今日はこれが終わったらたまには家に帰ろう」そんなことを思いながら車のイグニッションをいじってた。
急に車のライトが灯りズドンッと目の前を俺の知り合いの車がすごい勢いで走り去った。俺を置いたまま。そのすぐ後、あたり一面が真っ赤に染まった。
「あぁやっと終わったか…」そんな言葉が頭に浮かぶ。
俺は車の座席を倒して、盗もうとしていた車の天井を見ながら、手錠を掛けられるのを待った。
2000年問題、21世紀の幕開けアメリカ同時多発テロ、そんなの全然知らずにそっちのけで、大好きな薬物を食らって他人の車を失敬して走り回り、事務所を荒らし金庫を盗み、たくさんの揉め事に自ら飛び込み、ポーカーゲーム屋に入り浸っていたあの頃。
「マル暴はデカじゃねーぞ。桜の代紋背負った極道だ。」
当然、こんなに格好がつくセリフなど思い浮かびはしないのだが。…小説家の真似事をして話を進めます。
何がきっかけで悪い道に進んだのかなんて全く分からない。強いて言うならば
「楽しかったから」
その一言に尽きる。喧嘩が強いわけでもなく、暴走族に入るわけでもなく、ただただ楽しいと思った事をしていた毎日。思い起こすと今ならめちゃくちゃ過ぎて笑えるエピソードの数々。少し…いや、だいぶ後悔させられた日々と失ったもの。
前科は10を超え、鑑別所、少年院、少年刑務所、成人刑務所、20代をほぼ施設で送った俺の話。最高。
その日は春の陽気を感じさせる、浮かれ始めるにはもってこいの時期だった。毎日暇で、何か事件が起こるか、事件を起こすかしないと死んでしまうような状態の俺らは、事件を探してウロウロしてた。
そんな時、知り合いの女の子から電話が来た。
内容は
「ホストに強姦されて妊娠したかも…」
「えっ?まじで?大丈夫?俺が間に入ってちゃんと嫌なことがないように話してあげようか?」
(ラッキー!暇つぶしができた!)
上大岡という港南区最大の歓楽街?で電話を受けた俺は、自称ホストという相手に電話をして後輩がいることを悟られないように、ホスト君を言葉巧みに呼び出した。
ボコボコにしてお金でも取れば、ストレス発散プラス報酬を得られるという特殊な任務を与えられるわけだから。めちゃめちゃワクワクしながらそいつを待った。
隠れて後輩を連れて監視してるとそいつは現れた。
「え?あいつがホスト?あいつとヤッたの?ウケる」なんて後輩と笑いながら、聞いた特徴そのままの奴が現れた。絵に描いたような見るからに売れないホスト君。ヨレヨレのスーツを着たそいつは、ヨレヨレのくせになぜかすごく偉そうに現れた。
「キタキタ!」後輩たちは早く殴りたくて仕方ない。横で鼻息がフーフー聞こえる。でも逃げられたらアウト。探すのなんてめんどくさくてやってられない。じっくり観察して
ちょうど良いところで取り囲んだ。
ホスト君はポカーン。
「なんだてめーら」とか言われた記憶がないから、ほんとに何が起こったのか理解できなかったんだと思う。とりあえず人気のないところに連れて行こうとしたらやっぱり拒んできた。そりゃそうだ。年は17歳18歳位なのに、顔の怖い後輩たちが一緒なのだから。ちなみに俺は誰がどう見てもヤンキーとかその頃流行ってたギャングみたいな方達に見えない感じのキャラ。かといってオタクでもない。警察官にちゃんと高校生に間違われるようなキャラクター。もちろん職務質問なんかされたこともない。
お金を払わず、頑張って走って店から持って帰ってきたブランド物の鞄の中身は、教科書ではなく、特殊警棒に催涙スプレー、スタンガンにナイフそんな感じ。あとはみんなと同じようにお財布とタバコとライター。大体みんなと同じ。
話を戻す。ホスト君に俺がせっかく丁寧に説明してんだけど、ホスト君はキョロキョロ。
逃げ道を探して今にもダッシュしそう。こっちの後輩には、自称格闘技をやってる奴がいるから追いかけるの得意っぽいし、大丈夫。安心だ。
「とりあえず女の子きてるから、少し話す?」って聞いたら、なぜか安堵の表情を浮かべて「はなす!」て。
「なんかさ話があるみたいだから、逃さないから話してみる?」
「話すのもキモいんだけど…」
そのキモイのとやったのお前やん、って思った。
多分避妊はしなかったんだろうけど、無理矢理じゃないでしょ?て俺は思ってた。まぁ、無理やりって言ってくれたほうが俺にとっては都合がいいから言い張って欲しいところだけどね。
がんばれ。ちゃんと自分の意見を曲げるなよ!
と、ホスト君の方に送り出した。
何やら揉めてる様子。やっぱり無理やりじゃないだの、妊娠してるのは俺の子じゃないだのと、俺らがボコボコにしてお金を頂くという邪魔になる話ばかり。時間の無駄。
長いからこっちから確認を取る。
女の子をまた呼んで、
「ねーねー、本当は無理矢理やられたとかじゃなくて、普通にヤっちゃったとかはない?実は間違いだったとかさ」って聞いたら、「そんだったら先輩に言わないしっ!」
逆ギレ。
はい、じゃあ連行決まり!捕まえます。
後輩たちに目で合図して囲みに行った瞬間やっぱりね、走って逃げ出した。
何だよめんどくさいなぁって思いながら、後輩たちが追いかけていくのを後ろからついて行った。あと少しって所で、ホスト君まさかのタクシーに乗り込むという大人な戦法。ドアはギリギリで抑えたけど、タクシーの運転手もこっちが追いかけてきてるから逃げてあげることに決めたらしい。
くそっ、何だよあいつ。ムカつくなぁ。
殴ってお金もらおうと思ってたのに…
とりあえず逃した後輩殴って、気を落ち着かせなきゃいけない。殴る。女の子には
「ちゃんとやっとくからホスト君の電話には出ちゃダメだよ?終わったらすぐ連絡するねっ」って、かるーく言って帰ってもらった。
さて、どうするかなぁ。まずホスト君に回線がパンクするんじゃないかって位の勢いで全員の電話から順番にかけまくった。んー、出ない。名刺に書いてある店に電話をかけてみよう。まだやってないらしくピーピロピロってFAXに繋がっちゃう。んーどうするかなぁ。次の面白いこと探そうかなぁって思ってたら、俺の電話に知らない番号から着信が来た。
「はい。」
「はい、じゃねーよ。てめぇ誰に追い込みかけてんだ。あぁ?おめぇ誰だよ。」
「いや、あなたが誰ですか?」
あぁ、なんか不良っぽいの出てきたなぁ。
ホスト君が誰かに泣きついたんだなぁって思いながら聞いてみた。
「俺は川武組の大谷ってもんで、てめぇが追い込みかけたホストクラブのケツ持ちしてる者だ。そんでオメェはどこの誰だ。」
(うわぁ…ヤクザだ。不良っぽいじゃなかった。あのホスト君、まだ17歳位の俺らのことヤクザに言ったんだ。追い込まれたって笑)
って思いながら考えてた。
(川武組って聞いたことあるし、大谷って先輩の名前も聞いたことあるなぁ。)
横で後輩たちが心配そうにこっちを見てる。イキがらなければいけない。
「川武組?どこのですか?双恋会の川武組ですか??」ここで後輩たち、ヤクザからの電話と知り、顔を見合わせてる。まだ頑張らなければいけない。先輩としての威厳を見せなければ。
「俺の知り合いにも双恋会の枝の組の人がいるからそっちに連絡させてもらいますわ」
俺のこの一言にヤクザ激怒。そして
「うちの会にそんな『枝野組』なんて組はねーよ、テメェまじで殺すぞ」
いやいや、知ってますよ。枝野組じゃなくて、双恋会の傘下の枝にある組ですよって説明しようと思ったら
「今上大岡に居んのか?今行くからそこで待っとけ!聞いてんのか?京急の上大岡の駅の前に電話ボックスあるだろ?そこの前に15分以内に行くから絶対逃げないで待っとけ」
さすがヤクザ。指示が細かいし分かりやすい。15分間ここでじっとしてれば、大谷さんとやらには会える。逆に15分以内に反対の通りに行ってどんなやつか見ることも出来る。とにかく15分間はめちゃめちゃ急いでも来れない距離にいるらしい。じゃあとりあえず…この場を離れておこう。
後輩たちを連れてると、このあと何かと見栄を張って痛い目を見たり、良いことがなさそうなので帰らせる。
「なんかヤクザの人来るらしいから、お前ら帰っていいよ。」
「えっ?いや、自分らが追いかけたんだし、自分らも残りますよ!」何と見上げた不良魂。
こっちの気持ちも知らないで。
「お前らのことも言わないし、後々なにも言ったりしないから帰っていいよ、マジで」
「えっ?ありがとうございます。まじすみません。あとあと問題になるなら今の方がって思いまして。良かったっす。失礼します。」
走る寸前の速さで去っていった。後で言われるのがヤダっていう正直な後輩たち。いい子だ。全て解決したら、つい最近手に入れた最新モデルのスタンガンを試してあげよう。
さぁ残り10分位どうしようか。このまま後輩たちも居ないからダサい所見せずに済むし、俺も一度バッくれてもいいな。うーん。 考えた。
思い出した!!
俺の親戚のおばさん、たしか枝の組じゃなくて、バッチリ川武組の組長の嫁だ!電話しよう。…電話に出ねーばばー。
残り5分。最終手段。プーチンさんが核兵器を使うか使わないかもし迷っているとしたら、俺の方が決断力は上である。組の事務所に電話しよう。一般人だけど。しかし一般人が故に電話番号を知らない。104でも教えてくれない…。あっ、
折り返しの電話が来た!と思ったらさっきの大谷さんじゃないですか?この番号…うるせーなぁ。
「はい」
「はい、じゃねーんだよ!テメェどこにいんだよ。居ねーじゃねーか」何で俺が居ないのがわかるの?と思いながら考えてたら、ホスト君同席してるらしい。それよりも予定より少し早いんじゃない?どこに居たんだよ。
「いや、思い出した事があって、実は川武さんの奥さんが親戚で…」
「ねーさんが??お前大丈夫か?そんなこと言って、まじで殺すから今から来い。」
ま、もう行くしかない。
小谷さんは上大岡に事務所を構えてる、同じ組織の組に連絡してた。まじうぜー。
先程丁寧に説明された電話ボックスの前で待った。
大谷さんってどんな人かなぁ?怖い感じなんだろうなぁ。ホスト君は何とかして一発でもいいから殴りたいなぁって、思ってたら親戚のババーからの電話。
今までの経緯を話す。
「あー、じゃあそんなことなら電話番号言うから自分で電話しなさい。」
電話ボックスの前で事務所に電話をかけてみる。
「川武組!!」
あ、この人達「もしもし」とかは言わないんだねって思いながら、
「武雄おじさん居ますか?」
「どちら様で。」
「親戚の者なのですが…」
「少々お待ちください。」
「おー、久しぶりだな、よく電話番号わかったな笑」私は今、あなたの組員のせいで笑えない状況になってるんです。と思いながら状況を説明した。
「あー、大谷か。電話しとくから帰っていいぞ、何にもされてないんだろ?」
「うん、じゃあ帰るね。ありがとう。」でも俺の友達が…
って女の子の話をした。
「おー、それは任せとけ。お前は関わるな、カタギのやることじゃねーんだからな。とにかく帰って友達と楽しく遊んでろ!また、たまには連絡してこいよ」
ガチャ
あーあ、美味しいところは、本職の人が取るのね、残念。ストレス発散もお金儲けも諦めるしかない。今日は大人しく帰って、後輩を呼んで、新型のスタンガンを試そう。
と、帰ろうとした時。高級セダン2台が猛烈な勢いで俺の前に停まった。と同時に降りてきた。ちなみに、停車前にドアが開いてた…
相手は3人。2人はうん、完全なるヤクザ屋さん。もう1人の方の先祖はきっと、宮本武蔵だ。特殊警棒の二刀流。
あっという間に囲まれた。その時の(武蔵と呼ばしてもらう)武蔵から感じた殺気は、生まれて初めて殺されると思ったほどだった。
「ちょっと聞きたいんだけどお前か?うちのシマで『枝野組』とかほざいてるガキは。ちょっと車に乗れ」
「いや、その話なんですけど…」俺にもホスト君みたいな勇気が少しでもあれば走って逃げれたのに…まぁ、逃げてもどこまででも追いかけてきそうなこの雰囲気、乗るしかない。あーあ、痛い思いしてお金も払わなきゃいけないことになるなぁ。もう一度おじさんに電話しても今更仕方ないし。
と、諦めかけてたところに、もう一台ショボい車が来た。助手席から降りてきたのはさっきのホスト君。ということは、運転手は大谷さんじゃないですか?
ピンポーン!大谷さんらしい人が出てきた。
何やら同じ組織同士ご挨拶を交わしてる。そして大谷さん平謝り。そりゃあ自分のところの組長の親戚をさらうのに、他の組に確保するように頼んでしまったのだから仕方ない。
大谷さんが近づいてくる。
「先に言ってよー、親父の親戚だって。」
ちなみに親父というのは、この世界では組長のことを指す。みんなこんな本を読んでくれてるという事は、説明を必要としない人が多いのかもしれないけど…笑
「いや、言いましたよ。そしたら大谷さんが殺すって言ったんじゃないですか。」
今考えると何て生意気な少年だったのだろう。
そこで例の3人組が近づいてくる。
「大谷さん、間違いとはいえ、聞いたこともない組の名前を語ってる奴がいるって言うから来てみたら、うちの親父の親戚でした。じゃ済まないでしょ?そんでこいつに聞いてみたら、うちの枝の組だって言っただけらしいじゃないですか?『枝野組』じゃなくて。笑えると思ってシャレでも吹いたんですか?一つも笑えない上に、うちらも暇なわけじゃないんですわ。」
「いや、もうすでに親父から連絡が来ててすぐに帰らせろと言われて…」
「いや、川武の親父さんが帰らせろって言うなら帰らせますよ。けどあんたとは少し話さないといけないと思うんでね、大谷さん、あんたは残ってくださいね。」
「悪かったなぁ、ごめんな。ウチの勘違いで怖い思いさせてな。まぁ、あそこに居るヨレヨレの奴から金でも取ろうとしてたバチが当たったと思って今日は帰れ」
「はーい、すぐ帰ります!」親戚のおばちゃん、ヤクザ者と結婚してくれてありがとう。
さ、こんな所にもう用はないので帰ろうとして失礼します、と挨拶も済まし用もないのにここよりとにかく遠くになるべく早足で歩き始めた時だった。
「ねー、電話番号教えてよ」振り返るのやめようかなぁ。聞こえないフリをしようかなぁ。考えてたら「おい!!」強めの口調…
すぐ振り向きました。
3人組の中で俺を殺そうとする武蔵を抑えながら、一番冷静に話を聞いてくれてた人。ある意味一番何を考えてるかわからないからこそ怖い、というタイプの人から声をかけられた。「いやぁ、電話壊れちゃってて。参ったなーどうしましょうか?笑」なんて死んでも言えない。名前と電話番号を交換した。「まー電話する事ないと思うけど、なんかあった時には電話ちょうだいよ!」すごく優しい人でした。何かあるイコール仕事になる暴力の世界の人に、電話をかけることはありません。心で思ってお別れの挨拶をする。
その人の肩越しに、まだ二刀流のまま、大谷さんに詰め寄ってる武蔵が見える。
どちらも双恋会闇野一家。組によってこんなに勢いが違うんだなぁって思いながら、もう暗くなった駅前の街灯を見上げ、この人から絶対電話が来ませんように。神様に願った。原チャリにまたがり走りながら、後輩に電話した。
「もしもし?今終わったから駅で待っとけ」
さぁ、最新のスタンガンの威力を楽しもう。